カレイドスター夢の翼   作:雨居神宮

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10話

 

 

 そして彼女は寮の前に居た。

 黄金色に輝く海を背に、黄昏の太陽よりも優しい優しい笑みを浮かべてそこに居た。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 白無地のTシャツとジーンズといういかにも安っぽい衣類が包む肉体は、その実、完璧なボディーバランスを持つトラピスプレイヤーの理想とも言える身体。

 

 完成された身体に、歳を重ねるごとに磨かれる技術と表現力。カレイドスターの座から降りたとはいえ、高みを目指すのが彼女が苗木野そらである所以であり。

 

 同時にかつての暴走機関車のような猪突猛進さはすっかりなりを潜めていて、落ち着いた物腰からは一種の貫禄すら帯び始めていた。

 

 顔つきも年相応に大人びて、髪を伸ばしたのはレイラの影響だろうか。

 いつまで経っても変わらないのは、その満面の笑顔と、癖の強いハネッ毛くらいだ。

 

「おかえり。お疲れ様、ユメ」

「……お姉ちゃん、なんでここにいるの?」

 

 姉妹の再会は、今にも抱擁しそうな姉に対し、妹のなんと冷めた対応であったか。

 オーバーオールの少女はソラを白い目で見つめていた。白けきったその反応もそもありなん。オーディションを終えて真っ先に会いたかったはずの姉はすでに去った後であり、迎えてくれたのはアックスボンバー。

 

 メイの八つ当たりに耐え、しかし電話は繋がらず。おまけに一人でとぼとぼ帰ってきた帰り道。ユメにとっては今更なんの用ですか?といった気分だろう。

 

「いや、あの……。合格を祝ってサプライズパーティー!! なんて用意してみたんだけど、あれ? あれ? あれ~?」

 

 想像を裏切るユメの反応に対し、ソラはどこで間違ったのかと首を捻る。

 

「ふふ。もう、お姉ちゃんったら変な気を使わないですぐに会いに来てくれれば良かったのに」

 

 妹の前で格好をつけようとするソラだが、相変わらずどこか格好のつかない彼女。

 だが、そんな少し間の抜けた姉の様子にユメも張った気が抜けて。

 

「はいー。ユメがオーディションを受けるって聞いて飛んできたんだけど、姉としてはこうプレゼントが欲しくてですね」

「それは長いこと家族を放っておくからだよ。仕事は大事、家族も大事。けど妹はもっと大事!」

「……うん。けどこれからはもう少し一緒にいられると思うよ」 

「少しじゃ足りませんー。私はいっぱいお姉ちゃんのこと聞かせてもらいたいもん」

 

 思えば、ソラがカレイドスターの時代はアメリカで公演と特訓に励んでいて、今も世界のあちこちを飛び回る始末。日本に帰っている暇などほとんどなく、それは家族と過ごした時間も無いわけで。果たしてユメとソラが食卓を囲んだ事は何回あるのか。

 

「いいよー。自慢じゃないけど行った国の数ならちょっとすごいんだから。その代わり、ユメの事もお姉ちゃん、聞きたいな」

 

 柵の手摺に肘をかけておもむろに海を眺めるソラ。ユメもソラを真似て柵に身体を預ける。

 

「見ててね」

「うん?」

 

 ユメはソラの視線の先にあるものに気づいた。

 海岸から海に向かって伸びる橋、サーカスのテントを模して作られた建造物はいわずも知れたカレイドステージ。

 

 そしてそこは決して闇に覆われない不夜城でもある。

 光あれ。そう言わんばかりにテントの頂上にある電球から明かりが走るように、施されたイルミネーションがカレイドステージを光で飾り立ていく。

 

 舞台の幕が降りようと、夜の帳が降りようとも、夢の国は何時だって幻想的に。

 

「今度はサプライズ成功!」

「え、あれお姉ちゃんがやったの!?」

「ううん。時間的にそろそろだなーって」

 

 ネタをばらせばカレイドステージ歴の長いソラなら、ライトの点灯する時間くらい把握していて当然なわけで、ユメはなぁんだと残念そうに呟くが、カレイドステージの煌めきからは目を放さない。

 

「ほんと夢みたいに綺麗。でもカレイドステージも現実なんだよねぇ。オーディションは厳しくて、書類とかも大変で、ああやっぱり甘くないんだって感じだった」

 

 理想と現実が一致することがどれだけあるだろうか。少なくとも綺麗なだけでは女優になれない。ケーキが好きなだけではケーキ屋になれない。笑顔が好きなだけでもカレイドステージには入れない。

 

 ユメは今日それを嫌というほど経験した。

 憧れを胸に意気揚々とやってきて、悔し涙を流し去っていく者達。配られたスケジュール表は訓練で埋め尽くされて、安いギャラと、しかし引かれる滞在費。

 

 寮があり、訓練をうけながらお金がもらえる事を考えれば好条件ではあるのかもしれない。だが、それは少女の憧れた舞台ではあるまい。

 

「嫌いになった?」

「嫌いになったっていうか。私子供だなって思った。一人、友達が落ちちゃったんだけどね、その子はとても凄いの。キャストを諦めて来週のスタッフの試験を受けるんだって。私は馬鹿だからスタッフなんて考えたこともなかったよ」

 

「そっか。けどわかるな、その子の気持ち。私もね、演技するのが怖くなっちゃってステージから逃げたことがあるの。でもカレイドステージは好きなままで、やっぱりスタッフでもいいからカレイドステージに戻りたいって思った」

 

 ちょうどその頃からか、ソラが争いのないステージを目指し始めたのは。

 ソラもその時のことを思い出しているのか、潮風に長い髪を攫われながら、目を細めて海を眺めている。

 

 一方、姉がステージから逃げ出したという事実を聞いたユメは目をぱちくりさせて。

 

「なんで演技するの怖くなっちゃったの?」

「そのステージは、誰もが一番になろうとギラついてる場所だった。夢を手に入れるために皆闘ってるんだよ。そんなステージがあの時の私にはひどく醜くみえたんだ……」

 

 サーカスフェスティバル。三年に一度の世界一を決める戦い。富と名誉を得るための文字通りの戦場である。だが、甘いのはソラだ。

 

 上を目指す向上心こそプロの証であり、技を競いあう、演技を魅せ合う。なにもおかしくは無い。ソラもそうして主役を勝ち取り、レイラに追いついていったのだから。

 

「今日のオーディションみたいだね。私はみんなの演技、すごく楽しかったけどな」

「ははは。そうなの、同じなの。みんな頑張って夢を手に入れようとする。すごく普通で、すごく当たり前なステージ。けどみんな本気だからさ、聴こえてきちゃうんだよね。お前がいなければ、とか。お前のせいで、とか?」

 

 ステージ上で笑顔でいることこそプロの矜持である。

 だが表を笑顔で繕って、裏では墜ちろ堕ちろと呪う。それは一種の生存競争で、なんとも醜い椅子取りゲームの側面を持つ。

 

 しかしソラは知っていたから。レイラの眩しい背中をひたすらに追い続けた彼女は気づいていたから。争うことは競い合うことではない。憎しみ合うことは高め合うことでもない。

 

 一方が堕ちようとも、自分が飛べるわけではないと。

 

「それは……怖いね。もし自分が居たせいでって考えちゃうと、素直に嬉しくないや」

「うん。でもね、最初の憧れは綺麗だったはずなんだ。みんなステージが楽しかったから憧れたはずなの。少し思い通りにならなくて、少し気が弱くなってたから人を責めちゃうんだと思う。だからみんなの天使の心を信じることにしたの。一緒に憧た頃の楽しいステージを作りましょうって、一緒にあの最高の喝采を浴びましょうって言う事にした」

 

 ユメに向かいにっこりと微笑むその姿、まさに天使と相応しいほどに慈愛に満ちて。

 血の繋がりこそ無いが、そんな天使の優しさに触れて育った少女もまた笑顔を作る。

 

「素敵。私も覚えてる、お姉ちゃんの幻の大技。天使の技。あの舞台に憧れてるの、負けないくらい最高のステージにしたいの。みんなでね、エリーも、クロエも輝いて、もちろん私も輝くそんなステージを演じてみたい」

 

 普通は不確かな未来を信じぬくことは難しい。どこかで限界を悟り、妥協を用意してしまう。それが普通だろう。

 

 最善を尽くすとはそういうことであり、未来とは可能性の模索。色々試し、出来る出来ないを見つけてその中から出来ることを選択するのが賢い者だ。

 

 対極に、愚か者に許されたのは進むことのみ。他の選択肢を知らず、やってやれない事はないと信じきっていて、カレイドスターにもいつかきっと手が届くと疑わない。

 

 だが、愚者にしか辿り着けない場所も確かにある。

 馬鹿と天才は紙一重というが、普通ならば挑まないものを、諦めるものを、挫折するものを成してしまうのも愚か者なのだ。

 

 例えるのならばブレーキの壊れた車とそれは同じ。成せば天才成さねば愚か、人生のチキンレースに知らず参加した者達の総称。

 

「大丈夫。今はそれでいいの。今のユメは可憐に美しく、もっと高くはばたきたいと願っていればいい。駄目だったなら駄目だった時に考える! いつも全力真っ向勝負、やってやれないことはない、やらずに出来たら超ラッキー!」

「オッス! くよくよしてる時間なんて無い。私は私の出来る事をやる、やる! やる~!!」

「いいね、ユメ。その調子で目指せ共演、目指せカレイドスタ~」

 

 そう。ユメは一人の少女に夢を託された。カレイドステージで最も輝いて欲しいと、カレイドスターになって欲しいと託されてしまった。

 

 ならばユメが成すべきはもっと高みを目指すこと。

 生憎とユメはジャグリングが出来ない。空中ブランコも出来ない。きっと綱渡りだって出来やしない。ユメの武器は持ち前の身体能力と姉譲りの根性のみなのだ。

 

 新体操で培ったタンブリングの技を含めても、総合能力で言えばぎりぎりカレイドステージの審査基準に通るか通らないかくらいの底辺プレイヤーだろう。 

 

 カレイドスター、それは未熟な少女に対し不相応な望み。

 だが、最初からカレイドスターに相応しい者などいない。

 

 今でこそ世界の舞台で活躍するソラも、最初はけして優れたプレイヤーなどではなかった。ひたすらにレイラ・ハミルトンの後を追い、もっと高くもっと高くと願い続けたからこそ飛び立つことができたのだ。

 

 不相応であるなら相応しくなればいいまでのこと。

 走り出す方法なんて簡単である。ギアを入れて、アクセルを踏む。それだけなのだから。

 

「お姉ちゃん」

「はい?」

 

 そしてユメはソラに言うべきことがあった。

 ソラはとっくに知っているのだろうが、これだけはユメの口から彼女に伝えなければならないことだ。

 

 ジャリと地面を踏みにじりユメはソラと対峙する。少女、瞳真っ直ぐと憧れを射抜いた。

 その気配を察してソラも表情を引き締める。

 

「オーディションに合格しました。今日からは同じカレイドステージの一員としてカレイドスターを目指したいと思います」

 

 ユメは自らの理想であるソラに対し、ここに勇往邁進の誓いを立てる。

 もっと高く羽ばたいてみせると宣言をする。新たな愚か者の誕生に、それを祝福するように開拓者は短く告げた。

 

「はい」

 

 愚者は愚者を笑わない。自分自身であるから笑えない。

 ソラが成すべきは、誓いが果たされる日を待ち、そして見届けることだけである。

 

 なぜなら、光の時代は終わり、風の時代も終わった。彼女もまた傍観者、この海の時代の行く末に関わるべきは彼女ではないから。

 

 

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