ジェーン・ウィローに花束を   作:疾風怒号

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体調不良にて一週間休んでおりました……更新です!


8:Step on the Smolder leaf/ヒケシノダンス

 

 フライドポテト・ショップの二階裏手、暮れかけた日差しに照らされて温い空気を、怜悧な声が裂く。

 

「返事はまだ来ないの?」

「それがさっぱり。昨日今日とロンディニウムからの通信は何一つ来ていませんね」

「バグパイプ、私が最後にメッセージを送ったのは」

「昨日の昼頃だから……、とっくに半日以上経ってるべ」

 

 フライドポテトを摘まみながら倦んだように返答したバグパイプの声に、白金の髪を掻いて(ループス)の女性は重い溜息をついた。彼女____ホルンが率いる第二テンペスト特攻隊が『亡霊部隊』なる者を追ってヒロック群まで赴いてこの方、既に二週間近く目ぼしい成果も無く足踏みを余儀なくされていた。分断された部隊員、非協力的な駐屯軍、ロンディニウムに状況を伝えるべく接触した秘匿通信員ですらこの有様。

 

「回線に問題があるのかしら」

「何とも言えませんね、俺は軍学校を卒業してすぐ此処に派遣されてるんですけど、そもそもこの秘匿回線を起動した事自体殆どないんですよ」

「それじゃあ、この回線自体が既に廃棄されているのかも。それか……、メッセージを受け取った誰かが、それを無視しているか」

「ええ!?」

 

 バグパイプが口内のものを水で流し込み、素っ頓狂な声を上げる。

 

「それじゃあ、うちらの情報をもみ消してる人がいるってこと?」

「それこそ何とも言えないわ。……ともあれ、次のメッセージも通常通り送る事にしましょう」

 

 焦りも苛立ちもあるだろうに、それをおくびにも出さずホルンは指示を簡潔に飛ばす。駐屯軍と市民の軋轢、それを半ば公然と容認しつつある現地の士官の名を記したメッセージの追記、非常時に自分たちが少しでも多くの裁量を得られるようにとの打診、伝えるべき事を、可能な限り詳細に。

 正常にメッセージが届きさえすれば、僅かばかりでも状況は改善するだろう。届きさえすれば。

 

「ホルン隊長、こんな事言いたくないけど、うちらだけじゃ人手不足だべ……」

「らしくない事を言わない。私達は今の状況で出来る事をするだけよ。とはいえ、この街の状況は思っていたよりもずっと複雑みたいだけれど」

 

 ホルンはポテトの油を紙ナプキンでぬぐい、遠い空を一瞥した後、ふと何かを思い出したように口を開いた。

 

「そういえば、こっちで協力してくれた人がいるって……名前は?」

「え? ああ……ジェーンとChariotだよ。ジェーンはここの儀仗兵だけど、普段はよく街に出てるみたい。Chariotは製薬会社の人なのかな?薬を配ってたから、市民にも顔が訊くみたい」

Chariot(戦車)、……偽名?」

「本名も言ってたよ、たしか……えーと、何だっけ、レクス?レックス、だったかな」

「種族は?」

「二人ともヴィーヴル。ジェーンがブロンドでChariotは角が二対あるの」

「……」

 

 聞き覚えのある名にホルンは小さく反芻し、目を細めて思案に潜った。意識の遊魚が記憶という暗礁の影から浮かび上がり、フラッシュバックとなって意識にちらつく。十中八九別人だろう、ありふれた名前で、ありふれた種族だ。かつて成績を競い、理想を語り合った暗髪のヴィーヴルが、既にヴィクトリアを見限り、軍から退いた彼が戻って来る筈もない。

 

(……まさか、ね)

 

「ありがとう、覚えておくわ」

 

 今は思い出を探るよりも先にすべき事が山積みになっている。偶然の符号に気を取られてそれらを見失うような事があるのであれば、ホルンは小隊の長に選ばれていない。

 

 

###

 

 

「第十地区の彫像の左側、左から数えて、一、二、三つ目の路地。ここに本屋さんがあって……黄色いバラの鉢植え、これだ。ええと、バ、グ、パ、イ、プ、さんへ、っと……」

 

 既にシャッターが下ろされた店先で、丁寧に手紙を折ってジェーンがしゃがみ込む。バグパイプに教えられた手順通り、植木鉢をずらし、露わになった緩んだレンガに手紙を押し込んだ。。彼女の調べ事を手伝う上で、『連絡事項があればこの通りに』と教えられていた方法だった。普段ならスパイ映画じみた複雑な手順に胸を躍らせていただろうが、今はそんな余裕は消え失せていた。

 

 手紙の中には、友人から受け取った何らかの住所が記されたメモが挟まれている。シアーシャは地元の小さな新聞社に勤める市民で、ダミアン・バリーの従妹である彼女はジェーンが再会した時にはすでに、ダミアンが消えてしまった事に動揺していたが、それよりも紙片に記された企みを恐れているように見えた。

 

 動揺はジェーンにもある。互いに親友と呼び合った相手が、同僚を襲うやつばらを手引きしていたなんて事実を簡単に受け入れる事は出来なかった。それだけではない、これをバグパイプに伝えたとして、彼女の上司はどのような人だろうか?駐屯軍と同じような対応をするのか?よしんばその人もバグパイプのような快活な人物だとして、それら数人で穏便に事を収束させられるのか?

 

 仮に、これが原因でシアーシャが傷つくような事があれば、彼女だけではない、恐らくこれは、一歩でも間違えれば街全体が危機に陥るようなものなのではないか?それはこの行動によって好転するのか?

 

「……これで、良いんだよね」

 

 メモに記されていた住所が何を意味するのか、気丈な彼女をああまで怯えさせた編集長たちの企みがどのような物なのかははっきりとは分からない、恐ろしい。だが、協力者としてその全貌を知る程の立場にいて、暗号を使って情報を伝達させていたというシアーシャ本人の言葉と、立場を捨ててでも『これを信頼のおける人に託して』と言った決意だけは信じられる。

 

『嫌な状況を変えることくらい誰だって出来るよ!』

『君の言う通り、今後状況は悪化するのかも知れない。そうなった時は……周囲を頼れ』

 

 或いは、同じ意図で、同じこの街で活動する彼らの事は信じられる。私達は皆、今ある軋轢がより大きな衝突となる事を防ぐ為に行動を起こした筈だ。

 陽が落ちかけた街は冷たく、石畳の隙間に沈む光と影が、薄く長いシルエットを引きずっていた。ジェーンは植木鉢の位置を元に戻すと、深く一度だけ息を吸い込んでから踵を返す。その瞬間、視界の向こうに立っていた影と目が合った。

 

「Chariot」

「無事だったか」

 

 互いに声を張るでもなく、ただ確認し合うようなやり取りだった。ジェーンは胸の前で軽く手を握ると、頷き返す。

 

「……うん。そっちは?」

「多少のトラブルはあったが、大きな問題は無い」

 

 Chariotは何も言わず、彼女の隣へと並んだ。その足取りは静かだが、言葉とは裏腹に明らかに切迫していた。周囲に意識を巡らせながら、彼は一度だけ短く息を吐き、次の瞬間には既に進行方向を定めていた。その歩みは捕食者の臭いを嗅ぎ取った獣にも似て淀みなく、素早く植木鉢の下に紙片を滑り込ませた。しばしの無言。先に口を開いたのはジェーンだった。

 

「……さっき、シアーシャに会ってきた。彼女、その……、何か、良くない事に関わってたみたい」

「そうか」

「住所を書いたメモを渡してくれて、信頼出来る人に渡してって。具体的に何があるのかは、教えてくれなかったけど、彼女、震えてた。でも、これはきっと防がないとって……信頼できる人に託して欲しいって、そう言ったの」

「……此方の方も、少しだが収穫があった」

 

 短くそれだけ言って、Chariotは街路を右に折れる。迷いのない足取りに、ジェーンは一拍置いてから続いた。駐屯軍の移動音が遠くで響いている。人通りの少ない裏道を縫うようにして、二人は足を速める。

 

「一部の市民が明らかに外部の存在と通じている、思っていたよりも状況が悪い」

「それって」「状況は既に悪化し始めている、端的に言って危険だ。君も、シアーシャも」

 

 問いに返る言葉は、歩く音に混じって低く響いた。

 

「止めなければ」

 

 鬱鬱としたその語調に、しかし一切の揺らぎはない。ジェーンは黙って彼を見つめ、それから頷いた。 事務所が見えてくる頃には、街にひとつ、またひとつと灯りがともる様子が見えた。ガラス越しに洩れる小さな明かりのひとつひとつが、誰かがそこに生きている証のように感じられる。歩みを止めかけたジェーンは、その灯をちらと見上げ、ふと目線を前へと戻す。先を歩くChariotの背は変わらず無言のままだが、かえってそれが安心できる背中のようにも思えた。顔を上げたジェーンの足取りが、ほんのわずかに軽くなる。

 

 入口の鍵を開ける音が、やけに大きく響いた。中へと入った二人を出迎えたのは、作業机に広げられた区画地図と数枚の資料、そして既に報告を受けていたらしいオリバーだった。

 

「おお、帰ったか……って、ジェニー?」

「後で説明する。状況は?」

「フレッドはOutcastと資料室。ウィルとシュレッダーは業務を切り上げさせた、あと10分もあれば戻る」

「そうか」

 

 Chariotは地図の傍に立つと、懐から取り出したペンで十七区の何処かに印をつけた。

 

「ジェーン、推測するにシアーシャは連絡員か何かだな?」

「う、うん、情報の伝達役だって言ってた。付箋とか、『夕刊ヒロック』にあるって」

「よし、それならバックナンバーが保管してある」

 

 ジェーンはChariotの背を追って、机の反対側へと回り込む。少し俯いていた顔を上げ、地図に目を落とすと、焚き火のように残る熱が胸の内にもじりと広がった。それは灯りであり、同時に焦燥でもある

 

「フレッド、『夕刊ヒロック』のバックナンバーも用意してくれ、一先ず今年分だ」「Chariot」「どうした」

「止めるって、どうするの?」

「動き出した状況そのものは止められない、このような()()()ものは特に。だが、それに伴う被害は、止める事が出来る。例えそれがごく一部であっても、だ」

 

 山火事を消し止める事が出来なくても、火の巡りを遅らせ避難を促すことは出来る。とChariotは結んだ。地図を覗き込んだ姿勢のままの声に、ジェーンは思わず苦笑した。彼の言い方は常に慎重で、少し意地悪なほど冷静だ。

 

「此処には俺がいて、皆がいて、君もいる。バグパイプのような軍人さえこの街にいる。それだけいれば、『ごく一部』でも多少は……、もう言うまでもないか?」

「うん。ありがと」

 

 ジェーンは小さく笑うと、資料室から戻ってきたフレッドからファイリングされた紙束を受け取った。Chariotはそれ以上言を継がなかったが、それまでの言葉だけで彼女には充分だった。事務所入口では物音が聞こえる、ウィルとシュレッダーだろうか。

 彼らが共にいるから、とは楽観が過ぎるだろうが今はそれで良い。元を辿れば私の心配にも、感情と主観以上の根拠など持たないのだから。それならば、楽観的であっても行動を続ける方がずっと良い筈だ。

 

 

###

 

 

「オーナー、誰かが黄色いバラの下に手紙を」

「あれ?黄色いバラってうち宛てだべ?」

 

 

 

 

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