ウマ娘の発育と、トレーナーについて
春の朗らかな、なんて言うには少しばかり暑く感じる中央トレセン学園入学式。
俺はこのおめでたい日に、一人のウマ娘に心身ともに追い込まれていた。
「ちょっと!アタシのトレーナーになれないって、どういうコトよ!」
「イヤ-、ハハハ......」
こちらを押し倒さんとばかりの勢いで、睨み付けてくるウマ娘ダイワスカーレット。
彼女との出会いは数年前。
俺がまだトレーナー駆け出しで、サブトレーナーとして勉強中の身だったころ。
当時俺が世話になっていた先輩が、小学校の訪問──小学生のウマ娘への軽い指導。トレーナーという仕事の説明。チームに所属する現役ウマ娘との交流など──を積極的にしており、俺もいろいろと学校を訪問したが、特に俺を慕ってくれたのが彼女だった。
それこそ、将来のトレーナーとして約束を取り付けてくるくらいには。
もちろん、嫌だったわけじゃない。
当時の俺のような駆け出しでも、確実に中央に入学出来る水準だと一目でわかる才能の持ち主だ。
そんなウマ娘を担当できるなんて、トレーナー人生で何度あるかわからない。
そんなことを思っているのに、彼女のトレーナーを断る理由はただ一つ。
俺が、巨乳好きだからだ。
彼女の大きさは犯罪級だ。年齢を考えたらなおのこと。
腰に手を当て少し屈んだような状態で上目使いにこちらを睨む、その姿勢。
極めつけは、トレセン学園の制服のデザイン。
胸元の大きなリボンに一度でも視線が吸い寄せられれば、そのリボンでは隠しきれないダイナミックな夢から目を離すのは、不可能に近い。
彼女はキケンだ。
まさか、あの時の小学生がたった数年でここまで成長するとは。
発育が良いにも程がある。
「アタシの話、聞いてる!?」
「ごめん......」
「なによそれ!」
困ったぞ。
今はまだ昔の姿を思い出して姪っ子と接しているかのように振る舞っていられるが、契約したが最後、この俺の薄っぺらな抵抗は破れ、
ここは彼女のためにも、俺のためにも、鋼の意志を持って断るしかない。
「ごめんなスカーレット。俺、実はもう担当している娘がいるんだ。だから──」
「イヤって言ってるじゃない!別に、担当が何人いても良いんでしょ!なんで......そんなに嫌がるのよ......」
そういうわけじゃない。
そんな誰にでも言えるような、その場しのぎの言葉では納得しないだろう。
それもこれも、俺の意思の弱さが原因だ。
胸の大きさがどうのこうの言っているが、本質は俺が耐えればいいだけの話。
約束を反故にしようとしているこんな最低な男をここまで引き留めてくれる彼女に、応えるべきなんじゃないのか。
性癖と性欲を理由に、彼女のためにと、もっともらしいことを言って彼女の涙を無視するのか。
俺がトレーナーになったのは、ウマ娘が好きだからだ。
それ以上でも、以下でもない。
好きだから一番近くで応援したいんだ。
俺はもうあの時に、ダイワスカーレットのことが好きになっていたんだ。
彼女のその走りに夢を、可能性を感じていたんだ。
人として誠意を見せるべきだ。
「すまなかった。スカーレット」
「グスッ......なによ、何度謝ってもアタシの考えは──ってなにしてんのよ!?」
やめなさいと、揺さぶってくるスカーレット。
突然目の前の人間が土下座を始めたら、そんな反応にもなるだろう。
だが、これだけでは足りない。
俺は言葉を尽くさなければならない。
「このまま君に謝罪させて欲しい。そして俺の言い訳を聞いて、それから改めて担当になるかどうか、君の意思を聞かせてくれないか」
「......わかったわよ」
「ありがとう。......まず、俺は君との約束をハッキリ覚えている。『担当ウマ娘とトレーナーになり、トリプルティアラを達成する』という約束を」
頭上から伝わってくる怒気。
表情が見れずとも感じられるそれに怯みそうになるも、俺は懺悔を続けなければいけない。
「じゃあなに?覚えてたくせに最初すっとぼけてたわけ?聞いたわよねアタシ『あの時のトレーナーさんですか?』って」
「そうです。ごめんなさい。成長した君があまりにも──魅力的な女性だったから」
「......はあ!?」
さらに彼女の怒りを買ったに違いない。
思春期の少女からしたら、こんなセリフただのセクハラだろう。
「だから断ろうと思ったんだ。俺はトレーナーとしても、人間としても未熟で、契約してしまったら君のことをそういう目で見てしまうかもしれないから」
「......」
長い沈黙。
理由は伝えた。あとは彼女からの審判が下されるまで、身動ぎもせず待ち続けるしかない。
「......そういう目って、どういう目よ」
「......え?」
「だから!どういう目よ!」
「──性的な目です!」
終わった。
どこの世界に女子中学生を性的な目で見る可能性がある、なんて自己申告する成人男性がいるんだよ。
先程から聞こえてくるブオンブオンと風を切るような音から察するに、俺は今から彼女に処されるのだろう。
こんなところで死ぬのは悔いしかないが、最後に悔いの一つは消しておこう。
「決めたわ。アンタはやっぱりアタシの──」
「待ってくれ!スカーレット、最後にもう一つだけ俺の話を聞いてくれないか」
「......なによ」
不機嫌そうな声。
本当に申し訳ないが、最後にこれだけ君に伝えたいんだ。
「俺は君が好きだ。それは今の君を見たからじゃない。あの日、初めて君の走りを見たときから一目惚れだったんだ。君と契約の約束をしたのも、子供のためについた嘘なんかじゃない。君を手に入れたいと、君という夢の側に居続けたいと思ったんだ。だから──」
「ああもう!わかったわよ!」
グワっと体が浮き上がる。
スカーレットに脇の下に手を入れ持ち上げられ、無理やり土下座を解除させられた。
若干足が浮いているので下ろして欲しい。
「あの、スカーレット──」
「アンタは、アタシのトレーナーだから!」
その言葉に驚き、彼女の顔をつい見つめてしまう。
怒りによる興奮が収まっていないのか、未だにほんのりと赤い彼女の頬。
あんなセクハラを受けたのに、怒りを収め約束を守ろうとするなんて。
彼女の方がよっぽど大人だな。
「わかった。君がそう決めたのなら」
「最初から、そうしてれば良いのよ!まったく……そ、それに性的な目っていうのもちょっとくらいなら──」
「そのことなら安心してくれ!」
俺も彼女を見習って、変わっていかなきゃならない。
「見ないようにするから!」
「は?」
俺は、あの時のスカーレットの瞳を生涯忘れられないだろう。
トレーナーの中にも、煩悩を捨てきれてない人がいるんじゃないかなって。
こんなに、シリアスっぽい話にするつもりなかったんですけど……。
ちなみに担当がいると言ったのは、嘘じゃなく本当のことです。