ジェーン・ウィローに花束を   作:疾風怒号

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エバミルクが造語じゃなくて練乳の事を指す単語だという事を数週間前に知るなどした。


2:Encount/フシンシャ・インダ・ハウス

 ヒロック群駐在オペレーター兼トランスポーター『Chariot』、本名はレックス・クロウ。ジェーン・ウィローが彼について知っている事は、その役職と苦手な食材くらいのものだ。

 

「おはようみんな!今日もいい天気だね」

「ジェニーか、おはよう。にしても……今日は良い天気って言えるのか?」

「雨じゃなければね。それに、風が吹いているからお昼には晴れるよ!Chariotもそう思うでしょ?」

「……ああ、きっと晴れる」

「なんだ、Chariotも戻ってたのかよ。巡回はどうだった」

「特に変わった様子は無い、後で報告書を作っておく」

 

 必要な事項だけを発音する淡泊な話し方も、出会った日から全く変わっていない。これでも前に比べれば随分柔らかくなってはいるのだが。初対面に限って言えば、第一印象は最悪だったと言っても良い。この事務所に朝食を届けるようになってから暫く経った頃、いつも通り扉をノックした瞬間に背後から現れた大男に取り押さえられたのだから。

 

 いつも出迎えてくれる事務所責任者のオリバー、切り分けられるパイを横目に弓を整備しているシュレッダー、ブレッドを頬張るウィル、資料室から遅まきに出てきた事務員のフレッド。彼らと同じ立場でありながらトランスポーターを兼業する彼は数か月事務所に戻らない事も多々あるらしく、丁度その期間に出入りするようになったジェーンを、初見の彼は不審者だと判断したらしい。

 

「いつ思い出しても傑作だよな、ジェニーに思い切り喉を突かれて悶絶する覆面大男の図」

「もの凄い声出てましたよね、ウゴゴゴゴゴって」

 

 ……今となっては、6人が揃うと必ず話題に上がる鉄板トークと化しているが。正直少し恥ずかしい。

 

「あれは見事な肘打ちだった」

「Chariot、それを誉められても困るよ」

「ただの所感だ。俺が他の者に意識を移して片手抑えになった瞬間に、平行に取り押さえられていた腕を交叉させる形で引き剥がして肘での反撃、教科書通りだがシンプルで理に適っている」

 

 いつも通りの無表情で紅茶を一口啜って、ティースプーンでバッテンの軌道を描くとChariotが続ける。

 

「ロドスでは、特に非戦闘員は取り押さえられた場合抵抗しないよう教える場合が多い、俺でもそう教える。だから……失念していた、単独でもそうするのはヴィクトリア軍に特有のものだと知っていた筈なんだが」

「ジェニーを誉めてるのか自分を弁護してるのか分かんねえよ」

「両方だ」

 

 脇腹を小突かれながら、器用にミルクティーをもう一口。オリバーの軽いからかいにChariotが淡々と応じる様子を聞きながら、ジェーンはふと彼の言葉を反芻していた。『ヴィクトリア軍に特有のもの』——その一言が、彼女の頭に引っかかった。Chariotの技術や知識、そしてその淡泊な態度がどこから来ているのか、ジェーンはこれまであまり深く考えたことがなかった。しかし、今こうして彼の言葉を聞いていると、その背景に何か深い物語があるような気がしてならない。

 

「ねえ、Chariot」とジェーンは思わず口を開いた。「君ってヴィクトリア軍にいたことがあるの?」

 

 Chariotの手が一瞬止まり、ティースプーンがカップの縁に軽く触れて硬い音を立てた。彼は無表情のままジェーンを見上げ、蜂蜜色の目が一瞬だけ彼女を捉える。

 

「昔、少しだけいたことがある」

 

 部屋にいた他のメンバー____オリバーやシュレッダー、ウィル____が一瞬静かになり、興味深そうに二人に視線をやると、Chariotは小さく息を吐きカップをテーブルに置いた。彼の声はいつも通り平坦で、感情の起伏を感じさせない。それでも、ジェーンにはその言葉の裏に何か隠されているように思えた。

 

「じゃあ、どうしてロドスに来たの?」ジェーンはさらに踏み込んで尋ねる。「ヴィクトリア軍にいたなら、そこでずっとやっていくこともできたよね?何か理由があったの?」

「……あるにはあるが、そう面白い話でもない。軍を出て、ロドスに就職した。それだけだ」

「それだけ……」

「名探偵ジェニー、この怪しい男をどう見る?」

「そ、そんな取り調べをしたい訳じゃないんだけど……、そう言えば、訊いた事無かったなと思って」

 

 茶々を入れるオリバーに否定を返したものの、その内心で好奇心が膨らみ始めているのは事実だった。

 ジェーンが彼の横顔に視線を移す頃には、既にティーカップを握り直して追加の角砂糖を放り込んでいた。相変わらず表情の読み取れないその顔から、彼が自分の過去をどう思っているのかは判らない。

 

「そこまで気になるなら、まあ、話しても良いが……」

「本当?それなら今度スープを持ってくる時にでも____わぁっ!?」

 

 言葉が遮られたのは、通りに面した窓を突き破ってボールが飛び込んできたからだった。咄嗟にChariotが掴み取ったそれは、随分と使い古されている。

 

「……全員、怪我はないか」

 

Chariotの確認に全員が首を縦に振る。見渡すついでに窓の外についと目をやって彼は続けた。

 

「ジェーン、表から出てボールを子供に返してやってくれ。逃げるようなら俺が捕まえる」

「う、うん、分かったよ」

「片付けは俺達でやっておこう、シュレッダー、ウィル、掃除用具取って来てくれ!」

 

 

 Chariotからボールを受け取ったジェーンが事務所に戻る頃には、シュレッダーとウィルが掃除用具を持って割れた窓ガラスの破片を丁寧に集め終わっていた。オリバーは近くにあった板を手に取り、窓の応急処置に取りかかっている。

 

「返してきたよ……ってあれ、オリバーおじさん、Chariotは?」

「裏口に出てから戻ってきてないな、向こうで会わなかったのか?」

「うん……、もしかして、何かあったとか……」

「いや、アイツに限ってそれは無いと思う。Blazeとタイマン張って平気な顔してるような奴だし……」

 

ジェーンは内心少し心配に思いながらも、今は片付けを手伝うのが先だと気持ちを切り替えた。彼女は掃除用具を手に取り、皆と一緒に事務所を元の状態に戻す作業に加わる。それでも、ジェーンの心の中には、Chariotの過去に対する好奇心が小さな炎のようにくすぶり続けていた。

 

 

###

 

 

「クレイグ」

「……レックス」

「そう身構えるな、怒りにきた訳じゃない」

 

 クレイグと呼ばれた少年が父親が遺したボールを抱き締めたまま振り返り、友人たちもそれに倣う。視線の先にはヴィーヴルの偉丈夫が立っていた。路地を回り込んできたのだろうが、それにしては息を切らした様子も無い。

 

「そっか、あの建物……レックスの事務所」

「そうだ。ジェーンには謝ったか」

「ジェーン?」

「金髪のヴィーヴルがボールを渡しに来ただろう」

「……謝ってない、軍人だし」

 

 レックス____Chariotはそれを聞いて目を眇めたが、宣言通り叱りつけるような事はしなかった。しゃがみ込んで子供たちに目線を合わせると、努めて静かに口を開く。

 

「前から言っている筈だ、挨拶は欠かすな。それがどんな相手でも礼を失するような真似をしてはいけない」

「うん……ごめんなさい」

 

 「分かっているなら良い。君たちの言いたい事も理解しているつもりだ」とChariotは静かに言った。彼の声は穏やかで、いつもの淡泊な調子とは少し異なる柔らかさがあった。クレイグはボールを抱きしめたまま、ぎこちなく目をそらしたが、他の子供たちはChariotの言葉に小さく頷いた。

 

 Chariotは立ち上がり、路地の薄暗い影に溶け込むように一歩下がった。彼の視線は、クレイグが握り潰さんばかりに力を込めたボールに注がれていた。それはただの遊び道具ではなく、父親の形見——その重みを、Chariotは誰よりも理解しているようだった。

 

 

 事務所に戻ると、ジェーンが割れた窓の近くで箒を手に立ち尽くしていた。彼女の視線は外に向けられ、心配が滲む表情を浮かべている。Chariotの足音に気づくと、彼女は振り返り、ほっとしたような笑みをこぼした。

 

「Chariot、どこ行ってたの?子供たちに会ってたの?」

「ああ。少し……話を」

「話?」

「オリバーかシュレッダー辺りから……聞かなかったか、彼らは」

「……感染者かも知れないって?」

「それだけじゃない。ここの住民は殆どが、ターラー人だろう」

 

 事務所の方では、オリバーが板を打ち付け終わり、シュレッダーとウィルが袋に詰め終えたガラスの破片をゴミ箱に押し込んでいた。慌ただしい音が響く中、ジェーンは静かにChariotの言葉を反芻した。ヴィクトリア軍、感染者、ターラー人。自らの同僚がこの地の市民にどのような態度を取っているかを知らない程の蒙昧でも、それに見て見ぬふりが出来る程器用でもない一人の儀仗兵は、それ故に口を噤んだ。

 街並みの向こうに路地から飛び出して走る子供たちの小さな背中が見えた。クレイグがボールを手に仲間と歩き出す姿を、Chariotは見つめながら続ける。

 

「俺がこの事務所に来たのは、ターラー語を話せるからだ」

「じゃあ、君も?」

「母親が、だ。俺自身は自分をターラー人だとは思えない」

 

 慙愧と怒りの気配を帯びて、眉根が顰められる。ジェーンの目の前で初めてChariotの表情が暗く揺らぎ、険のある声音に言葉を呑み込んだ。そんな顔をさせてしまうのなら、彼の過去に土足で入り込むような真似はするべきではない。ジェーンはそう思い、代わりに所在なさげに揺れる彼の手を取った。

 

「……すまない、怒っている訳ではない」

「大丈夫だよ、こっちこそごめんね。色々聞いちゃって」

「構わない。話せる事は、俺も話すようにする」

 

 連れ立って中に入れば、オリバーが「次はお前が窓を割る番だな」とシュレッダーをからかい、ウィルがブレッドの欠片を頬張りながら笑っている。日常が戻りつつあるその喧騒の中で、ジェーンの心にはChariotの過去への好奇心が小さな炎のようにくすぶり続けていた。それは、彼への理解を深めたいという願いであり、いつか明かされるかもしれない真実への期待だった。ヒロックの空は、まだ晴れそうにない。




・Chariot(カリオット)
ターラー人系オリ主、好物は素朴な野菜スープ。紅茶には砂糖を沢山入れるタイプ

ヴィクトリア軍特有の~のくだりは完全に捏造です。真面目に解釈してはいるけど……
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