カレイドスター夢の翼   作:雨居神宮

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11話

 

 

 夕闇の中でパチパチと火が炙るのは牛串だった。溢れる肉汁がポタリと炭に垂れるたびに辺りには香ばしい香りが広がって、今か今かと肉が焼けるのを待ちわびる者達は、とりわけ昼食をあまり取れなかったクロエなどはゴクリと喉を鳴らす。

 

 寮についた私達を迎えてくれたのは、幸いなことに悪魔ではなく天使であった。

 まぁ悪魔については誰とは言わないが、天使はユメの姉ことソラ・ナエギノである。

 着いて早々にバーベキューで迎えられたのには正直驚いたのだけど、胸に響く率直な歓迎の言葉を貰っては嬉しくないはずがない。

 

 ソラさん。不思議な人。傍にいるだけで温かくて、その声色はとても安心できて、ユメを思い出すニコニコとした笑顔は自然とこちらの頬まで緩んでしまう。

 

 ええ、あんな人と育ったのならばユメが悪意など一片も持たないような純粋な子なのも頷ける。

 

「食が進まないわねエリー。騒がしいのは嫌いだったかしら?」

 

 その髪は私と違って真っ直ぐに伸びたサラサラと流れる長い金色で、ピシリと皺一つないレディーススーツはまるで心の内を表すように純白に。立ち姿すら気品の溢れる貴婦人は、私が尊敬してやまない愛しのレイラさんだった。

 

「校長先生……。いえ。とても楽しいですわ。少なくとも父に名刺代わりにされるパーティーよりはずっと」

 

 ソラさんには申し訳ないが、歓迎会よりもバーベキューよりもずっと嬉しいのがレイラさんがここにいることだったりする。

 

 こんな三階建ての古アパートにわざわざ足を運んでくれるなんて思ってもみなかったので、こればっかりは本当に嬉しい誤算だとも。

 

「懐かしいわね。昔の貴女も一人でつまらなそうにパーティーを眺めていたものだわ」

「恥ずかしい限りです。自分で輝こうともせずに、ただ退屈していたのですから」

 

 でも。

 ‘つまらなそうね。よかったら今度私の舞台を見に来ない?きっと退屈はさせないわ’

 あの時のその一言が、私から退屈を消し去ってくれたから。

 

「過去を恥ずかしいと思うのは、貴女が成長している証よエリー。出来るようになってしまえば簡単な事でも、出来るようになるまでが難しい。過去の未熟を恥じずに今を誇りなさい」

「はい。けれども校長先生、こうして今が在るのは先生のおかげですわ。あの日の出会いが拗ねていたから訪れたのならば、たまには拗ねてもみるものです」

「……。ふふ、あはは。そうね、思えば面白いわ。真面目な貴女が珍しく拗ねていて。たまたま見かけた私が舞台に誘って。そんな子が私の学校に入ったと思ったら、今ではカレイドステージに居るのだから」

 

 レイラさんが私にくれたもの。それは目標だ。憧れと言ってもいい。

 ニューヨークのオフブロードウェイにあるステージは、満員になろうと数の知れた小さなものだった。しかし、異端な脚本とそれを見事形にする女優の熱演は今まで感じたことのない熱気を作り出していて。

 

 中でもやはり目を惹くのは見目美しく、白熱した演技をするレイラさんだ。

 まさに女優という言葉がふさわしいほどに感情を訴えてくるのだけれど、表現力がまたすごい。

 

 言葉で、表情で、仕草で。時折みせるスタントマンもびっくりなアクロバットで。

 なんというか終始圧倒されっぱなしで、舞台の幕が降りても胸に残った熱さは中々消えはしなかった。

 

 その熱は目標のない当時の私を突き動かすには十分すぎる熱量で、気づけばその眩しい背中を追っていた。あの時レイラさんに会わなかったら、チケットを渡されなかったら、今頃私は何をしていただろうか?

 

 夢を追う事など知らずに、政略結婚でもさせられていたのではないだろうか。

 そう考えるなら、うん。本当に駄々をこねてもみるものだと思う。

 

「なにやら上機嫌なようですね。私がこの場にいるのがそんなに可笑しいでしょうか?」

「ごめんなさい。そうじゃないの。私の後を追ってカレイドステージに入るなんて教師冥利に尽きるじゃない。学校を作った甲斐があったものだわ。それも私に黙ってあんな懐かしい技を練習しているなんて」

 

 珍しいこともあるものだと思う。微笑むことはあっても声を出して笑うことなど滅多にない人なのに。

 

 こころなしか普段より表情が柔らかいとは思っていたのだけれど、そうか。オーディションは私だけでなく、指導者としてのレイラさんの結果も問われることだった。

 

 私が受かる、ギムが受かる。それはつまり、レイラさんの指導が間違っていなかったということであり、それが証明できたことがちょっぴり誇らしい。

 

「ゴールデンフェニックスですね。いかがでした? 自分では上々の出来だと思っているのですが」

「まるでなってないわ」

 

 パリンと、心の砕ける音がした。

 

「特殊回転の代わりに高速回転を使うという発想は悪くないわ。ただ、回転を殺しきれてなかったわよ? ポーズを取るのにもたついて、そのせいでバーをキャッチできなかったのね。もう少し動きの軸を意識すれば回転も綺麗になるし、ポーズを取るタイミングも分かるはずだわ」

 

 さすがに慧眼。ライトニングフェニックスはゴールデンフェニックス以上に速度と回転力があるため、それを静止させ美しいポーズを取るのは至難である。空中ではポーズを維持するのさえ困難なのだから当然といえば当然なのだけど、なるほど動きの軸か。今後の課題になりそうだ。

 

「し、精進しますわ。けど、そうですか。満足はしていただけませんでしたか……」

「いえ、満足よ?」

 

 はい~!?

 

「解説を要求します。私にも分かるように、なるべく丁寧に」

「そう。なら最後の授業ね。オーディションには二種類あるわ。選定と発掘。この違いは分かるかしら?」

 

 文字通りなら、選定は誰が相応しいか選び定めるもので、発掘は実力のあるものを見つけることだ。

 

「ええ。なんとなくは」

「カレイドステージはどちらだと思う?」

「発掘です。今日に限ればですが」

 

 この先、舞台に上がれば役を決めることで選定のオーディションもあるのだろう。今日のような技の発表会のようなものでなく、一対一の決闘にも似た戦いが。おそらくはクロエや、そしてユメと争う日が。

 

「そう発掘。ではカレイドステージが掘り出したいものはなに?」

「実力ある者……ではないのでしょうか」

 

 そうでなければおかしい。これは入団試験。カレイドステージに相応しい実力をもった者を選ぶためのもの。

 

「それでは半分だわ。例えば同じ実力でも15歳と20歳ではまったく話が違ってくる。オーディション一回目と二回目の者でもよ」

「つまり、今日私達が真に示すべきは、可能性?」

 

 例えばユメ。実力ではまだ未熟な彼女が受かったのは、舞台で見せた共演者を一つにするという夢のような舞台を演出してみせたからだというのだろうか。

 

 可能性。いわば発展性。今後私達が放つであろう輝きを見ると?

 それは……理不尽ではないだろうか。今輝くために努力してきたというのに、そんな不確かなもので測られてしまうなんて。

 

「自分で言っといて納得がいかないという顔ね」

「……はい。正直」

「勿論、現段階での実力も最低限必要よ。そうね、今後訓練に着いて来られるくらいは。でも小鳥は小鳥よ。私から言わせれば雀の背比べだわ」

 

 それは、レイラさんから見ればそうかも知れないけれど……。

 私達は飛ぶために皆必死に訓練して来たのに、まだ飛んでもいないのに限界をきめられてしまうというのですか。

 

「そう、小鳥。貴女達はまだ羽ばたき始めた小鳥。空を知らない。立ち込める暗雲も、襲い掛かる突風も激しい豪雨も知らない。その夢で出来た翼がどこまでいけるのかも知らないわ」

「お言葉ですが、この翼はどこまででもいけます。行けると信じています。この羽は他でもないレイラ・ハミルトンから授かった不死鳥の羽です!」

 

 私はそれを誇りに、それを胸に、往くと決めたのだ。自分の限界を他人に決められてたまるものですか。それがたとえ、レイラさんであろうとも。

 

「ええ。だからこそ、最初から限界を定めた者なんて要らないの。保守的な演技も小癪な点数稼ぎも、なにも魅力的ではないわ。可憐に美しく、もっと高くはばたきたいと願わない雛鳥がなぜ空高くを飛べるのかしら?」

 

 ああ、私は今一体どんな不様な顔を晒しているだろうか。

 きっと阿呆みたいに口をポカンと開けて、振り上げた矛をどこに降ろしていいか分からないまま頬を紅く染めているに違いない。

 

「エリー。エリー・クラプトン。小さな不死鳥の子。貴女は私の授けた翼でどこを目指すの?」

「わ、私はカレイドスターを目指しますわ」

 

 レイラさんは何も言わずに、青い瞳で真っ直ぐに私の眼を見ていて。

 

「そして炎の時代を作ります。レイラ・ハミルトンより熱く、そして恋焦がれるステージを作りたいです!」

 

 そこまで言ってやっと彼女は微笑みを作ってくれた。

 

「どうやら心意気は満点ね」

「あ、あの。先生にも、夢はあるんですか?」

 

 私の一番聞きたかったことだ。レイラさんはカレイドステージを肩を壊して引退している。もし、レイラさんがカレイドステージに心残りがあるのならば私が引き継げないだろうか。

 

「ええ。今、私の目の前で爛爛と輝いているわ」

「……はぁ」

「私は教師よエリー。教師が願うことは、自分の教子が高く羽ばたいていくことだけ。貴方達の活躍が私に勇気をくれる」

 

 ああ。

 ああなんだ、そうだったのか。後を追う事ばかりを私は考えていたけれども、違うのか。私はとっくに彼女の夢だったのだ。

 

 なら、私は自分にもレイラさんにも誇れる私になればいい。

 駄目ね格好悪いわ。やることは変わらない。最高に輝く自分になればいいだけなのに、なんでこんなにも胸が熱いのだろうか。

 

 泣くな。泣くなよ私。こんなところで弱さを見せるエリーではないでしょう。

 そう。いつも通りに、胸を張って、見栄を張れ。

 

「では期待くださいまし校長先生。近いうち、最高の舞台に招待いたしますので」

 

 これが私が、鼻水混じりにやっとこさひねり出した台詞だった。

 

 

 

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