カレイドスター夢の翼   作:雨居神宮

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8話

 

 

 それから少し経ってユメ達はカレイドステージのフードコートに来ていた。

 着替える時間をずらした、というよりは、ずれてしまったユメ達。おかげで朝とは違い、楽屋では広々と着替えることが出来たようだが、それはランチタイムに出遅れたとも言える。

 

「まったく。クロエがユメにちょっかいを出さなければもう少し早く来れたわ」

 

 さらりと長い金髪を揺らすエリーは白いワンピースの上に薄緑のカーディガンを羽織り、下はベージュのパンツにウエッジサンダルと小綺麗にまとめて。

 

「いやいや、ユメとエリーが会場を走り回らなければ後10分はユメの下着を眺めてる時間があったね」 

 

 上品なエリーとは対称的にクロエはジーンズに黒いパーカーという今から散歩にでも行ってきますというようなラフな格好で、靴も普通のスニーカー。

 

 街中では見向きもされないような格好も、しかし中性的な雰囲気をもつクロエが着ればユニセックスな着こなしとして評価されて、周囲の女の子達からチラチラと熱い視線を集めている。

 

「あれは本当にごめんね。けど、できれば触るのは勘弁して欲しかったなぁ」

 

 遠い目をする日本人の少女。七部丈まで折り返したオーバーオールを片紐で吊る下げて、下にはみかん色をした半袖のTシャツを着るユメ。ボディーラインの見えない服装もあり、まるでやんちゃな少年を思わせる格好だ。

 

 三人共私服に着替えはしたものの、フードコートの入り口で立ち往生していた。

 普段のカレイドステージの入場者人数を考えれば今日の受験者など高々100人程度ではあるが、それでも100人が列を作れば混雑はする。やはり人気のテナントは列が長く連なり、ハンバーガーやサンドイッチ、ピザといった定番メニューは絶望的だ。

 

 すぐに食べれそうな物といえば、ソフトドリンクとアイスクリームなどのデザート系の店で、かろうじて置いてあるサイドメニューぐらいだろう。

 

「こりゃ昼は軽くすませて、後で食べ直しかな」

 

 元からあまり食べる気のなかったクロエの提案に二人が賛成したところで、軽食の店に三人で並ぶ。

 

 クロエは二種類のワッフルとアイスコーヒー、そしてカップにはいったソフトクリームを購入し、ユメはホットドッグとコーラを。

 

 ユメの注文したコーラは小さなバケツほどの大きさで出てきて、ユメの度肝を抜いて。その後にマフィンとサラダと野菜ジュースを注文したエリーが会計にクレジットカードを使用して店員の度肝を抜いたが、それは一体いかな上限額だったのか。

 

 ともあれなんとか食べ物を手に入れたユメ達は、余るテーブル席に移動しようとし。

 

「おーいチビ助。こっち来い、こっち」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 ユメは大きな声がするほうを見てみればアロハを着た大男が手を振っていた。

 席にはソフトモヒカンな大男のほかに、ジャージ姿の前髪の長い細目の男と、ホットパンツとノースリーブで長い手足を惜しげなく晒すどこか猫のような女。そして申し訳なさそうに席に混じるロングスカートを履いた少女が。

 

 その面々はユメと共に舞台に上がったメンバーだ。どうやら昼食を一緒に食べているようで、ユメを席に誘っていた。

 

「わぁ。みんな一緒なんだ。二人共、あっち行こあっち~」

 

 誘われるがままに、ふらふらと男達のいるテーブルに向かうユメ。

 クロエとエリーは互いに肩を竦ませて苦笑いする。オーディションでステージを一つにして見せた少女は、もう彼等と友達になっていたらしく。思えば観客席に戻ってきたユメはさんざん皆に弄られた後だった。

 

「紹介するね、クロエとエリーだよ。私の友達なの」

 

 七人の大所帯となった席で、ユメは初見の二人を紹介する。

 四人の反応は正直微妙だ。それもそのはず。一人はオーディション開始そうそうに大技を披露し波乱を呼び込んだ張本人で、一人は圧倒的な技量と身体能力、そして伝説の大技を見せ付けて、皆の心を砕いた犯人だ。

 

 ユメを歓迎するムードだった四人は一転、なんて奴を連れてくるんだと非難の目を向けるが、鈍いユメは宝物を見せびらかすような自慢げな表情で、テーブルになんとも言えない空気を作り出していた。

 

「あたしはクロエ・カートリッジ。クラウン志望さ、ヨロシク皆さん」

 

 そんな空気を読んで真面目な表情で自己紹介をするクロエは、低い声でやや高圧的に、おもに男達に威嚇する。

 

 素のヘタレでロリコンなクロエを知っているエリーからすればその表情がすでに冗談の様なもので、笑いを堪えながらエリーで結構よと挨拶をするが。それがまた見下す女王を思わせる貫禄を生み出して、場の温度を一層引き下げた。

 

 ここに来てエリーとクロエの心は一つになり、ユメのようなチョロイ子に男を近づけさせないという謎の一体感を作り出す。

 

「オレはライノ・キューティー。テキサスから来た……」

「私、ナタリー・ローレン。フランスからだよー……」

「……ジョン・ターカー。イギリスだ」

「わ、わたしはアメリア・ヘクソンといいます。L・Aです」

 

 一応一通りの自己紹介を済ませるが、すっかり萎縮した面々が頼るのはやはりユメ。

 この空気の中で唯一笑顔でいられる彼女は、もはや居るだけで場を和ませる人気アイテムだった。

 

「おいおいチビ。お前そんなんで足りるのかよー。ちゃんと飯食えー?」

 

 ホットドッグとコーラだけのユメに見かねた大男は、五つあるハンバーガーの一つをユメのトレーの上に置く。

 

「わぁライノ君ありがと。……食べきれるかなぁ」

 

 すでにホットドックを食べ終わり、大量のコーラに辟易しているユメ。目の前に置かれたのは肉の厚さだけで一センチを越える大きなハンバーガーで、ユメが小さな手で持つとその大きさが際立つ。

 

「じゃあアタシはアイスを半分あげよう。このストロベリー味美味しいよ?」

「……わ、わぁ嬉しいなぁ」

 

 男に対抗するようにクロエがデザートでユメの気を惹こうとする。それに見かねたエリーはバランスが悪いとサラダを差し出し、ならばと細目の男がトレーにポテトを載せる。

 

 猫のような女も面白がってコレもねーとピザを一切れ、おどおどしていた少女までがアップルパイを差し出すもので、ユメのトレーには大量の食べ物が乗っかった。

 

 ハンバーガーを二三口食べてあきらかに食べるペースの落ちたユメは、もうお腹の限界が近いのかプルプルと震えていて、その様子を嬉しいものだと勝手に好意的に解釈する皆は満面の笑みでお食べと勧め、ユメは涙ながらに頬張った。

 

 テーブルには笑顔が溢れていた。これは一人の少女がステージを通じて作り出したものだ。ユメの憧れを語る姿にエリーが共感し、笑い声に釣られてクロエが加わり、惜しみないステージへの愛を持って演技者を説き伏せたからこそ出来たものだ。

 

 しかし、これは仮初の笑顔である。緊張から解き放たれ一時の安息である。

 その証拠に彼女達はオーディションの話をしなかった。その話題を出した瞬間に彼女達は夢から醒めてしまうのを知っているのだろう。

 

 あの圧巻の光景。ライトの眩しさと、舞台の熱量。心と身体を震わせた喝采が嘘になってしまうのを恐れている。

 

 だからユメ達はこの場で精一杯の笑顔を作った。せめて結果がでるまでの短い間は夢に心を浸せるように。

 

 そして午後一時。運命の時を迎える。

 

 

 静まり返った舞台会場は夢の国の面影もなく、さながら征野の如く張り詰めていた。

 薄暗い会場で唯一照らされるカレイドステージのメインステージ。そこはカレイドステージが夢の国たる象徴であり、また夢を生み出す祭壇だ。

 

 いかに夢であろうとも無からは生まれない。憧れや、願望、眩しいものを全部詰め込んで膨らませたものこそ夢である。

 

 しかし愚か者が舞台に捧げるのは夢とは程遠い、汗と涙だった。

 絶え間ない生傷と戦い身につけた超絶技を観客に捧げ、果てない修練を越えて作り上げた強靭な肉体を観客に捧げ、幾つもの苦悩の末に辿りついたその場所で無垢なる心を持って演ずる。愚か者は、ただ一つの笑顔を求めて己を超人へと変えるのだ。

 

 肉体の限界に挑み、不可能を可能に変える超人達のその舞台や夢か現か。夢の国カレイドステージは、汗と涙で出来ていた。

 

 数え切れないほどの汗を吸ったステージは、その分だけ情熱と夢を蓄えていて、新たに今日128人の汗を吸い込んだステージは含まれる夢の密度を確かに増す。

 

 この舞台で輝きたい。そんな一つの願い事こそ、カレイドステージを支えてきたキャスト全員の夢であり、ここに居る受験生全員の夢だった。

 

「どうしよう、胃が痛いよぉユメー」

「私は胃が重いよクロエ……」

 

 二人してお腹を押さえるユメとクロエを他所に、エリーは舞台装置‘野獣の根城’を感慨深そうに眺めていた。オーディションに受からなければ夢で終わる本ステージも、受かったところで新人にはまた遠い場所だ。

 

 これから辛い思いをするであろう受験者にあえて本ステージで演技させる。

 そうすることによって、またあのステージで演じたいという思いを誘うユーリ・キリアンの計らいは、見事に受験者の心を捕らえたようで。エリーは真っ直ぐに舞台を見据えて言った。

 

「次は、三人であの舞台に上がりたいわね」

 

 近い将来、あの上でジャグリングをするクロエとブランコをするエリー、そして楽しそうに飛び跳ねるユメの姿を三人は想像したのか、クスリと笑みを浮かべるエリーにユメとクロエの二人は視線を交わすことなくステージを見据えて頷いた。

 

「皆さん。お待たせしました。それではカレイドステージ26期生新人オーディションの合格者を発表します」

 

 実技のオーディションから結果の発表まで一時間という早い審査は、事前による書類の審査と共に舞台でのパフォーマンスの結果をまとめたもので技術、表現力、構成力はもちろんのこと舞台上での映えまでも点数にいれられた実力重視のものだ。

 

 スポットライトの下で、ユーリが合格者のリストを読み上げるのを固唾を呑んで見つめるクロエ。

 

 ステージこそ凛然とした態度で臨んだ彼女だが、直前でトイレに駆け込んだり、舞台を降りた後も不安を隠せなかった彼女だ。その緊張は一入のもので、ユメの手を握り締めながらその時を待つ。

 

「……1番……5番……8番……13番」

「~!」

 

 ユーリの口から真っ先に出たのは、クロエの受験番号である1番だ。

 瞬間クロエは固まって、溢れ出す感情をどうしていいのか分からないままにユメとエリーを交互に見る。

 

 二人とも笑顔でそれを祝福し、最後にステージの掲示灯に映る自分の番号を確認したところで、いよいよ瞳に涙を溜めて。

 

 そうを言う間にも発表は進み、次はエリーの番だ。

 クロエと違い、自分の合格を信じて疑わない彼女は腕を組んで静かに待つ。若干の緊張をスパイスに、まるでこの張り詰める瞬間がたまらないとでもいわんばかりの態度だった。

 

「……19番……23番……25番……27番」

「~~!!」

 

 23番。エリー・クラプトン、確信通りに見事合格。

 もっとも、他の受験者と一線を成す空中演技と大技を見せた彼女が受からないようでは、合格者など誰も出ないことになってしまうのだが、その実力と自分を信じぬける強い意志を含めてエリーの力である。

 

 合格の発表と共に、彼女の瞳はすでに新しい炎を宿していた。目標はあくまでカレイドスターか、羽ばたくことを許された小鳥は広がる大空の天高くに憧れて。

 

 しかし、そんなやや無感想なエリーを許さないのはユメとクロエ。

 とくにユメは二人の合格を聞いて顔面を涙やら鼻水やらでびしょ濡れにし、そのまま抱きつこうとするのだからエリーもたまったものではない。

 

 迫るユメの汚い顔面をハンカチで拭いながら、ユメの腰に抱きつくもう一方の泣き虫を引き離して、三人目。100番の番号が呼ばれる事を祈った。

 

「……32番……36番……44番……48番」

 

 会場に響く嗚咽、悲喜交々に。涙の分配としてはやや悲しみか。

 技術を磨くのに数年かかろうとも、オーディションのパフォーマンスタイムはわずか五分であり、発表ともなれば呼ばれるか呼ばれないかのわずか数秒。

 

 努力は必ずしも報われるわけではなく、伸ばした手が何も掴めないのは良くあることだ。

 人は手が届かないとき背伸びをし、それでも届かなければ足元に何かを積む。時間と努力と金と労力様々なものを積み上げて、それでも手にしたいのが夢だ。

 

 積み上げ、積み上げ、掴みそこなう。それは足元が崩れることを意味し、その落胆は大きなものとなるだろう。

 

 塞がれた道。閉ざされた夢。崩れる足元。届かない手。彼等はステージに想いだけを残して去らなければならない。

 

「……50番……51番……56番……62番」

 

 誰かが言うだろう。来年があるさ、と。

 だが、来年にその情熱はまだあるだろうか。憧れは不変だろうか。夢は終わらないのだろうか。

 

 夢希望で膨らんだ風船は、針で突くまでもなく簡単に萎んでゆくだろう。

 夢は脆い。情熱は冷める。憧れは憧れだ。だからこそ挑戦者、冒険者、開拓者。夢を追い続けるものは愚か者とさげすまれて。

 

「……63番……74番……77番……78番」

 

 しかし、それでも夢は終わらない。夢の形は変われど、夢の輝きまでは変わらない。

 いと眩きカレイドステージ。サーカスとミュージカルそしてマジックの要素をも織り交ぜた夢幻の如きエンターテイメント。

 

 カレイドスターに憧れる少女が、いつの日かカレイドスターに成長し、またカレイドスターを目指す少女が現れるようにカレイドスターの放つ輝きはいつの世も人を惹きつける。

 

 全ては人次第。挫折、苦悩、困難に挑み、無限の可能性を信じた者だけが、喝采を手に入れられるのだ。

 

「……82番……83番……86番……91番」

 

 ゆえに、その合格は必然だった。たとえ落ちようとも、また来年。それで駄目ならまたまた来年に、おそらくは受かるまで何度でも挑戦するであろうユメにとっては、それが今回だったに過ぎない。

 

「……97番……98番……99番……100番」

「~~~!!!」

 

 言葉にならないとは、まさにこの事で。開いた口をぱくぱくと動かすものの、ユメはその感情を言葉にすることが出来なかった。

 

 代わりに零れ落ちる涙で語るが、果たしてそれはいかなる言葉だったのか。

 泣きしゃくるユメをクロエが肩を抱いてウンウンと強く肯定する。肯定とは許しだ。

 困惑に分かるよと、嬉しさにおめでとうと、悲しみに大丈夫だと、好きなようにいくらでも諭してくれる。

 

 涙する二人に釣られてエリーまでもが鼻頭を熱くし、ツンと澄ました顔でいようとするが、その口角は下がらない。結果、口元をプルプルと痙攣させて、なんとも言えない表情を作り出していた。

 

「……104番……110番……113番……115番」

 

 なんとか溜飲を下げ、ユメとクロエもエリー同様ステージをその目に焼き付ける。

 浮かれる事が許されるのは今日一日だと彼女達も知っているのだろう。そう、彼女達はまだスタートラインにやっと立てただけだ。

 

 ここで呼ばれなかった誰かの分まで、彼女達は輝かなければならない。今日、クロエはオーディションの辛さを身をもって経験し、ユメは輝こうとした背中を記憶して、エリーは誰よりも輝く覚悟を決めた。

 

 明日からは、それを誇りに変えて、堂々と舞台に立たなければいけないのだから。

 

「……121番。以上33名が今期の入団テスト合格者です」

 

 

 

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