誰も怪我をすることなく、無事に乗り越えた夏合宿。
新たにカレンチャンも加わった我がチーム──アンタレス──のウマ娘たちは、相変わらず賑やかな日々を過ごしている。
しかし、トレーナーである俺だけはあるコトが気になりチームの空気に馴染めずにいた。
そのあるコトとは、夏合宿のあの日ルビーから告げられた一言。
「トレーナーさんのお尻は──えっちですよ」
カレンのお尻はえっち理論ですら衝撃的だったのにルビーからの告白はビッグバンのごとき衝撃で、日常のふとした時にこの言葉が頭の中でリピートされてしまう。
あまり良い状況とは言えない。
明らかに他人からの視線に敏感になり「あの人も俺のお尻をえっちだと思っているんじゃないか……」と疑心暗鬼になる毎日。
こんな日々が続いたら、俺はお尻を鋼鉄かなにかで覆わないといけなくなってしまう。
そんなのは嫌なのだ。
最悪の未来を回避するために、俺は来た。
同期であり、ライバルであり、友人である彼女──桐生院葵──のトレーナー室へ。
「今日は、わざわざ時間を取ってくれてありがとう」
「いえいえ、もともと今日は休養の予定だったので」
そう言って微笑みを浮かべる葵さん。
貴方のお役に立てるなら嬉しいですと、続けて言ってくれる彼女はこれまで以上に頼もしく見える。
「それじゃあ、早速で悪いけど本題に入らせてもらうね」
「はい!」
「その、葵さんって──お尻がえっちって言われたことあります?」
「……はい?」
気負っていると表現できる程の気合いを入れていた葵さんの気が抜けていくのを感じる。
当然だろう。大事な相談があると聞かされて、いざ出てきた話題がこれでは。
俺が彼女と同じ立場なら、同じような反応をすると思う。
だが、俺からしたらなかなかに切羽詰まった相談なのだ。
「お尻がえっち……ですか?」
「はい。実は夏合宿の日こんなことがあって──」
俺は夏合宿のあの日のことと、その後の俺の状態について説明した。
「なるほど……すみません、私はそのような経験は……」
本当に申し訳なさそうに落ち込む葵さん。
まあ、そうだよな。葵さんとミークの性格からしてそんな話することないだろうし……。
いきなり躓いてしまい、トレーナー室を重い空気が包む。
やはり鋼鉄しかないのかと思いかけたその時、葵さんがパンと手を叩いた。
「そうです!まずは貴方のお尻のなにがえっちなのか確かめてみませんか?」
「……確かめる?どうやって確かめるんです?」
「私はウマ娘ではありませんが同じ女性ですし、実際に見てみればもしかしたら原因が分かるかもしれません」
「なるほど……」
確かにそうかもしれない。
えっちに見られる理由さえ分かれば対策も可能だし、これで葵さんがえっちに見えないと言ってくれればルビーとカレンがちょっと変わった趣味だっただけの話で終わる。
やはり葵さんは頼りになるな。
「それじゃあ葵さん、お願いします」
「はいっ!失礼します!」
俺は椅子から立ち上がり少しお尻をつき出すような格好になり、葵さんは俺の後ろへ。
「こ、これは!」
驚いたような葵さんの声が聞こえ、それと同時にガッシリと両手で腰を掴まれた。
「あ、あの葵さん?」
「素晴らしいお尻です!キュッと締まっていて尚且つぷりんと上向いていて、なにか特別なトレーニングでもしているんですか!?」
「いえ、してないですけど……」
俺の言葉を聞いているのかいないのか、早口でまくし立てるように俺のお尻を褒める葵さんの様はなかなかに怖く、本当に人なのかと疑いたくなるような力で腰を掴まれているせいで身動きもとれない。
この状態はいつまで続くのか。
お尻をつき出すために中腰の姿勢になっており、葵さんもお尻を間近で見ているため似たような姿勢だ。
長時間この姿勢はなかなかキツイぞ……。
誰か助けに来てくれないかと願っていると、トレーナー室の扉が開いた。
「……なに、やってるの?」
「ミーク!助けてくれ!」
俺の必死の懇願を聞いたミークは、すぐさま葵さんの後ろに回り彼女を羽交い締めに。
ミークが来たことにも気付いていなかった葵さんはようやく落ち着きを取り戻し、ミークへと事情を説明した。
「本当にすみませんでした……まさかあんなに取り乱してしまうとは……」
「大丈夫ですよ。それだけ真剣に俺の相談に付き合ってくれたからでしょうし」
「ありがとうございます……」
めちゃくちゃ怖かったけど、新しい一面が見れたと思うことにしておこう。
「……それで、わかったの?えっちだと感じる理由」
ミークの言葉で話が本題へと戻る。
そうだ、このままだと俺がただお尻を見せに来ただけで終わってしまう。
「葵さん、教えてください──俺のお尻はえっちなのか」
「……貴方のお尻は、私的には素晴らしいお尻と感じましたが──えっちとは思いませんでした」
「そうですか……!」
やっぱりお尻はえっちじゃないんだ……!
「はい。きっと貴方のお尻を見てしまう人は、引き締まった筋肉をつい見てしまうような感覚なのでしょう」
気にすることはないという葵さんの言葉に、思わず涙がにじむ。
お尻の呪縛から解き放たれたような気がした。
「ありがとうございます葵さん!自信が持てたような気がします」
「いえいえ、またいつでも相談してください」
「ミークもありがとうな!」
「……ん、うん」
なんとも言えないような表情で、葵さんを見るミーク。
やはり休養日にトレーナー室へ来たのは葵さんと共に過ごしたかったからだろうか。
相談も済んだし、俺はそろそろ帰ろうかな。
「今日はありがとうございました。また後日お礼させてもらいますね」
「お礼なんてそんな……!いつも貴方にはお世話になっていますし!」
「俺の方こそ、葵さんにはお世話になってばかりなのでお礼させて下さい」
いえいえ、いえいえと互いに譲らない俺たちを見かねたのか、ミークが葵さんへと耳打ちする。
「ええっ!ミーク、流石にそれは……!」
「……大丈夫、多分気付かないよ」
「ミークがそう言うなら……」
決心したようにこちらを見つめる葵さん。
その顔は耳まで真っ赤になっている。
「そ、その定期的に……い、いえ!たまにでいいのでさっきのようにお尻を見させてくれませんか!?」
「……そんなことがお礼でいいんですか?」
「は、はい!充分以上です!」
「そうですか──ミークはなにが良い?」
「……わたしは、二人が仲良くしてくれてるなら、それで」
「じゃあ、今度お菓子でも持ってくるから皆で食べようか」
「……うん、それでいい」
ミークも満足そうに頷いてくれたし、これで一件落着だな。
「それじゃあ二人とも、また今度」
「は、はい!また!」
「……ん」
手を振って見送ってくれる二人に、俺も手を振って退室する。
足はとても軽やかで、どこまでもいけると思えた。
──チームのみんなにお尻はえっちじゃないって伝えなきゃ
────
「……トレーナーさんのお尻、えっちだった?」
「スゴく──えっちでした……」
卑しか同期──桐生院葵──
ということで、今回もお尻回でした。
トレーナーのお尻回はこれで終わりだと思います。多分。
前回もたくさんの感想・お気に入り・ここすきをいただきました。ありがとうございます。
前回の話はびっくりするくらい反応があり、皆さんの感想も面白かったです。
今後も、皆さんが少しでも笑えるような話を書けるよう頑張らせていただきます。
それでは、今回も最後まで読んでいただきありがとうございました。
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