カレイドスター夢の翼   作:雨居神宮

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5話

 

 

 ライムグリーンのレオタードに身を包み、金紗の様な髪を揺らしながらその少女はステージに立った。

 

 スポットライトに照らされる美しい肢体と毅然たる態度は堂に入り、演技を始める前からの圧倒的存在感。それはスターの素質か、エリー・クラプトン。なんとも舞台に映える選手である。

 

「あ、今エリーと目が合った! ねぇクロエ。手を振ったら気づいてくれるかな?」

「うん。やめようね、絶対」

 

 相変わらず人の演技に齧り付いているユメ。クロエの舞台の時には本人よりも緊張していたというのに、エリーの舞台では完全に楽しむ気が満々だ。

 

 そんなユメの暴走を抑えるのは、手持ちぶたさにペン回しでもするかのように右手でコンタクトジャグリングをしているクロエ。

 

「それにスイッチが入ったみたいだ。きっともう周りなんて見えていないよ」

 

 ステージの上でエリーは観客席の一点を見つめていた。視線がそこで固まってからエリーの顔つきはより引き締まったものになる。まるで手に届かない宝物でも見つけたかの様な、切なさと愛おしさを募らせる表情だった。

 

 五つのスポットライトの下に五人の選手が並び、ビーっと耳をつんざくブザーが鳴る。さぁ何が始まるのかとステージに視線が集まる矢先に、飛び出したのは雷が如く金色。

 

 15メートルの距離を三回の回転で詰める低くて速い、キレのある後転跳びを披露するや。最後は後方屈伸二回転で後転跳びの勢いを殺すと、そこはもうトランポリンの上だ。

 

 後方屈伸の膝の伸びた形のままトランポリンに着地したエリーは、大きく布とバネを軋ませて舞台装置、野獣の根城と呼ばれる複合トランポリンを駆け上がる。

 

 斜めに張られたトランポリンは垂直に降りようにも跳ぶのは斜めという、入る時の力と出るときの力の方向が違う厄介な代物。加えて、トランポリンは布の上で何度も跳ねることで跳力を蓄えるが、斜めに張られていては一度跳んでしまうと元の位置には降りてこられない。

 

 そんなトリッキーな装置に関わらず、エリーは恐ろしきセンスを持って攻略した。

 斜めに掛かる力は高く跳ぶ力にはならないが、体重移動の足がかりとして使用することで回転力を手に入れることが出来る。膝の抱え込みによって回転力を上げれば空中での姿勢は安定し、飛距離は短距離ながらもアクロバットで美しい移動を可能にする。

 

 張り巡らされた足場を使い立体的かつ優雅に上を目指すその姿はまるで美女と野獣ならぬ、美女の野獣だった。

 

「……っ」

 

 その光景に絶句するのは、エリーの後ろを追う形で空中ブランコを目指したゼッケン25番の少年だ。驚くのも仕方ないだろう。少年はブランコへと最短距離の階段状のトランポリンを移動したが、なぜか目の前にはエリーがすでにブランコに飛び移っているのだから。

 

「チクショウ! なんで、なんでお前はいつも僕の前にいるんだ!」

 

 エリーに対抗するかのように、少年もまたブランコに飛び移り、演技を行う。

 補助はおろかキャッチャーもいないブランコで、一人手放し技を行う少年も恐らくはこのオーディションで屈指の実力者なのだろう。

 

 だが、少年は輝けない。いや、他の誰も輝けない。

 まるでステージの上に太陽でもあるかのように小さき光はかき消されてしまう。

 

「まじかよ。エリーの奴、技の難度だけじゃない。動きがどんどん大きくなっていく」

「25番の人も凄いけど、舞台は競技じゃないから、難しい技より生き生きと大きい演技のほうが圧倒的に目立つんだよね」

 

 ユメの言うとおりだった。これが競技ならば技は難度で計られて、同じ技である以上得点は変わらない。しかしこれは舞台のオーディションだ。当然同じ技であろうと、より大きくより華麗に決めたほうが評価は高い。

 

「今度は4回転!? ユ、ユメ。アタシ、ブランコはあんまり詳しくないけどアレ凄いよな?」

「凄いよ! 体操競技の中で3回転は人類の壁って言われるくらいだし」

 

 さすがに四回転を決めたエリーも危うかったようで、バーを片手で掴んだかろうじての成功。だが、その危うさすらも人を惹きつけて、すでに会場中の視線はエリーに釘づけだった。

 

 トランポリンから空中に出たエリーの動きは天井知らずである。まるでここが自分の居場所とでも言わんばかりに生き生きとしている。本人は気づいているのだろうか。技を決めるたびにその口角はあがり、笑みの形をつくりゆく自分の顔に。

 

「オーディションで四回転なんてありえねぇ! そんな余裕お前にもないだろ。それ以上大技はやめろ。落ちるぞ!」

 

 そんな危うさすら見せはじめたエリーに叫ぶのは、25番のゼッケンをつけたキノコのような髪形をした少年。エリーは声を掛けられ、初めてブランコで競演していたことに気が付いたらしく。

 

「あら。貴方もブランコをしてたのギム」

「ジムだ!」

 

 少年を一瞥すらしたものの、正直興味の無さそうなエリー。これまでなら‘今良い所だ邪魔をするな’とでもエリーならば言いそうだが。

 

「丁度いいわ。貴方、そこで見てなさいな。私の運命を」

「何を言ってるんだ。エリー」

 

 そういう間にも開脚後方三回転。伸身後方三回転一回ひねりなど、高難易度技をエリーは連続しつづけて。

 

「夢は終わらないと教えてくれた知り合いがいるの。きっとレイラさんもカレイドスターに憧れて、私はカレイドスターのレイラさんに憧れた。自分だけが輝くことしか考えていなかった私には無かった発想よ」

「詭弁だ。今日夢が終わる奴だっている」

 

 振り子。ここにきて、エリーは初めて一つのブランコを大きく揺さぶり始めた。

 

「ええ。けど、目的が一緒ならば私が成しましょう。良くってよ。どうせカレイドスターになるんですもの。恨みも妬みも、誰かの夢だろうと一緒に背負っていってあげますわ」

 

 大きな振り子に自重を乗せて慣性を付けるエリー。それに横回転を加えて、ブランコを捻じりながら下死点を通過し、勢いに乗って再び上に行く。

 

「だから。どうかレイラさん。貴女の夢も、私にください」

「おい……何だその技は。僕は習ってないし、知らないぞ」

 

 驚愕するのはジムだけではない。会場にいる全員が息を呑んでその技を見守った。

 ブランコを捻じりながら行う技といえば、メイ・ウォンのデーモンスパイラル以来の技だろう。

 

 デーモンスパイラルは捻ったブランコの回転力を、バーを片手で握る事により回転軸を乱して乱回転をつけるフライヤー技だ。

 

 しかし、エリーの捻りはその比ではなく。捻られ一本になったブランコのワイヤーのしなりすらも反発力に利用する。その結果が生むのは、高速落下と高速回転。ステージの上空に突如竜巻が発生したかの如く荒々しい振り子をエリーは作り出した。

 

「……つぁ」 

 

 さしものエリーも通常ではありえないブランコの速度と回転に舌を巻くようだ。

 ブランコから手を離すタイミングを間違えればどこに飛ばされるかわからない。かと言って、勢いが収まるのを待っては技が完成しない。そんなギリギリの中で少女はベストの時間を耐えるように見極めている。

 

「大丈夫なのかよエリーの奴。まるで嵐の中の小鳥じゃないか」

「もう駄目。もう無理。もう知らない!」

 

 オーディションの最中だというのに、会場にはガンバレ~!!と大きな声が響き渡った。

 それがエリーにどれだけの勇気を与えたかは分からないが、下死点を通過した直後。体重、重力、慣性の全て力が重なって、それが上昇力に変えられる瞬間を見計らい少女は手を離す。

 

 放たれた弾丸のように高速でいながらその身は錐揉みの回転に委ねられ、放物線にしたがい、上へ上へと目指す少女。

 

「刮目なさい。これが私の……ゴールデンフェニックス!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 その勢い相まって高い高い放物線の中、上昇力が消え落下へとまさに変わる瞬間にエリーは動いた。

 

 回転に合わせて畳んでいた腕を伸ばす事により回転力を相殺。背をそらし、勢いを殺しながら空中で取るその格好は、まさに翼を広げた鳳のそれ。

 

 レイラ・ハミルトンの代名詞ゴールデンフェニックス。

 回転バーを使用して行う特殊な回転と、その動の動きを一気に静止させ美しいポーズをとるまさに大技である。

 

 エリー・クラプトンは特殊回転の替わりに圧倒的速度と高速回転からのポーズを行うことで、静止を際立たせることに成功し、黄金の不死鳥に劣らぬ見事な黄雷の不死鳥を舞台の上に再現した。

 

 ただの模倣ではなく、限りないリスペクトの元に行われたエリーならではの技。レイラ・ハミルトン、ソラ・ナエギノに続き、13年の時を経て今不死鳥は再び舞台に甦る。

 

「やった。やった。やった。クロエ見た? エリーやったよ~!」

「ああ。殺ってくれたな。見事にアタシの心をオーバーキルさ」

 

 あんなのと比べられたくないとへこむクロエだが、舞台はまだ終わっていない。

 動を静にする。それは勢いを失うことに等しく。いくら放物線上にいようが人は推進力がなければ落ちるのみ。

 

 エリーはバーに向かって必死に手を伸ばすが、どうしてもあと10センチ届かなくて。

 

「いいか。これは貸しだエリー。僕達の代表が不様な姿を晒されては困るんだよ」

 

 ギリギリの所でバーに移ってきたジムという名の少年にキャッチされた。

 

「ありがとう。私の不死鳥を見ていてくれたかしらジム」

「ああ、見たよ。高く飛んで行ってしまった好敵手をね」

 

 エリーを引き上げブランコに載せると、彼女の手をあげるジム。

 一つの拍手が上がり、二つの拍手が上がり。観客席からはしだいに喝采が溢れた。

 

「レイラさん。フェニックススクール第一期卒業生エリー・クラプトン。不死鳥の申し子の代表として、貴女の聖火を絶やさない事を宣誓します」

 

 エリーは演技終了のブザーが鳴るまでの数秒間、スポットライトに一番近い場所で気持ちよさそうに喝采に身を委ねる。

 

 

「お疲れエリー。最後! は残念だったけど素晴らしい演技だったよ」

 

 意気揚々と観客席に戻ったエリーは戻るなりクロエに意趣返しとばかりに皮肉を言われるが、エリーはそんな事を気にする様子もなく。

 

「ええ。大変に気分が良いわ」

 

 と流されて、クロエは改めて天然には勝てないと悔しそうに顔を下げる中。舞台の興奮が冷めないのはむしろエリーよりもユメだった。

 

「エリー! 何アレ、凄いよ、最高だった! こう嵐の中で稲妻と共に産声を上げる不死鳥……そう。ゴールデンフェニックスならぬライトニングフェニックスみたいな!」

「いえ。あの技にはもうビューティフルローリングサンダーという名前があって」

「無ぇよ。その名前もセンスもフェニックスも」

 

 エリーの衝撃的なネーミングセンスとクロエの突っ込みも意に返さず、ユメは早口に捲し立てる。

 

「輝いてたよエリー。本当にカレイドスターみたいだった。ブランコも勿論凄かったんだけどね、あの難しそうなトランポリンを綺麗に跳んでる姿はマリオンさんみたいに格好良かったし、ライトニングフェニックスをやるときなんて私思わず叫んじゃった。それにね。最後。最後に25番の人がエリーの手を取った時、感動したよ。落とさないでくれたって。もう私何言ってるのかよくわからないけど、最高だった!!」

 

 舌足らずのユメの言葉は言いたい事も感想もごちゃまぜになってひどく難読な言葉となったが、エリーはそのまま胸に受け止めて。

 

「ビューティフルローリング……もうライトニングフェニックスでいいわ。あの技はね、二年間練習し続けたけど結局一度も成功したこと無かったのよね」

「いや、今回も成功してなかったけど。よりによってそんな大技をオーディションに持ってきたのかよエリー」

「その技をなんでやろうと思ったの?」

「挑戦。いえ、運試しなのかしらね。ここでステージに選ばれなければカレイドスターはおろか、夢を語る資格すらないように思えて」

 

 まるで憑き物が落ちたかのように清清しい顔で語るエリーだが、カチリと異音が響いて、やがてガチガチと奥歯が鳴る。

 

「あら?」

 

 ステージの熱に浮かされて挑んだ大技も終わってみればただの綱渡り。

 充実する達成感の裏には確かにリスクを感じる理性もあり、安堵と共に張り詰めた気が抜けた今、恐怖、緊張、不安、疲れが一気に襲い掛かってくる。

 

「ふふ。私、震えてるのね。知らなかったわ。ステージがこんなに重かっただなんて今になって感じる」

「言うなって。わかるよエリー。泣き出さないだけ立派さ。ユメ貸す?」

「なにこれ」

 

 ほらよ、と。ハンカチを貸し出すノリでユメを薦めるクロエ。受け取るエリーもエリーではあるが、慰めたい気持ちもあるだろうユメは抵抗もせずにエリーの膝元にすっぽりと収まった。

 

「いいわねコレ。重さといい抱き心地といい素晴らしいわ。それになんだかいい香り」

「だから禁止! 嗅ぐの禁止! あとクロエには無かった敗北感が背中に!」

 

 玩具扱いされて不本意がるユメだが、笑顔の戻るエリーに悪い気はしないようだ。

 

「二人共頑張ったんだし、私も頑張らないとね。やってやれない事はない。やらずに出来たら超ラッキーの心意気で行きたいと思います」

 

 挑戦者、冒険者、開拓者。そう言った名で呼ばれるものは全て愚かものだろう。

 利口な者はその後ろに続き、成功した者を称え、失敗した者を笑う。

 

 今日ここにいるものは、皆が挑戦者だ。

 夢を見ることは素晴らしい。しかし、手に届く夢を掴もうとするだけの、何が挑戦か。

 

 クロエ・カートリッジ。エリー・クランプトン。愚者はここに見事喝采を手にする。

 最後の一人は苗木野夢。彼女のステージは如何なるものになるのか。

 

「で、ユメは何番なんだよ」

「ん? 100番だよ。超良い数字」

「……後一時間以上先ね」

 

 

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