夏合宿開始からしばらく。
合宿開始前の決意の通り、俺はトレーニングや食事のとき以外は基本的に引きこもっていた。
幸いにも俺が割り振られた部屋は一人部屋で、一日中ウマ娘のデータやトレーニング方法を調べていてもなにも言われることはない。
それに、ウマ娘だってよっぽどのことがなければこの部屋に来ないだろう。
まさしく、勉強をするにはうってつけの空間というやつだ。
「最近のレースの内容も見ておくか……」
パソコンでURAの公式記録を見ていると、ピコンとスマホの通知音。
「──お兄ちゃんっ♪」
それと同時に聞こえる筈のない声が聞こえ、ビクンと跳ねる肩をやんわりと抑えられる。
この声、この呼び方は……。
「カレン……?」
「は~い☆お兄ちゃんにカワイイをお届けに来たカレンで~す♪」
後ろに振り向くと、私服姿のカレンが立っていた。
「カワイイをお届け……?って言うかどうやってここに?」
部屋番号なんか誰にも言っていないはず。
「理事長に『トレーナーさんに相談があるんです』って言ったら教えてくれたよ?」
「理事長……」
今日は来てたのか。
いつもの感じで「了解!」とか「承諾!」とか言ってそうだな。ニコニコ笑いながら。
「じゃあ鍵も?」
「たづなさんが開けてくれたよ♪」
さっきの通知音を思い出し、スマホを見るとたづなさんからの連絡が入っていた。
ひとまず、来てしまったのなら仕方がない。カレンを向かいの椅子に座らせる。
「それで、カレンはなんでここに?本当に相談があって来たのか?」
「ううん、さっきも言ったでしょ?カワイイを届けに来たんだよっ☆」
「そのカワイイを届けるってなんだ?カレンのこと?」
フフッと笑ったカレンは両手を頬に当て、少し上目遣いにこちらを見つめてくる。
「お兄ちゃんがそんなこと言ってくれるなら、カレン~この部屋に泊まっちゃおうかな~☆」
「それは、流石の理事長も許可しないんじゃないか?」
ベッドも一つしかない。
そうなると、必然的に俺がソファか床で寝ることになる。どっちもイヤだぞ。
「あははっ、流石に冗談だよお兄ちゃん。まだカレンも早いと思うし……」
「そうだな~。中学生で異性とお泊まりは進みすぎだと思うぞ」
高校生にもなったら、彼氏や彼女の家に泊まったなんて話を友人から聞いたことはあるが。
「そうだね、カレンもそう思う!」
そう言ってご機嫌そうに笑うカレン。
ニコニコと笑って話してくれるカレンに、俺は確かに癒されていた。
これがカレンの言う、カワイイのお届けなのか?
「それじゃあお兄ちゃん、カレン準備してきた物があるから洗面所借りるね♪」
「別にいいけど……洗面所でなにするんだ?」
「ヒ・ミ・ツ♪」
口元で人差し指を立て、ウインクをして洗面所へと行ってしまうカレン。
準備してきたもの……なにか持ってるようには見えなかったけど。
ぼーっと座りながら、カレンを待つ。
トレーニングばかりじゃなく、こうして特になにもしない時間を作るのもいいかもしれないな。
今度はチームのみんなで。
「──お兄ちゃん、どうかな」
カレンの声。
そちらを向くと、そこに立っていたのはさっきまでとは装いの違うカレンだった。
爽やかさを感じさせる水色のワンピースを纏い、麦わら帽子を被ったその姿は、カレンの芦毛と合わさって夏の空や浜辺を感じさせる出で立ちだった。
「凄く似合っててカワイイよ」
「カワイイって言ってくれて嬉しいけど~、それだけじゃないでしょ?」
見つめてくるカレンの瞳は、まるでこちらの考えを全てお見通しなんじゃないかと思わせる。
……可愛いって言うよりも気恥ずかしいんだけど。
「──綺麗だよ」
「ありがとう♪それじゃあ次の服に着替えてくるねっ」
「えっ」
こちらの返答も聞かず、スタスタと洗面所へと戻るカレン。
あと何回やるんだ……?
そんな俺の疑問に答えてくれる人は誰もおらず、これから始まるカレンオンリーファッションショーに覚悟を持って挑むしかなかった。
「お兄ちゃん!これはどう?」
「凄くカワイイよ!」
「お兄ちゃん!これは?」
「カワイイし綺麗だね!」
「お兄ちゃん、どう?」
「カワイイ!綺麗!セクシー!」
「お兄ちゃん!」
「カワイイカレンチャン!」
「──」
「──」
ようやく終わった……。
確かにカレンの言う通り、カワイイをたくさん届けてもらったが、これは一日で摂取していい量を軽く超えている。
明日からは控えねば。
「お兄ちゃんって、セクシーな服が好きって訳じゃないんだね」
「まあ、そうかも」
胸元が開いてる服を着た人がとなりにいたら、確実に視線は吸い寄せられるだろうけど。
ずっと一緒だと落ち着かないだろうな。
「ショートパンツとかもあんまり好きじゃない?」
「ショートパンツかあ、ブルマ見慣れてるから特になんにも思わないな」
「えー!?ブルマとは全然違うでしょっ!」
「そうかな?」
言われてみれば、ブルマの方が短いか?
「お兄ちゃんブルマに見慣れるほどお尻見てたの~?えっち~」
お尻を隠すような仕草をしながら、流し目で見つめてくるカレン。
少し笑ってもいるし冗談なのだろう。外でエッチなんて言われたら困るが。
というか待て、お尻がエッチ……?
「そりゃトレーナーだからお尻は見るぞ、走るのに大事な場所だし。あとお尻はエッチじゃないだろ」
「えっ?お兄ちゃんなに言ってるの?お尻はエッチだよ?」
「スポーツ選手はお尻の大きさで身体の出来を評価されることもあるんだぞ、そんな場所がエッチなわけない」
「それはスポーツ選手として見たときの話でしょ?普通の女の子として見たら、お尻はエッチだよ!」
「いいやエッチじゃないね!じゃあ俺のお尻はエッチか?違うだろ?みんなついてるんだからお尻はエッチじゃない!」
「お兄ちゃんのお尻だってエッチだよ!ぷりんとしててエッチ!」
「エッチじゃない!」
「エッチ!」
「エッチじゃない!」
「エッチ!」
「あの~、お二人ともそろそろ夕食のお時間ですけど……」
「『え?』」
扉の方から声。
カレンと二人そちらを見ると、たづなさんが申し訳なさそうな顔をして立っており、その後ろにはスカーレットとルビーがいた。
とんでもない威圧感を放ちながら。
「ち、違うんだ二人とも!?エッチじゃなくて、その……エッジ!エッジの効いた話題はないかな~って。な!カレン!」
「そ、そうそう!エッジだよ!エッジ!いや~お兄ちゃんのお尻はシャープでエッジだね!」
わたわたと慌て、弁解する俺たちを冷めた目で見つめるルビーとスカーレット。
それにもめげずに悪あがきを続けていると、スカーレットが呆れたようなため息を一つ吐いた。
「……わかったわよ。カレンがなんでここにいるかは聞かないわ。けど、この部屋でなにをしてたのかは教えてもらうから」
「『はい……』」
端から見たら、警察に連行でもされているかのように見えるだろう。
トボトボと歩く俺の腕を誰かが引いた。
「トレーナーさん」
「ルビー……」
ルビーも怒っているのだろうか。
「ご安心下さい。トレーナーさんのお尻は──えっちですよ」
それだけ言って歩いていくルビーの背中を、俺たちは見送ることしか出来なかった──
お尻はエッチじゃろ。
ということで、お尻の回でした。
果たしてルビーは本心から言ったのか──それは神のみぞ知る──
前回もたくさんのコメント・評価・ここすきありがとうございます。
果たしてこの作品の終わりはどこなのか、そろそろネタが尽きているんじゃないか、何も見えておりませんが今後も投稿していけるように頑張らせていただきます。
今回も最後まで読んでいただきありがとうございました。
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