「ハリーアップチェンジ!」
突然謎の掛け声と共に楽屋の扉が開かれる。
「アンタ達。着替えは終わったわね。これからオーディション会場に移動するからついてらっしゃい」
現れたのは長い黒髪を後ろで二つに分けて結っている女性、メイ・ウォン。
スタッフ用の青いパーカーを羽織る彼女は、かつてサーカスフィスティバルを三大会連続で優勝した実力者であり、現在は演技指導者として籍を置いていた。
「……メイ・ウォンだ」
誰かが呟き、それが楽屋中に伝播する。メイは風の時代と呼ばれた技巧者揃いの時代にカレイドスターであったロゼッタ・パッセルのパートナーを務めたトップスターの一人。その登場に少女達は興奮を抑えられない。
「シャラープ! 黙ってついてくる事も出来ない奴は帰りなさい。後、そこのアンタ達」
鋭い眼差しと共にメイが指を向けたのは、胸を張る金髪の少女エリーと両脇に荷物
と少女を抱えた美女のクロエ。そして今だに愛玩動物扱いのユメの三人。
「廊下まで聞こえる良い啖呵だったわ。カレイドスターを謳うからにはオーディションに落ちるなんて不様な真似だけはしないことね」
フンっと鼻を鳴らし踵を返すメイの姿に皆呆気を取られるが、その間も見る見るメイの背中は小さくなっていき。
「早く来いって言ってるでしょうが!!」
「「「~はい!!」」」
嵐のような女の登場により、楽屋からはぞろぞろと少女達が移動を始めた。
「エリー、クロエ、早く行こう。マリオンさんにも会えるかな。かなー?」
浮き足だちスキップをしながら歩くユメの後を保護者のようにエリーが、そしてクロエが続いていく。
「もう、貴女は何をしに来たのよ」
「はは。君達と一緒なら退屈はしなさそうだね。面白いってのはいいことだ」
一人、また一人と部屋を出て、誰一人として私に振り返る者もなく。
◆
少女達が案内されたのはカレイドステージの本ステージだった。
「はい。では皆さん。席に右から詰めて座ってください。番号は気にしないでいいです」
ここで男子と合流した女子達。会わせれば120人近くはいるだろうか。
マイクを持ったスタッフに誘導されて席に詰められていくユメ達だが、さすがはカレイドステージの本舞台。
100人ばかりの人数では観客席の一角も埋まらずに、まるでレトロショーでも見ているかのようなもの寂しさすらある。
すり鉢状の観客席は受験生の列と、審査員の列、そして来賓の列があるが、いずれの席にしろ真正面にくるのは本ステージだ。
オーディションは現在公演中の美女と野獣の舞台装置をそのまま使用するらしく、五人の受験生が舞台にあがり、それぞれ五分の持ち時間で演技を行う。
「なぁ。やっぱりこの後で番号って関係あるのかな」
「それはあると思うけど、どうして?」
さすがに舞台を前に緊張してきたのかクロエが青醒めた顔で話をきりだした。不思議に思ったのかユメは何気なくクロエの胸元についている番号を覗き込む。1番だった。
「……」
ユメは一瞬励まそうとするが、それが気休めだと気づいたのかクロエの肩に無言で手を乗せる。
「私、受付の一時間前から待ってたのだけど23番よ? 貴女一体何時から待ってたの?」
ユメの隣に座るエリーも口を挟む。順番的には右からクロエ、ユメ、エリーの順番で座っていた。
「……朝の5時」
「す。すごいやる気だねクロエ。それだけ気合入ってれば受かること間違い無しだよ!」
受付の開始が10時からなので、クロエは5時間カレイドステージの前で待った事になる。ユメも気持ちを察し、なんとか元気をださせようとするもののやはり駄目だった。
「馬鹿ね。寝不足でおまけに緊張なんて、それで100パーセントのパフォーマンスができるのかしら? 時間も自己管理の内よ、気を付けなさい」
バッサリと斬り捨てるエリーだが、まさに正論で、クロエはぐぅの音もでず苦虫を噛み潰したような顔をする。
「遅刻よりはましだし、ね? ねぇ?」
「うぁーん。優しいなぁユメは。どこかの金髪とは大違いだ」
再びユメを抱きしめながら抗議の目を向けるクロエだが、エリーは澄まし顔で腕を組んでいる。エリーも会場を漂う冷たい空気に当てられて、緊張しているのだ。
いや、不安や焦りという感情というよりは、むしろ集中に近いそれ。表情は硬くとも、瞳の中にはマグマのように燃えるものがあり、今か今かと爆発の時を待っている。
「なんだ。とっくにやる気満々かよお嬢」
「ええ。遅いくらいでしょう。ユメに話かけられなかったら私はずっとこうしていた。でももう駄目ね。本ステージで演技できるだなんて知って抑えられるものですか」
「じゃあユメに感謝だ。少ない時間でも一緒に笑っていられたんだからね」
そう言ってクロエはユメに振り向くと、今度はユメまで表情に強張りを浮かばせていた。
「あれ? ユメも緊張してるの?」
「あら。良いことね。ほどよい緊張感は心を引き締めてくれるわよ、特に貴女は緩みきっているようだし」
しかし、他の二人とは若干感じの違うユメ。下唇をかみ締めて、内股をもじもじと擦らせている様子はまるで催した時のようで。
「クロエがね。お腹をぎゅーて抱きしめるからね、その。トイレどこだろうね?」
ははは、と乾いた笑いを浮かべるユメだが、エリーとクロエはそういうわけにもいかない。即座に周囲の様子を見渡すエリー。まだ移動中の受験生もおり、すぐに始まる雰囲気ではなさそうだと確認する。
「完全に静まる前に行ってらっしゃい。今なら間に合うわ」
「よし。アタシも行こう。すいませーん!」
クロエは近くにいるスタッフに手を上げて呼び出す。その様子をエリーはお前は一番だろとでも言いたそうな視線で見つめるが、ユメも一緒に挙手していたのでつっこまなかったようだ。
「どうかした?」
そうしてやってきたスタッフはアンナ・ハート。スラリとした長身で美形な彼女はクラウン部隊の創設者であり、現役のクラウンリーダーだ。
「サイン貰っていいですか? 背中にクロエって」
「違うでしょお馬鹿!」
集中したいエリーも彼女達を前にしてはシリアスな顔はいつまでも続かず、つい声を上げてしまう。
「そうだぞ受験生。少しは場所を弁えろ」
そう硬い声色でクロエに注意するアンナは、マジックの蓋をきゅぽんと外すと書きなれた手つきでファイト、クロエ!と書き綴った。
「って、書いてるやないかーい」
手の甲でビシッと日本風のツッコミをいれるクロエと、想像以上の反応を貰えたアンナは満足気な顔で握手を交わすが、周囲の温度が下がっている事には気づかない。
「あのー。私、トイレに行きたくって」
非常に声を掛け辛い雰囲気を作るクロエとアンナだが、ユメも非常事態。
申し訳なさそうにアンナに声を掛ける。
「なんだ。ギャグで呼ばれたわけじゃなかったのか。その通路真っ直ぐ行けば左側にあるよ。もうすぐ始まるから急ぎな」
はい。と返事をしておずおずとトイレに駆け込むユメとクロエ。その後今のやりとりを見てたのか何人かの女子が後に続いて席を立った。
「ふぅ。まったく。落ち着きのない子」
なんとかトイレに向かったユメを見届けてエリーはため息を漏らす。
そしてひたすらに己を高ぶらせるように、周囲の雑音を消すように目を閉じた。
何? またあの子達騒いでるの? あの金髪の子、フェニックススクールで主席だった子だ。マジで? なにそれ余裕かよ。自爆してくれないかな? ライバル減るwww。けど、あの背の高い子格好良かったね。あ、わかるー。
エリー・クラプトン。金色の少女。凛々しく、自信に溢れ、また大いなる夢を抱く少女。
彼女の存在は少しばかり眩しすぎた。
周囲は雑音に満ちている。
目立てば目立つほど叩かれる世界である。輝きは影を地上に落とし、輝けば輝くほどその色を濃くする。
しかし、そんな闇で黄金は隠せない。そんな言葉は彼女には届かない。
届くとしたら同量の輝きを持つ。あるいは愚かにも夢を語る小さな灯火だけなのだから。
「いやーゴメン間に合った?」
「エリー、聞いてよ。クロエが覗こうとしてきたの。変態だよね?ねぇ?」
「もう。貴方達は何をやってるのよ。いいから早く座りなさい」
叱るような口調とは裏腹に、エリーの顔には笑みが零れていた。
◆
「では皆さん。コレよりカレイドステージ26期生の新人オーディションを始めます」
ステージの真ん中で三つのスポットライトを浴びる白いスーツの男。カレイドステージの現最高経営責任者のユーリ・キリアンだ。
自身が世界レベルのトラピスプレイヤーだけに周囲の信頼も厚く、受験生にとっても憧れの存在。そんな彼が視線を一身に浴びる中、マイクを取る。
「これから皆さんにはこのステージの上で五分間の自由演技をしてもらいます。人数は五人ずつ番号順で順番に。次の出番の人はスタッフの指示に従って舞台の袖で待機していてください。それでは、楽しいショーを期待します」
短い説明と共に舞台を降りるユーリ。そして一番から十番までの受験生の召集がかかり、一番のゼッケンをつけるクロエも席を立つ。
がんばってねと声を上げるユメにクロエは手を振り、エリーの受かりなさいよとぶっきらぼうな激励にニヒルな笑みで返した。
「うわー。うわー。どうしよう緊張するよー」
「なんでユメがクロエより緊張してるのよ」
ユメをなだめつつも、エリーは固唾を呑む。
一番手というのは、この後の演技の基準となる。周囲の実力が未知数である以上、オーディションのレベルを計る意味でも掛かるプレッシャーは相当なものだろう。
ユメは純粋にクロエの演技の成功を祈るが、エリーは自分の実力と比較する対象として舞台に集中している様子であり、現に不安そうなユメとは対象に、観察でもするかのような鋭い視線を注いでいた。
ステージの上に立った五人は左からゼッケンの番号に並び、名乗り上げてから一礼した。
クロエはどうやら落ち着きを取り戻した様で、トイレに駆け込む前の不安げな表情は無い。
むしろ、ユメ達と出会った時の捕らえどころのない態度から一転して、凛然たる態度で舞台に上がっていた。
「始まるわね」
「うん」
観客席の照明が落ち、スポットライトを浴びる五人。設置されたタイマーのカウントが始まる。
二番のゼッケンを付けた小柄な少年はその場でジャグリングを始めて五つのクラブを宙に舞わせた。
三番の長身の男はステージにある階段状になったトランポリンに跳ねあがり、四番の小太りの少女は綱渡り、五番の体格のいい青年はタンブリングと、他の選手と演目が被らないようにとアピールを始め。
そしてクロエはというと、テニスボールくらいの透明な球を一つ取り出す。
始めたのはコンタクトジャグリングだった。さながら球が宙に浮いているかのように球を中心に手を動かして審査員の意表を衝く。
アクロバットな演出が多い中、クロエが用意したのは静の演出だ。
パントマイムの要領で宙に浮かぶ球を表現し、視線を集めたのを皮切りに、球の数は増えて、気づけば六つ。
片手に三つずつ持たれた球は、すでに球に意志があるのではないかと思うほど自在に動き回る。球は手の平での回転から始まって、跳ね上がり、終には両の手の行き来が始まり六つの球のジャグリングへと。
しかし、普通のジャグリングと違う所は手首を動かしていないことだ。
傍からみればクロエは掌を上にして腕を出しているだけであり、まるで球のみが自然に動き回っているかのような異様な光景だった。
「うわぁ。見てエリー。みんなスゴイスゴイ。クロエのなんてマジック見たいだよ」
ユメは先ほどまでの緊張はどこへやら。舞台の演技に目を光らせていて今にも拍手でも初めてしまいそうなほどに興奮している。
「見てるわよ。凄いのはクロエだけでしょ。二番のジャグリングはミスを恐れて高さが低いし、三番はトランポリンに遊ばれてる。五番は、あらスクールで見た顔ね。まぁまぁの床演技だわ。四番なんて綱の上を歩いてるだけじゃない」
「どうしよう。あれで駄目だと私なんか駄目駄目かも」
「出口は後ろよ。真のカレイドスターさん」
口は動かしながらもエリーはクロエから視線を外さなかった。クロエの精密な指捌きには素直に感嘆したようだが、あれが得意分野だとするならばクロエの身体は出来すぎているからだろう。
クロエも舞台の上でその視線を感じたのか、一度エリーとユメに一瞥をする。
まるで何かの合図の様に。まるで見ていろとでも言わんばかりに。タイマーのカウントが丁度残り二分となった。クロエはジャグリングを止めて、周囲が次は何をするのかと息を呑み。
あろうことかクロエはステージの床に向かって手に持つ球を投げつける。
「バウンスジャグリング!? あの球クリスタルボールじゃないの!?」
驚きを隠せないエリーだが、ユメからみればコンタクトジャグリングからバウンスジャグリングに切り替わっただけにしか見えないのだろう。
「エリー、アレって難しいの?」
「バウンスがというより、コンタクトジャグリングは基本的にクリスタルボールを使うのよ。手の上を滑らせたりするのに摩擦が少ないからね。アレがバウンスが出来るほど弾力のあるボールならさっきの演技の難易度は跳ね上がるわ」
「要するにクロエはすっごいんだね?」
「いいえ。クロエはめっちゃすっごいのよ」
バウンスジャグリングは、その名前の通り、ボールを地面にバウンドさせて行うジャグリングだ。基本は真下。変則的なものでは壁などに反発させて行うのだが。
「まだ驚くなよエリー。アタシのバウンスは全方向だ!」
クロエは球を四方に分散させ、強いバックスピンをかけることで、飛び散った球が再びクロエの元に返ってくる。コンタクトジャグリングで、球に意志があるように見せることこそ、まさにこの時の為の布石だった。
クロエの周囲を生きたように自在に飛び回る六つの球。三次元で行われる大迫力のジャグリング。
その中央でホストを務めるクロエはあらゆる方向から迫る球を捕らえて投げるという離れ業を演じながらも不恰好さを微塵も見せることなく、弾幕の中でありながら踊るバレリーナの如く美しい。
「やるじゃないクロエ。構成といい素晴らしいわ」
今度こそ、エリーを絶句させるクロエ・カートリッジの妙技。
「っつ……」
しかし、それも長くは続かない。
この技を行うために欠かせないのは球を操る絶妙なコントロールだ。球威と回転によって返る方向とタイミングを調整し、他の球とリズムを取らないと三次元ジャグリングは成功しえない。
例えばクロエの隣でジャグリングをしていた二番の男が焦りからグラブを取りこぼし、それが運悪くクロエの球に当たったとしよう。
一つのタイミングがズレて全てのタイミングがズレる。それが立体的な技だからこそ、取りこぼした球はクロエを離れて四方に分散してしまうだろう。今までが自在に飛び回っていただけに、まるでクロエから愛想が尽きたかのように。
「うわ。うわっぁぁ!?」
だが、失敗は道化の専売特許。転ぼうが、笑いを取って起きるのがクラウンである。
クロエは球を取れないと判断した瞬間に、逆に大きく踏みつけて、なるべくわざとらしく転んで見せた。
あ痛たたた、と仰々しく失敗をアピールしておどけて見せる。
そこでタイマーが鳴って演技は終了したが、クロエの頭にはボールが一つ降ってきて、最後にもう一度痛いと叫んで舞台を降りるクロエだった。
その様子をみて爆笑したのはアンナただ一人だったが、クロエにはなによりの成果だったのかもしれない。