ぽつぽつと、コンクリートを叩く音。
閑散とした下駄箱で靴を履き替え、昇降口から空を覗くと、鼻腔を抜ける金木犀の香り。
一筋の青も見えない空は今朝の予報の通りで、気落ちすることもなく、鞄の中にある折りたたみ傘の感触を確かめる。
華麗なる一族として刹那も無駄にしない為、逡巡する必要など無く早々に帰宅すべきなのでしょう。
しかし、今の私にはこの時間を──ただ、貴方が訪れるのを待ち焦がれる時間を──無駄と断じることは出来ない。
ミラクルさんか、ヘリオスさんか、それとも貴方か。あるいは、私自身が望んだ変化でしょうか。
スタスタと聞き馴染みのある足音を耳にするだけで、意識すること無く口角が上がる。
鼓動が、響く。
耳が、貴方を捉える。
「──雨、止みませんね」
「そうだね。──傘、入ってく?」
「──ええ、そうしていただけると。少し、肌寒く感じていたので」
トレーナーさんが差し出して下さった傘の中へ。
ふわり、とコーヒーと少しの汗の香り。
──いけない、と
少しの遠慮が、私と貴方との間に空間を生む。
けれど、貴方は何食わぬ顔で間を埋めて、私へと微笑みかける。
──暖かい
貴方のその行動に、私は──
微笑みを返す。貴方への感謝と愛慕を込めて。
雨足は弱まることもなく、強まることもなく。
雨音に包まれ、貴方と共に歩む時間は決して永くはない。
それでもと、卑しく願ってしまう私は心の内を溢してしまう。
「この雨が──」
続いたら──などと
「どうした?ルビー」
「いえ。──止みませんね」
「そうだね~。しばらく天気悪いらしいよ」
明日もこうして──と思ってしまう私は甘えているのでしょう。
言わずとも、私の為にと行動する貴方へと。
「明日も一緒に帰れるな!」
そう言い笑みを向ける貴方は、何の悪気もなく。
私は思わず、トレーナーさんの腿に尻尾を触れてしまう。
少し、冷たい。
スカーレットさん程の身長があれば、尻尾で貴方の腰を引き寄せられたのでしょう。貴方が私の歩幅に合わせる必要もなく、貴方が肩を濡らすこともなかった。
カレンさん程の積極性を持ち合わせていたのなら、貴方に促される前に貴方の懐へと入り込んでいたでしょう。
お二人にこのような羨望を懐くだなんて──
「愕き──ですね」
「なにが?」
「いえ、お気になさらず。それよりも歩きづらくはありませんか?」
「んー、多少は歩きにくいけど気にするほどじゃないかな。それに尻尾を絡ませるって信頼の証みたいなものなんでしょ?平気平気」
信頼などと軽いものではありませんが。
貴方のその言葉が、私の浅ましい心を満たす。
「それじゃあ、ここでお別れだな」
その言葉に、尻尾へ込める力を強めてしまう。
貴方と、まだ──
「ルビー。手、貸して」
「──?はい」
私の手を、トレーナーさんの大きな手が包む。
体温が上昇するのを感じる。
頬が熱い。耳が熱い。
手汗は掻いていないでしょうか。
「俺に尻尾は無いけどさ、手なら繋げるだろ?」
貴方の顔を見ることが出来ない。
けれど、浅ましい私は自ら指を絡める。
「ルビーの手は温かいな。安心するよ」
「ウマ娘ですから」
それもそうかと言う貴方は、何度目と分からぬ笑顔。
貴方に釣られる。
二人、傘の中。互いの笑みを見詰めて。
世界から隔絶されたかのようで……
「ルビー、フジキセキがこっち見てるからそろそろ」
「……そうですね」
名残惜しい。そのような言葉しか出て来ない。
せめてもの抵抗に、一本ずつ指を解いていく。
トレーナーさんの困惑を感じるけれど、関係ありません。
「……ルビー?尻尾も腿から解いてくれると嬉しいんだけど……」
「はい」
とは言え、トレーナーさんの要望を無視することは出来ません。
尻尾も少しずつ力を緩めていく。
数分後、全ての繋がりが解かれてしまった。
貴方の熱が、香りが、霧散していく。
これがヘリオスさんの仰っていたぴえんと言うものでしょうか。
耳が力無く垂れるのを感じる。
「じゃあ最後に、ハイタッチでもするか?」
「……はい」
私の様子を見て、困ったように貴方は笑う。
貴方の温情が私を救ってくれる。
構えられた貴方の右手へ、私の右手を伸ばす。それと同時に左手は貴方のお尻へ──
パンッと同時に音が鳴る。私は即座に寮の昇降口へ。
「いたっ、こら!ルビー!」
申し訳ありません、トレーナーさん。
私の麗しき玉条──それが、眼前にあったのです。
どうか御許し下さい──
行動力があるのか無いのかどっちなんだい!
ということで、ルビー回でした。
今まで書いてきた話の中で一番時間がかかりました。その割には文字数が二千文字いかないという悲しい結果に。
純文学的恋愛みたいなのを書きたかったけど無理でしたね。むずかしい。
最終的にはギャグ作品なのでギャグオチに。
前回もたくさんの感想・お気に入り等々、ありがとうございました。
とても嬉しいです。
それでは、今回も最後まで読んでくれてありがとうございました。
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おっぱい
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トレーナーの奇行
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