「大・満・足・です! です! で~っす!」
ほっこり笑顔で観客席に戻ってきたユメ。その満面の笑みとは裏腹に髪はぼさぼさで舞台に上がる前と比べれば若干やつれている雰囲気すらあった。
「お、おう。それは良かった。ところで何かあったの?」
ユメを迎えつつも、変わり果てた姿にクロエは困惑をみせる。
「えっとね。舞台が終わったら大きい人に髪の毛をくしゃくしゃにされて。ジャグリングの子に手をブンブンされて。猫の人にぎゅーってされて。目の細い人にでこピンされて。あ、後ケンさんにめちゃくちゃ怒られた」
多量の擬音と手振りを交えた、要領の得ない説明を受けたクロエ。なんとなく大変だったのだろうと察しをつけたようで、とりあえずウンウンと頷いては慈しむ目でユメの話を聞く。
「それでー。それで、すっごく楽しかった。またみんなで演技ができたら素敵だけど、きっとみんなでってわけにはいかないんだよね」
ステージを終えた時クロエとエリーの二人を襲ったのは恐怖、緊張、不安に疲れ。しかしユメは次のステージを想っていた。自分が居るかわからないステージと誰かが居ないステージを。
「……貴女、変よ」
「うぐっ」
黙って話しを聞いていたエリーはユメの話をバッサリと斬って、代わりに口を開いた。
「なぜ誰かなの? 自分の心配をなさいな。自分の夢を追いなさいな。自分で輝きなさいな。私はユメと演技するのが楽しみよ?もちろんクロエともね。貴女の夢を描く誰かではなくて、私はユメと演じたいの」
自分の輝きを強く願うエリーだからこそ、ユメのステージが受け入れられないようで。
誰よりも輝き、誰よりも華麗に、誰よりも強く。そんな少女が選んだ道は、全てを背負う事だ。
嫉妬も怒りも憎しみも、羨望も夢も喝采も、全てを手に入れようとすることこそ彼女の渇望。みんなが笑顔で楽しいステージを至高とするユメとはまさに対極の想い。
「うん。私もだよエリー。エリーとのステージがとっても楽しみ。だからこそ、舞台は常に最高のステージにしたい。私が輝いて、エリーが輝いて、クロエが輝く。こんな楽しいステージきっとないよ」
「私は私で輝くわ。貴女は貴女の心配をなさい」
「おいエリー。やめとけって、なにつっかかってんだ」
みんなで最高のステージを。それはエリー・クラプトン以上に傲慢な願いかもしれない。 自身で完結することなく他人と共用するユメの憧れ。今回のステージも、一歩間違えば大怪我と共に舞台を中断する可能性すら含めた危険なものだった。
他人から見ればみんなでなどおこがましい。笑顔でなんて余計なお世話で、楽しくなんて知ったことではないのだ。だからこそユメは演技に美女と野獣を使ったのだろう。
このオーディションに受けるもの全員が共有する夢、カレイドステージの演目だから。
「ユメのステージは確かに良かったわよ……。けどね、わかってるの?これはオーディション。貴女が輝かないといけないの。あのステージ、ユメは床演技なら皆より頭一つ出ていた。なのに埋もれた。共同演技に飲み込まれた! ユメが主導だろうとも、迫力ある大男の演技のほうが印象的。細長い女の演技のほうが華麗。冴えない顔の男のほうが繊細! 周りが輝けば、貴女程度の実力では消えてしまうのよ……」
エリーが訴えるのはユメの実力不足だ。
カレイドステージの受験者が遺憾なく実力を発揮できたのならば、それはレベルの高いものは当然。言ってしまえばクロエとエリーの舞台の後で竦んでいたからこそ、ユメには勝機があり、ユメは自分でそれを手放していた。
「ま、まじっすか? すか? ……すか」
ユメは最高のステージの事しか頭に無かったようで、自分が目立っていない事実と実力の不足を知らされて目を真ん丸にしたまま固まってしまう。
「どどどどど、どうしようクロエー。私落ちたくないよー!?」
クロエには全力を出し切れたなら、後はもう自分を信じるだけしかできないと言ったユメであり。実際結果を受け入れる覚悟はしていたようだが、その自分を否定されては落ち着かないのは人心である。
「だぁ本当エリーは馬鹿だな。良いステージだったんだ。わざわざ言うことじゃないだろ」
「事実よ」
フンと鼻を鳴らすエリーもユメを案じるからこその本心であり、彼女にとっては社交辞令でただ褒めるだけのほうが不誠実なのだろう。
「お前は人を絶望にしか追い込まないな。使えねー。ほんと使えねーよお嬢」
「貴女だって人を笑顔にするのがクラウンでしょうに。それがユメに笑わされてばかりじゃない。少しはユメを笑わせてみなさいな道化」
プツリと何かが切れたようにいがみ合う二人。互いにユメの心配をするも、片やユメの心情を片やユメの実情を気にかけていて。
「エリーの言う通り私に実力が無いなら、へこむ。へこむんだけど、私やっぱり良いステージだったとも思うわけでして。最終手段を使うときがきたようです」
ユメは自分の実力を嘆きながらもあの舞台に後悔は無いようで、前向きに策を講じる。
「最終手段……だと!?」
「舞台を降りた貴女に一体何ができるというの?」
「ふふ甘いねエリー。私はコレに数多く救われてきたよ。夏休みを賭けた期末テスト。運動会の天気。そして楽しかった修学旅行!」
何をするのかと二人の注目を集める中、ユメはその小さな手をパンパンと二度合わせ祈り出す。
そう結局の所、舞台を降りた彼女達にできることなど神頼みくらい。
ユメの様子に苦笑しながらもクロエとエリーも手を合わせて、三人で叫んだ。
「「「神様~!!」」」
と。
◆
「二人共さぁ。幻の大技って知ってる?」
出番を終えたユメの番号は100。残すところ5組となったオーディションをユメとエリーとクロエの三人で見守る中、ユメがポツリと呟いた。
「レイラさんとソラ・ナエギノが一回だけ行った文字通りの幻の技ね」
「アタシ達が赤ちゃんの頃の話だな。見てみたいけど、今じゃ誰も出来ないだろうね」
「私、そのステージ見てるんだー。なんでかな。赤ちゃんの時の記憶なんて全く無いのに、そのステージの事だけはやたらと鮮明に覚えててね。二人共すごく眩しかったなー。今思えばこれが私の始まりなのかも。ねぇ、二人はなんでカレイドステージを目指したの?」
ユメのふりに二人は少し考えるように時間をあけて、先に口を開いたのはクロエだった。
「アタシはロゼッタ・パッセルの影響かな。ディアボロの世界大会に出てるのを見て、すごく楽しそうに演技しててさ。そんな人が昔はディアボロマシーンて呼ばれるほど機械的な演技だったって知ってね。笑顔を取り戻せたのはカレイドステージのおかげだってテレビで言ってるのよ。最初はふーんカレイドステージかーって興味程度で見にきたら驚いた。なんじゃこりゃ! って感じ。アタシはそこからかな、このステージを目指したのは」
お嬢は? と自らの始まりを語ったクロエはエリーに振って、エリーは言いづらそうに口を開く。
「私は、お父様に連れて行かれた社交パーティーでレイラさんに会ったことかしら」
「待った。え? 何これツッコミ待ち? お嬢様って言ったの怒ってる?」
「人がせっかく話したのに失礼ね。私、これでも一応御曹司なのだけど?」
これにはさすがにユメもクロエも驚いたようで目をパチクリさせて。
「キ、キャビア食べたことありますか?」
無駄に敬語になったユメの質問に、普通にあると答えたエリーにいよいよ二人は平伏した。どこか偉そうな態度と時折見せるお嬢様語に、なんとなく納得がいった二人はエリーに話の続きを促す。
「まったく調子のいい。そう、レイラさんとパーティーで会ったのよ。レイラさんも財閥のお嬢様でね、ブロードウェイで女優をやっているとチケットを貰ったわ。衝撃だった。レイラさんの演技ももちろん良かったのだけど、親の力に頼らないで自力で輝いている姿に感動したわ。ファンになって、自分もやってみたくなって。レイラさんが、サーカス学校を開くと聞いて迷わず入学したの。どちらかと言えば、私の始まりはレイラさんとの出会いかしらね」
三人が三人始まりは違うが、共通するのはカレイドスターの演技に魅せられたこと。
世代を超えて受け継がれる夢、受け継がれる意志は、今日確かに胎動を見せ。産声を上げる時を今か今かと待ちわびる。
その間にも105番、110番と着々とオーディションは進行し、128番の演技の終了を持って全ての演技が終了した。
「皆さん。今日は素敵なステージをありがとう。懐かしい大技や、危険な飛び降りなど見応えたっぷりな二時間でした。結果の発表は一時間後にココで行います。また君達の演技をこのステージで見れる事を楽しみにしているよ」
カレイドステージ代表のユーリ・キリアンの宣言でオーディションは終わりを告げた。
張り詰めた空気から開放された会場は一気にその覇気を失い。ユメ達も同様に背もたれに寄りかかって一時の安息を味合う。
「二時間ってこんなに長いんだな。アタシもう疲れた」
「結果発表がまだでしょ。さっさと着替えてご飯食べちゃいましょうよ」
「まじかー。食べる気力あるのか、すげぇなエリー。出来れば動きたくないんだけどユメも昼食にしたい?」
ぐったりと深く椅子に座り込むクロエとエリーは間に居る少女にちらりと視線を動かす。
「「居ない!?」」
クロエとエリーに挟まれていたはずのユメが居ない。どこに行ったのかと探すエリーの様子はまるで迷子を捜す親のような慌てぶりである。
「あ、居た! あんな所走ってるよ。どんだけ元気一杯だあの子」
クロエが指を指した先は階段状になってる観客席を昇りきった先の通路。ユメが真っ先に駆け出したのは来賓席のある方向だ。目的は姉の苗木野そらだろう。そんなユメを見るエリーも遅れながらに反応する。
「しまった! レイラさんも居るんだわ! 急がないと」
「ちょ、一人にしないで。アタシ寂しいと死ぬんだぞ?」
タンと廊下を跳ねるように飛び出したエリーと、やれやれと言った感じで追従するクロエ。走る姿すらも美しいエリーと、無駄なくアスリートのように駆けるクロエではやや軍配はクロエに上がるものの、それでもエリーは速かった。
小さな身体を大きく振りながら、ぬんぬんと走るユメの背中に追いつくのにさして時間はかからず。
「レイラさん。レイラさんはどこよ!?」
「お姉ちゃん。お姉ちゃんを探して!?」
二人して目を血眼にしながら会場を全力疾走する。周囲にはまだ他の受験者やスタッフも居たが、そこはカレイドスターを目指す二人である。椅子を手すりを使って人混みを難なく切り抜けて、さながらシンクロ演技でもするかのように同時にサマーソルトで宙に舞い。
「ダブルゲットシュート!!」
着地する瞬間、間に割って入ったメイに同時に撃墜される。
それはいともたやすく行われるえげつない行為。勢いつく二人の喉下に直撃したのは直角にした肘であり、プロレス技のアックスボンバーだ。
「な、なんて自然な技の出だし。あの人、そうとう殺り慣れてる……」
「それは私が寮長だからよ。覚えておきない、私の前で騒ぐ奴は皆こうなるわ」
クロエは、足元で喉を押さえて転げまわる二人をよそに、お疲れ様ですとでも言わんばかりの敬礼を決める。どうやらメイには逆らわないことを決めたらしい。
「で? 何の騒ぎよ。つまらない理由だったらアンタ等三人失格よ」
「お、おぶぇいジャンざがじでるんでずげど」
「はぁ? オブェイジャン……何よそれ?」
言葉にならない声を上げるユメ。喉を痛めつけたメイは悪びれもせずにはっきり喋れと追い討ちをかけて、見かねたクロエはおずおずとフォローを入れた。
「えっと、お姉ちゃん探してるらしいです」
「なんだカレイドに関係者がいるのね。いいわ、呼んであげる。誰?」
「ぞぉ。ゴホン。……そら。私のお姉ちゃんは苗木野そらです」
若干目元に涙を浮かべたユメが、その名前を伝えた瞬間にメイの時は止まった。
気持ちの悪いうすら笑いを浮かべたまま固まるメイ。そら、そら、そら、と口の中でその名前は反芻し。
「そ~ら~だぁ~!?」
逆鱗に触れた。
自称そらの永遠のライバル、メイ・ウォン。憧れのレイラ・ハミルトンのパートナーの座を奪われ、フェスティバルでは世界一に輝いたものの敗北感を味わい、カレイドステージでは常にナンバー2。彼女の人生はいつもそらへの劣等感でいっぱいだった。
しかし、彼女は今笑顔である。きっと目の前に、そらの妹がいるからだ。
ユメが受験者で自分が審査する側だからだ。ユメの顔になんとなくソラの面影を感じるからだ。
「ぐるるる……失格よ!!エクストラアテンション失格よ! ふははは。そらの妹であることを呪うのね~」
「なわけあるか」
ゴンと、最高潮のテンションで高笑いするメイの頭を厚いファイルの角で叩いたのはミア・ギエムだった。もっともユメを含めた三人は彼女の事を知らないようで、ミアの登場に戸惑いをみせている。
「ちょっと、何すんのよミア!」
「何かしてんのはアンタでしょう。あんまり受験者いじめない。いじめるのは新人になってから~」
さらりと恐ろしい事を言ってのけるのは師匠の教育の賜物か。彼女こそカレイドステージの総監督を勤める鬼演出家である。
キャストのように表立って輝くことはないものの、ステージの構成を練りキャストをより輝かせる方法と観客を楽しませる演出に余念の無い彼女は、ステージになくてはならない存在だ。
「ははーん。やっぱり君だったかユメちゃん。アナタだけよ、ステージの上でショーを見せてくれたのは。128人居ながらなぜ舞台が本ステージなのか、なぜ数人で行うのか、誰も疑問を抱かなかったわ」
「それは。それはどういう事でしょうか? まるでこのオーディション、手を取り合うことが正解のように聴こえますが」
喉を擦りながらも起き上がったエリーがミアに噛み付いた。
「あー、アナタはあれね、ゴールデンフェニックスのエリー・クラプトン。ステージに正解なんてないわ。だから私達は最高を目指すの。オーディションは確かにアナタ達の実力を測るものよ。でもね、だからといってステージの上で争そうな。そんなものは降りてからにしろ。ステージに立った以上、目指すのは常に最高のステージ! 舞台はいつでもクライマックスよ! 観客はアナタだけを見てるわけじゃない。いくら腕が良かろうと、そんな事がわからないようでは三流ね」
「ぐっ……!!」
ぎりりと歯を食いしばるエリー。ミアの言いたい事に気づいたのだろう。オーディションで会心の大技を決めたエリーではあるが、もしあのステージが公演だったのなら?
それは自分ばかりが目立とうとした、てんでバラバラのワンマンショーだ。
仮に、他人が失敗しようとも自分の演技の点数が下がるわけではない。むしろ協力すればユメの様に自身の演技の幅も増えた。
それを邪魔したのはオーディションという固定概念と、自分が誰よりも輝いているというプライドだろう。
エリーは、いや他の誰もが見失っていた基本的な事。ステージはステージに上がる者全員で作らなければならない。
「その点アナタはよかったわよ、クロエ・カートリッジ。アナタはステージが生き物だという事をよく理解している。即興とは思えない技の構成にミスのリカバリーを含めて、観客を意識している事が伝わってきたわ。残念な点といえばコンタクトジャグリングは大きなステージでは観客に見えづらいという点ね」
ミアを誰だかわからないクロエは、ははあと頷くことしか出来ずに呆気にとられる。
まさかエリーのゴールデンフェニックスより自分が評価されるとは思っていなかったようで、頭をぽりぽりと掻きながら照れくさそうに下を向いた。
「ミア。演出家モードに入るのはいいけど、この子達そらを探してるみたいよ?」
メイの言葉を受けて、はっと我に返るミアは顔にやってしまったとう表情をうかべて。
「い、今ケンが車で送ったわよ。私見送ってきたんだもん……」
「!?」
その言葉にユメが再び撃沈する。察したエリーはわなわなとレイラの行方を尋ねるが。
「うん……一緒」
「おっふ!」
とても育ちのいいお嬢様とは思えない声を上げてエリーも撃沈。
「け、結果発表の時間もあるんだし、アナタ達も早く着替えてご飯食べなさい。ね? ね?」
「あーミアが話し長いばかりに可哀想に。姉妹で会う時間もあげないなんてー」
ミアとメイが責任の押し付け合いを始めてしまったので、クロエは隙を見てユメを担ぎ、エリーも担ごうとして重いので引き摺る。
「楽屋もそろそろ空いたろうし、とりあえず先に着替えようか。廊下を走ったらアックスボンバー。良い教訓になったね二人共」