どうやら、少女の舞台まで少々の時間があるようだ。
ならばその間に‘私’の話にでも付き合って頂きたい。
オーディション。その度つい私は夢を馳せてしまう。彼女のように、誰かが私を見つけてくれるのではないかと。
思えば彼女がオーディションに迷い込んで来たのはもう15年も前の話か。
後に聞けば宿泊費を両親に遠慮してオーディション当日の便でやってきたとか。まったく無茶な話である。結局日本から夢を抱きアメリカまで来た少女は、オーディションに遅刻して受験することすら叶わなかったのだから。
しかし、彼女苗木野そらにはステージが恋をしていた。
明るく、才能に溢れ、ステージを愛し、決して挫けることのない彼女をステージは欲していた。
ああソラ。懐かしい君。君と出会えた事が私にとってどんなに喜ばしいことだったのかを君には分かって貰えないのだろうね。
彼女は私のことをただの変態としか扱ってはくれないが、変態だろうと寂しいものは寂しいものだ。誰も私を見つけてはくれない日々。声すら届かず、見守ることしか出来ず。
口にした事はないが、そんな暗闇に囚われていた私を照らしてくれたのがソラ。彼女だったんだ。
その時から、確信に近いものがあった。幾多ものステージを見届けてきた私。幾人ものスターを見送ってきた私。だからこそ確信する。彼女なら幻の大技を演じることができると。
幻の大技。空虚な私の唯一の存在理由である。
なぜ私が存在するのかは定かではないが、私はこの技を伝えなければならなかった。
この大技がいつからあるのか。最初に演じたのは誰か。なぜ私がこの技を知っているのか。
何も、覚えていない。全てを失っていた。だが、それでも……私はこの技を絶やすわけにはいかなかったのだ。
そのためならば私は孤独に耐えるとも。永遠に耐えよう。暗闇に耐えよう。中傷に、裏切りに、絶望に、すべては■の笑顔のために耐えてみせるとも。
だが、それも昔の話。
私の期待通りにソラは、レイラと共に幻を再現してくれたのだから。
そういえば、いつだかソラに言われたことがある。幻の大技を成功させたら成仏するのかと思っていたと。そのときは幽霊扱いするなと怒ったりもしたものだが、心内では私も解放されるものだとばかり思っていた。
ステージよ。これ以上一体、私に何を求めるのか。
私は幻の大技の再現を見届け、真のカレイドスターの誕生を見届けた。
目を瞑るだけで容易に思い出すことの出来るそこまでの道のり。
あの輝かしい日々は、今の私には少々眩しくて、とてもとても愛おしい過去の記憶である。
だが、ソラよ。私の親友にして恩人よ。
今日、君の夢を見つけたよ。彼女は私に気づいてはくれなかったが、なるほど。確かに君似て明るく優しく、そして胸板の薄い少女だった。
目的もなく途方に暮れていた私だが、ようやく小さな灯火が灯ったように思う。
今の私には彼女を導くことこそできないが、せめて見守らせて欲しい。
未熟な語りべであるとは思うが、君と再会したとき、ぜひ彼女の成長を伝えたいのだ。
さぁユメ。ソラの夢。今はまだ苗木の夢よ。
ステージの時間だ。
願わくばいつか君とも話しがしたいものだが、大丈夫。
タロットによれば君の未来も、無限の可能性を秘めているよ、ユメ。
◆
「駄目だ。自分のステージより緊張する。あの子あんなに顔引き攣ってて大丈夫かよ」
「ええ。なんか胃が痛いわ。子供の発表会を見守る親ってこんな気持ちなのかしら」
少女二人が無駄に母性を働かせて見守るのは、同年代の少女だった。カレイドステージのメインステージに上がる小さな少女、苗木野夢。
他人の舞台を見ていた時の笑顔はどこへやら。余裕のない引き攣った笑みを浮かべながら、手と足を同時に動かす様を見せられてはエリーとクロエが心配するのも仕方が無い。
「あ。キョロキョロしだした。よし手振るか」
「やめなさいね。絶対。それに探してるのは、たぶん私達じゃないわ」
エリーの言うとおりユメの視線は来賓席を彷徨っていた。分かりやすいもので、目的の人を見つけた彼女の震えは自然と収まり、心なしか表情にも余裕が生まれて。
「なんだ、ユメの奴他に知り合いが来てるのか?」
「居たじゃない。レイラさんの隣に」
「レイラ・ハミルトンの隣……ん。んん?」
クロエも記憶を探り、その答えに辿りついたのだろう。レイラ・ハミルトンの隣に座る日本人の女性の名はソラ・ナエギノ。
今舞台に上がる日本人の少女の名も同じくナエギノである。子供か、姉妹か、あるいは親類か。そこまでは彼女達の知るところではないが、エリーがレイラ・ハミルトンの背中を追いカレイドステージに挑むように、ユメにも追い求める背中があることを、それは意味する。
「あんまり似てないわよね、彼女」
「……いや。似てるんじゃない?周りを笑顔にするところとかさ」
クロエのその言葉に、キョトンとした顔を見せたエリーはなるほどと、深く頷いた。
「お姉ちゃん。お姉ちゃんはこの景色を見てたんだね。ここで演じて。ここで喝采を浴びて。ユメもいつかそうなりたいな。だからまずは第一歩。見てて、最高のステージにするよ」
そしてブザーは鳴り演技が始まる。タイマーの時間は五分。
まず動くのは97番の体格の良い男だった。エリーのように野獣の根城に挑むことはないものの、階段状のトランポリンにあがって大きな身体を強調するように飛び跳ねて。
続くのは98番の細身の女。トランポリンから綱に飛び移り、さながら平均台の上にでもいるかのような軽業を。
96番の少女はその場でジャグリングを始めて、99番も床演技を開始するが。
「ちょっと、あの子は何をしてるの?」
「んー。パントマイム……とか?」
エリーが戸惑うのも無理はない。100番の少女、ユメは文字通りその場で演技を始めたのだ。
スカートの裾を摘むような仕草で舞台中を走り回るユメ。ジャグリングをする少女に出会えばジャグリングに合わせてバク宙を行い。
「わっ。何っ、何?」
「あ、どうぞどうぞ。続けて続けて」
床演技をする男に出会えば男と対称になるよう飛び跳ねて。
「……ん?」
「おかまいなく!」
おっかなびっくりトランポリンに上がればトランポリンで演技する男が着地しては跳び、男が跳ねては降りるを繰り返した。
「何がしてえチビ」
「みんなを笑顔にしたいです」
他の演技者に絡むようなユメの奇行に演技者達からも困惑の視線を受けるが、しかしユメは止まらない。そんな調子で移動し続けて、たどりついたのは舞台装置‘野獣の根城’と呼ばれる複合トランポリンだ。
斜度のきついトランポリンは上ではなく斜めに跳ねるという扱いの難しい代物。それをエリーのように華麗にとまではいかないが、正統な攻略方法を持ってユメは昇っていく。
「あ! あ、あ~!!」
「ちょ、ちょっとクロエ。何よ急に」
「分かった。分かったんだ。ユメの奴、マリオンさんを演じてるんだよ」
これは実際に使われている舞台装置である。当然主演を演じるマリオンもこのトランポリンを扱うシーンがあり、ユメはそれを模していた。
エリーはわずかに生まれる跳力を回転に変えることで安定と美しさを出したが、ユメが行うのは連続移動だ。移動の数をこなすことでわずかな跳力を増幅させる、あるいみは正しいトランポリンの使用法。
もっともマリオンはそこに重心移動と捻りを加えることで一回目から大きく高い回転を見せるが、カレイドスターと受験生を比べるのは酷だろう。だが。
「ああ、なるほど。そういえばトランポリンを跳ぶ順序や仕草は似てるわね。けどマリオン・ベニーニほど美しくはないわ」
「馬鹿お嬢。違うって。これは美女と野獣のシーン4。ベルの逃亡なんだよ」
そう。ユメが演じるのは美女と野獣。
野獣と同居することになった美女ことベルが、野獣の粗暴さに耐えかねて脱出を図るシーン。
話は演出家のミア・ギエムにより着色されているが、魔法の掛かった城からベルは出ることができずに不思議な家具達と出会いながら城を彷徨うという構成だったか。
「……待った。待った待った。このシーンの最後って確かアレよね?」
「そうだよ。しかももうラストだ。端折まくったな、1シーンを二分で終わらせやがった」
ユメの演技に気づいたエリーとクロエの二人は互いに顔を見合わせる。しないよね? まさかやらないでしょう? などと言い合う間にも城の頂上まで登りきるユメ。
ブランコを除けばそこはステージで一番高い場所であり、観客席とステージを同時に見渡せる唯一の場所。たとえば慌てふためく仲間の姿や、見守る姉の姿。そして彼女の大好きなステージと……。
「ふぅ。やって、やれないことは……ない!」
そう言い、ユメは頂上の小さなトランポリンから飛び降りる。
背を下に向け、大の字に。
舞台では丁度、城の頂上まで逃げてきたベルが誤って落下してしまい、それを野獣に助けられるという場面ではあるが、ユメは一人でありそれを受け止めるものは下に居ない。
「誰か、私を受け止めて~~!!」
「「ちょ! この馬鹿!!」」
思わず席を立ち舞台に駆け寄ろうとする二人。同時に審査員達も席を立つが、一番速いのは無論舞台上にいる選手達だ。
ユメの行動をつい視界の端で追っていた彼等。体格のいい男と、猫のような女、そして細目の男の三人がユメの下に駆けつけて、ジャグリングをする少女だけがあわあわとその顛末を見守る。
落ちる少女の下では三人が位置を見計らい腕を広げていて。
「おいコラ。チビ。テメェはなんてことをしやがる」
「ほんとほんと。私めちゃ焦ったよー」
「……軽いな」
さすがにカレイドステージを受けにくる受験者達。人を跳ばしたり受け止めたりするのはお手の物であり、体重の軽いユメは何事も無かったかのように受け止められた。
「ごめんなさい。テンション上がりました。ごめんなさいついでに、もうこのままみんなで演技しちゃいません?」
一瞬ユメが何を言っているのか分からずに固まる三人。
「みんな受け止めてくれた。大丈夫。私達は手を合わせられる。やっぱりステージは全員で作らないと!」
個人の力量を測るオーディションで力を合わせようと申し出るユメ。通常ならばこんな申し出が受け入れられるはずはない。だが、すでにステージは壊された。強引にも三人の手を合わさせてしまった。
「チビ。この後はビーストのムーンサルトだ。お前に受けられるのかよ?」
見せ場を寄越せと。体格のいい、まさに野獣のような男が声を掛ける。ユメはにっこりと微笑んでレシーブの体勢をとり、組んだユメの小さな手に男の大きな足が乗っかって。高く飛び上がった野獣の華麗なる後方二回宙返り一回ひねり。
「ウハハ。やるなチビ!」
豪快な跳躍はユメの助けもあり十分な高度と滞空時間を生み出し、見事技を成功させる。
「野獣さんもすごいすごい!」
男の出すサムズアップはすなわち了承の合図であり、脚本通りに始まる美女と野獣のランデブー。それを羨ましそうに眺めるのはジャグリングをしていた気の弱そうな少女だった。視線に気づいたユメは少女に向かって声を掛ける。
「おいで」
パッと晴れる少女の顔。少女はユメに向かってジャグリングしていたクラブを回し、ユメは右手で一つ、左手で一つ。最後は見事顔面で受け止めた。
「フ。ジャグリングもできないのか。こうやるんだよ」
ユメの取りこぼしたクラブを拾って細目の男が少女とジャグリングを始める。
「私。私も混ぜてよー」
最後に猫のような女がユメ達の演技に混じり始めると、オーディションのステージはまさかのショータイムへと早変わりを見せた。
「なぁエリー。これオーディションだよな?」
「ええ。笑顔で手を取り合うオーディションなんて初めて見たけどね」
「くっそ。ユメが後五時間早く来てれば一緒の舞台だったのにな」
「クロエが後五時間遅くくればよかったのよ」
「確かに!」
このステージにはエリー・クラプトンのように太陽の如く輝くものはいなかった。しかし、小さな星星が集いあい見せるのは、星空の如き眩さだ。
受験生が手を取り合うというのは異例ではあるが、けして愚策ではない。
共同演技。サーカスが大人数で演じるように、一人よりも二人、二人よりも三人であるほうが演技の幅が確実に上がるからだ。
小さなものよりも大きなもののほうが迫力があるように、二人でのジャグリングや肩車での軽業など視覚的にも存在感は跳ね上がった。
しかし、オーディションという輝きを競う場において一体誰が他人を輝かせる事を考えるだろうか。
いや、正確には過去に一人、争いのないステージを目指した者がいた。
おそらくはユメもその類。オーディションであろうともステージでバラバラに演技するのが嫌で。演技者が笑顔でないのがもっと嫌で。
受かる受からないの前にただ最高のステージを。それしか考えていないのだろう。
「いいよネコさん。すっごい綺麗~!」
「へへ。細目には負けないよー!」
「なんの。まだまだこれからだ」
演技者には笑みがこぼれ、舞台の上は争うという意識から競い合うという意識に変わる。
ユメが先導するように技を決めては、後に続いて技を成功させる。思えばユメは最初から他人の長所を見つけるのが上手かった。
クロエが言っていたように、大技というのは身体も心も調子に乗っている時に行うものだが、ユメはその演技を誘うのが抜群に上手い。
この四人を垂らしこみ共同演技に持ち込んだだけでも相当なものだが、演じやすい間や煽り、選手を調子付かせては演技を誘っている。さながら舞台の指揮者のようで、輝きを分配する天性のディストリビューターだ。
左右対称に行われるアクロバット。シンクロ演技。間を縫うジャグリングに組み体操。跳ばし、跳ばされ、無邪気に戯れる五人にとって三分などあっと言う間であり。
「おい。後30秒だ。こいよチビ」
タイマーの時間を見ながらフィニッシュのタイミングを計るユメ達。97番の大男は獲りをユメに譲ると言い出した。
「いいの?」
あんまり興味のなさそうなユメだが、他の演技者達も異論はないようで。
「おいでおいでー」
「あの、どうぞ」
「行け」
96番のひかえめな少女と99番の細長の目の男が行うジャグリングの間をバク転で抜けるユメ。その先には大男の肩に立つ猫のような98番の女性がいる。二人の手を足がかりに上へ上へと昇るユメは空中で回転しながら女の肩に着地。
三人の人間タワーを見事完成させてタイマーはゼロになり、最後は全員揃っての一礼を。 迎えられる喝采は誰が為でなくこのステージに向けられていて、演技者も観客者も笑顔のままに幕を閉じた。