少女☆歌劇レヴュースタァライト-obbligato- 作:RNKI
舞台の上に、1人の少女とキリンが立っていた。
「おめでとうございます、オーディションに合格したのは大場ななさん、貴方です」
「ではななさん、トップスタァとなってどんな舞台を望みますか?」
「眩しいの、まだ」
「もう何度目か分かりませんが、良いでしょう」
「ねえどうして、どうしてこんな事をしてくれるの?」
「舞台少女がトップスタァになる瞬間、奇跡と煌めきの融合が起こす化学反応、永遠の輝き一瞬の燃焼、誰にも予測出来ない運命の舞台、私はそれが見たいのです」
「誰にも予測出来ない、運命の舞台.........雪乃ちゃんは....」
「えっ?」
「再演という名の
2018年5月14日-聖翔音楽学園前-
ーー結局、これで良かったのかどうか...
聖翔音楽学園の校舎を目の前に、私はふとそんな事を思ってしまっていた。
聖翔音楽学園。
1918年に創立され今年で丁度100年目、勿論名門校であり倍率はほぼ毎年30倍を超える。
そんな狭き門を何とか潜り抜け、2年生の5月という微妙な時期に転入する選択肢を取ったのは誰でもない私だが、だからと言って天狗になれる筈も無く...不安要素は大いにあった。
それは授業のレベルについていけるか、この学校で何かを成せるのか、というスケールの大きい不安では無く。
ーー友達...出来るかな....っ
ありふれた、けれど切実な不安だった。
本来1年間で育む筈の交友関係、それが一切無い状況で始まる学園生活への想いは最早悪い面の方が大きいかもしれない。
「...ん?」
何気なく耳を澄ますと校舎の前で立ち止まっていた私の背後、校門の方向から小さく靴の音が聞こえてきた。
ーー時間的に授業は始まってる筈...もしかして先生とか?
少しの期待を胸に振り返ると、そこには美しい黒髪を靡かせ制服を着た1人の少女が立っていた。
ーーカッコいい...
まるで運命の相手と出会ったかの様に、私はその場で固まってしまう。
「....貴方は?」
「ふぇっ?」
思わず見惚れているうちに話しかけられ、私は急いで思考を現実に戻す。
「あ、ふ、冬咲雪乃です」
「そう」
私の辿々しい自己紹介に対し彼女は一言だけ呟くと、そのままキャリーケースを引きながらこちらに近付いてくる。
星型の髪飾りが太陽光に照らされ、眩く反射した。
ーー絵になるなぁ....じゃなくて、この学校の生徒だったんだ。
色んな意味で気が抜けてしまった私の横を一度は通り過ぎた彼女だったが、数歩進んだ先で振り向いてきた。
「....行かないの?」
「え、はい...」
ーーよく分からない人だな...でもカッコいい...
その少女を追いかける様に歩き出し、目線を何気なく彼女が持っているキャリーケースに向ける。
ーーそういえばどうしてキャリーケース持ってるんだろう?
私もキャリーケースもそれぞれ動いている為そこまで詳しく見る事は出来ない中、その動きに連動したキーホルダーが目に入った。
「あっ、ミスターホワイト...」
「...っ!」
私がそのキャラクターの名前を何気なく呟くと、途端に彼女の歩みが止まった。
「...あの、何か?」
彼女は無言でこちらを数秒見つめた後、そのまま口を開いた。
「ミスターホワイト、好き?」
ーーいきなりミスターホワイトの話題?!
あまりにも唐突な質問だったが、私自身別に知らないキャラクターではないので詰まる事無く返事が出来た。
「まあ、可愛いので」
「....そ、そう」
微かに口元を緩ませた彼女は、一度引いていたキャリーケースから左手を離しそのままこちらに差し出してきた。
「神楽ひかり....よろしく」
「こ、こちらこそっ!」
握手をする事で近付いた彼女の顔は、遠目で見るより何倍も美しかった。
「今日からこの俳優育成科に、転入生が2人来る事になった」
その言葉を聞いた途端、私の中の平穏が崩れる音がした。
ーー....え?こんなの....初めて。
今までとは全く違う展開の再演。
それは最早再演ではなく....
ーー誰にも予測出来ない、運命の....
自らの再演が自らの手以外で変わるなんて、今の今まで...
いや、正確にはあの時以来かもしれない。
あの星のティアラを手にした...
私は何とか冷静さを保ち前方の扉に目をやると、早速1人の少女が入ってくる。
勿論その姿に見覚えは無く、全くの初対面だ。
ーー....あなたは、誰?
「急な話だけど、みんな仲良くする様に」
「神楽ひかりです」
神楽ひかりという少女に目を奪われていると、視界にもう1人の転入生が入ってきた。
「「「え?」」」
同様の文字が、私以外の2人からも出た。
見知った顔、知り過ぎている顔。
え?え?え?え?え?
ーー有り得ない、有り得ない、有り得ない。
その白く美しい髪と、若干の幼さを残しながらも美しい顔立ち。
その全てを好きと言える自信がある私にとって、自己紹介よりも先に彼女の名前が出てきていた。
「冬咲雪乃です、よろしくお願いします」
「嘘....」
出席番号29番(転入) 神楽ひかり
出席番号30番(転入) 冬咲雪乃
雪乃ちゃん...?
「神楽さんは愛城の後ろ、冬咲さんはその隣の席に座ってくれ」
「はい」
短く返事をした神楽さんの後ろに着いて、私も教室の一番後ろまで歩いていく。
クラス中の視線が私達2人に向けられ、思わず神楽さんの背中に目を逸らした。
ーーみんな顔が良い....!何なのこの学校...!
「...らしいから、色々教えてあげて」
先生が私達の紹介をし終えると同時に、私達は椅子に着席する。
職員室での挨拶中も立っていたので、およそ1時間ぶりに足を休ませる事が出来た。
学校前でのやりとりの後、神楽さんと職員室に向かう途中に彼女が転入生である事を知ったのだが、どうやら彼女は事前に私の事を知らされていたらしい。どうりで会話が噛み合わなかった訳だ。
ーー....ん?
隣から視線を感じて振り向くが、私の勘違いだったのかその彼女は向こう側を向いていた。
ーーあれ...でも何処かで...
「ホームルームが終わったら、2人を寮に案内してあげて」
私が周囲の把握に時間を割いている間に、どうやら校内を案内してくれる人が決まったらしい。
ーー話せる人、出来ると良いな...
神楽さん、ちょっと一匹狼っぽいし。
「ふー...」
ホームルームが終わり、私は大きく息を吐く。
そして一度大きく伸びをすると、前席の2人がこちらに振り向いた。
王冠の髪飾りを付けた茶髪の少女は神楽さんの方を、そして紺色髪の少女は私の方を.....
「....ッ!」
ーーめっちゃ可愛いっ!....けど...
明らかに見覚えのあるその少女。
「....あのっ!」
「えっ?あ、はい」
私が必死に過去の記憶と少女の顔を照らし合わせていると、彼女の方から話しかけてきた。
「私....まひるだよ....露崎まひる」
ーーまひる....まひ...る?!
『露崎まひるです...その...よろしくお願いします』
「.....ッ!ま、まひるちゃん?!」
思い出した。
私が一時期北海道で暮らしていた頃、近所に住んでいた6人兄弟の長女。
自分で言うのもなんだが、その当時では一番仲が良く涼ちゃんと共に良く遊んでいたのを思い出す。
その時からは身長も伸び、更に可愛くカッコよくなっている。
まさかこんな所で彼女と再会出来るとは思わず、遅れて感動がやってきた。
「ほ、ほんとにまひるちゃんなの?!嘘じゃないよね?!」
「うん!うんっ!雪乃ちゃん!!!」
涙声になりながら彼女を抱きしめ、そのまま彼女の肩に顔を乗せる。
ーーまひるちゃん、まひるちゃん、まひるちゃん...!
"なんで、私じゃないの?"
"ようやく会えたのに"
"ようやくようやくようやくようやくようやくようやくようやくようやくようやくようやくようやくようやくようやくようやくようやくようやくようやくようやくようやくようやくようやくようやくようやくようやく"
「それでその学級委員長の星見さんが....」
ーー愛城さん、カッコいいし可愛いな...後距離も近いっ!
この学園に来てから不純な事ばかり考えている様な気もするが、もうこの際気にしない事にする。
まだ夕焼けとは程遠い青空の下、愛城さんとまひるちゃんによって一通りの案内を受けた私と神楽さん。
その最中に教えてもらったのは、神楽さんと愛城さんは幼馴染で先程12年ぶりの再会を果たした事。すごい。
そして神楽さんが世界一入るのが難しい王立演劇学院から転校してきたという事。すごい。
「じゃあ雪乃ちゃん、また後でね!」
「うん!」
一足先に用事があるとこの場を後にしたまひるちゃんから目を離し、今一度内観を確認する。
目に入ってくるのは廊下に等間隔で設置されている幾つかの扉、中にはきっとベッドやら机やらが用意されている筈だ。
此処は私達がこれから生活する事になる学生寮の第一寮、名前は星光館と言うらしい。
ちなみにその私達の中には愛城さんと神楽さん、そして何よりまひるちゃんも含まれている。
ーーこれから毎日まひるちゃんに会える...っ!!
勿論お互いの家に泊まった事は何度もあったが、やはり毎日には敵わない。何度家族になりたいと願ったか。
ここまでの熱弁の通り、まひるちゃんと一緒の建物内で暮らせるという事実は私の気分を大きく引き上げてくれていた。
「そういえば雪乃ちゃんとひかりちゃんって同じ部屋なんだね!」
ーーえ、気付いたら名前で呼ばれてる...!?
グイグイ来る愛城さんに驚きながらも、私は隣に立っている神楽さんに目を向ける。
私達は事前に職員室で聞かされていたのだが、どうやら愛城さんにも何かしらで情報が伝わっていたらしい。
「そうみたい、よろしくね?」
「...よろしく」
神楽さんは小さく返事をし、早足で私達が住む事になる部屋へ入っていく。
「あ、ひかりちゃん!」
それを追う様にして慌ててドアノブに手を掛ける愛城さんだったが、それを回す事はしなかった。
ーー...そういえばさっきもあんまり話してなかった様な...何かあるのかな?
「愛城さん、神楽さんと何かあったの?」
「華恋で良いよ!....それが私も分かんなくて、でも約束は覚えててくれたんだ」
ーーいきなり名前呼びはハードルが....それにしても
「約束?」
私が聞き返すと、華恋さんは嬉しそうに王冠の髪飾りを指差した。ツインテールが揺れて可愛い。
「えへへ、これ!」
「それが約束?....あっ、そういえば神楽さんも」
神楽さんが星型の髪飾りを付けていた事を思い出し、点と点が繋がるのを感じる。
「うん!東京タワーで一緒に買ったんだよね〜、一緒にスタァライトしようって」
ーー約束...か
『.....だね!』
約束....?
誰にも予測出来ない運命の舞台、それは彼女にとっても同じ事。
奇跡的に巡り会えた運命の相手を?それとも第99回の聖翔祭を?
分かります。
「な、何これ?」
華恋さん改め華恋ちゃんに呼び方を正され別れた後、私は軽く星光館内を回って自室に帰ってきた....帰ってきたんだけど...
床に大きく広げられたキャリーケースと、乱雑に放り投げられた衣服達。
何故か私のベッドまで服置き場にされているのはこの際気にしないとして...
ーーなんで部屋がこんなに汚れてるの?!
「?」
「どうして神楽さんの服が部屋中に散乱しているのでしょうか...?」
「...着替えたから」
「あの、そういう事じゃないんですけど」
「駄目?」
ーーお掃除出来ないタイプの美人だこの人っ!
最早これがノーマルだと言わんばかりに寛いでいる神楽さんを横目に、とりあえず近くにあった服を畳んでいく。
「こんなのまひるちゃんに見つかったら怒られちゃうよ!あの子ああ見えてお姉ちゃんだから」
そんな彼女にすっかり影響され、今では私も立派な掃除好き。
「すぐ使う」
「言い訳しない!良いからお片付けお片付け!ほら、神楽さんも手伝って!」
「...雪乃も十分お姉ちゃん」
ーーよし、このままさっさと片付けて....へ?
「い、今名前...」
「雪乃」
「うっ!」
ーー神楽ひかり、ズルい...
自分はこんなにも押しに弱いのかと自己嫌悪していると、神楽さんが突然立ち上がった。
「どうしたの?」
「....用事、思い出した」
ーーこんな時間から用事?
既に日は落ちかけており、もうそろそろ独り歩きが危険になる時間帯だ。
すぐに済む用事の可能性も考えたが、彼女の神妙な面持ちを見るにそう単純な用事では無いらしい。
ただ出会って1日未満の私がそれに首を突っ込む訳にも行かないので、とりあえず声を掛ける事にした。
「もう暗いから、気を付けてね」
「ありがと」
心なしか私の言葉によって、少し表情が和らいだ気がした。
「オーディション1日目...」
いつまでも帰ってこない同室の彼女を思い浮かべながら、私は自分のベッドに腰掛けた。
知らない再演、知らない転校生。
彼女もオーディションに参加するなら、自ずと結果は変わってきてしまう。
ーー違う。
問題は雪乃ちゃんだ。
このどうしようもない不安感の正体、私の最愛の人。
もし次回以降の再演で彼女が居なくなるのだとしたら、私は絶対に耐えられない。
「私の再演が壊されちゃう.....私のせいで」
「ごめん!!!ひかりちゃん居る?!?!!」
「ひゃあああああ!!!!」
突然襲ってきた大きな音によって、私は恥じらいもなく大きな悲鳴をあげてしまう。
「あ、ごめんね!ひかりちゃん何処か知らない?!」
「へ?....用事があるとは聞いたけど、何処に行くかは...」
「用事?」
「うん、多分大事な方だと思う」
あの表情から察するに、少なくとも楽しい用事では無い事はほぼ確定。
しかしただそれだけの情報で何処へ行ったかまでを当てる事は勿論不可能だ。
ーー....いやでも。
神楽さんはロンドンから転校してきた。昔日本に住んでたらしいけど、だからと言って12年ぶりでいきなり大切な用事を急に作れるとは思えない。
ーーつまり数ヶ月前からの用事...?でも神楽さんは思い出したって言ってたし...あっ。
「学校かも」
「え?どうして?」
「神楽さん、大事そうな用事の割にちょっと抜けてた感じだったんだよね。だから学校で急に言われたのかなーって」
「そうかもそうかも!教えてくれてありがと〜!」
「ひゃっ!」
いとも容易く抱き着いてきた華恋ちゃんに、人懐っこさを通り越して軽い恐怖を感じたが、その顔の良さと身体の柔らかさに免じて特別に許す事にする。
「よし、じゃあ行ってくるね!」
「えっ?今から行くの?!」
「うん!あ、どうせなら雪乃ちゃんも来る?!」
「.....は、はい.......んん???」
幾ら学校との距離が近いとはいえ、女の子を1人で行かせるのは流石に控えさせたい。
だから私も一緒にって、そう、思ったんだけど...
「はぁ...はぁ...っ!」
ーー華恋ちゃん....全力疾走はキツいって...!
夕焼けが黒に染まり、薄暗くなってきた空を視界に入れながら私達はつい数時間前に出た校門に全力疾走で向かっていた。
息を切らしながら何とか彼女に着いていくと、ようやく学校の校舎が見えた。
「すみません!忘れ物しましたー!!」
華恋ちゃんがそう言ったのを確認して、私も校門を通り抜け校舎に足を運ぶ。
「華恋ちゃん!!」
「えっ?...あ!ごめんね!」
「全然平気だけど...はぁっ...いきなり走り出すのはやめてほしいかな...」
一歩先に校内に入った彼女を追い、私は息を整えながら中に入っていく。
流石に昼間と比べると薄暗く必要最低限の電気しか付いていないが、それでもそれを明確に暗いと感じる程では無い明るさだ。
「それで当ては....まあ無いよね」
「うん、とりあえず適当に歩いてみよっか」
「と言ってもあんまり長居は出来ないから、せめて目星は付けないと...」
ーー職員室辺り...それとも教室?
成り行きで付いてきてしまっただけだが、だからと言って神楽さんの用事が気にならないと言ったら嘘になる。
私にだって人並みの好奇心はあるのだ。
「ねえねえ、雪乃ちゃんって北海道に住んでたの?」
隣を歩いていた華恋ちゃんが、ふとそう尋ねてきた。
「うん、大体中学の途中まで住んでた感じかな」
「まひるちゃんからたまーに親友が居るって話聞いてたんだけど、まさか転校してくるとは思わなかったよ〜!」
ーーまひるちゃんが私の話を?!?
離れている間も私の事を親友だと思っていてくれた事を知り、少しだけ泣きそうになってしまう。
「....あれ?こんな所にエレベーターなんてあったっけ?」
「エレベーター?」
華恋ちゃんが突然足を止めたので、気になって彼女の視線の先を追うと奥まった場所に一台のエレベーターが設置されていた。
「私は今日来たばかりだから流石に分からないけど...」
「うーん....」ポチッ
「えっ?押すの?」
「押しちゃった」
「え」
ガコッ
彼女がボタンを押して数秒後、突然地面が機械音と共に小さく揺れーー
「「きゃああああああああああああ」」
聖翔音楽学園 地下劇場
「....っ」
鋭い痛みと共に私の意識は現実へと戻される。
「...あれ、私」
ぼんやりとした意識のまま何とか身体を起き上がらせた直後、鳴り響く金属のぶつかる音が聞こえ私は急いで辺りを見渡した。
ーー何これ...星?
「ッあ!!!」
「?!」
続いて響いたのは直近に聞き覚えのある少女の悲鳴と、何かに激しく激突した音が聞こえる。
私は赤いライトの照らす方向に目をやると、そこには一人の少女が壁にもたれーーいや。
正確には矢によって壁に貼り付けられていた。
「神楽さん...?!それに...!」
ーー同じクラスの....星見さん?
2人とも同じく舞台衣装を身に纏い、星見さんは大きな弓を構えている。
ーーもしかして、あれで神楽さんを?!
混乱した頭で上方に目を向けた私だったが、そこに立っていたのはそれを更に悪化させる生き物だった。
ーーキ、キリン?!
どうしてキリンがこんな所に居るのか、それに良く見ると上部は観客席になっているらしい。
何が何だか分からないまま2人に目線を戻した瞬間、星見さんが神楽さんに向けて弓を引き絞っていた。
「ッ神楽さん!!危ない!!!」
「星屑溢れるステージに、可憐に咲かせる愛の華。生まれ変わった私を纏いキラめく舞台に飛び込み参上!99期生!愛城華恋!!みんなをスタァライト、しちゃいます!」
「オーディション1日目、終了します」
「ふふっ...」
ベッドに寝転びながら今日の事を思い出していると、思わず口から喜びが溢れてしまう。
ーー雪乃ちゃん...
彼女から貰ったハンカチを嗅ぎながら、彼女の声を連想する。
華恋ちゃんと雪乃ちゃんが一緒に居る生活が明日から始まり続いていく、その事実があまりにも嬉しくて睡魔は全く襲ってこない。
でも。
神楽ひかりさん、か...
「2人の少女の乱入...愛城華恋さん、そして...」
「雪乃ちゃん...」
あの後、どうやって帰ったかは覚えていない。
気が付くと自室のベッドに横たわっており、特に身体の違和感も感じなかった。
倒れていた私を誰かが此処まで運んでくれたのだろう。
まだ朝日が昇る前、暗闇に包まれた中ベッドから体を持ち上げて、そのまま反対側のベッドに目を向ける。
「神楽さん...」
何事も無かったかの様に静かに寝息を立てる神楽さんだが、間違いなくあの場所で彼女は戦っていた。
そしてクラスメイトの星見さんが弓を撃つ寸前、突如として暗転し聞こえてきた華恋ちゃんの声。
あの時の華恋ちゃんの凛とした表情は、今でも記憶に刻まれている。
そうして照明が変わった次の瞬間には、彼女達と同じ衣装を見に纏った華恋ちゃんが星見さんに切り掛かりその上掛けを落としていた。
ーーオーディション1日目、とか言ってたっけ。
赤いカーテンに包まれて意識が朦朧とする中聞こえてきた言葉は覚えている限りでも複数あった。
一つはそのオーディションという言葉。
そしてもう一つは...レヴュー。
考えれば考える程、自分自身があやふやになっていく。
嫌な予感を感じながらも、考え事は止まらない。
ーー私、どうしちゃったんだろ...
「...雪乃?」
「えっ....!」
思考の海に漕ぎ出していた私をベッドの上に戻したのは、隣から聞こえてきた彼女の声だった。
「...泣いてる?」
ーー....私?
目元に指を持っていくと確かに水滴が皮膚を伝った。
「....あっ....え...」
そしてその事に気付いた瞬間、私の口からは誤魔化しの言葉が出なくなってしまう。
ーーえ?わたしは....
「あ....れ...?」
「大丈夫?」
ベッドから出てきた神楽さんが、心配してくれたのか私に近付いてくる。
ーーわかんない...わかんないよ
「だ...い....っ...」
大丈夫、という言葉は出ず。
「.....わか....んない」
代わりに精一杯搾り出した言葉がこれだった。
ーーわかんないわかんないわかんない、何がどうなってるの?どうして2人は?なんでわたしは泣いてるの?いや違う、わたしはーー
「大丈夫だから、落ち着いて」
「っ...」
ーーあったかい。
気付けば私は神楽さんに抱き締められていた。
感じられる彼女の匂い、彼女の温もり。
それによって私の心は依然乱れながらも徐々に落ち着かされていく。
「明日....詳しく説明するから」
「....うん」
「だから....おやすみなさい」
「....うん....」
私の胸で静かに寝息を立てる彼女を見ながら、小さく息を吐いた。
「....冬咲雪乃」
不思議な少女だと思った。
私はただこの学校で私の奪われた煌めきを取り戻すだけ、それ以上でもそれ以下でも無い。
ーー...そう思ってた。
初めて雪乃と出会いミスターホワイトについて話した時、一緒に服を畳んだ時、そして....
こういうのを不思議な魅力と言うのだろうか。
華恋とは違う、別方向の魅力。
それを感じてしまったから、私は今こうして彼女を抱き締めているのだろう。
「....んん」
「...ふふ」
胸の中で小さく動く彼女が何だか面白く、自然と口角が上に上がる。
「運命...か」
華恋がオーディションに参加してしまった以上、いつかは彼女と戦わなくてはならない。
煌めきを奪われたその日からずっと、私にとっては苦痛の日々だった。
一緒にスタァライトする為の道を、私はいつから間違えていたのだろう。
世界中の誰に聞いてもその答えを知っている人物は存在しない。
ーーバッ華恋...
オーディションに乱入してしまった幼馴染に悪態をついて、もう一度雪乃の寝顔を確認する。
先程の青ざめた彼女とは違い、涙の痕こそ残っているが幸せそうな寝顔だ。
「....」
ーー....今日は一緒に寝よう。
ーー....んん...いいにおい.....ん?
目が覚めると私の顔は埋まっていた。
いやいやいや、え?!これ、まさかっ!
「んんっ」
この声、やっぱり神楽さん?!
「ふぐっ」
私は慌てて彼女から離れようと身体を動かすが、物凄い力で抱き付かれている為全く動けない。
「...みすたーほわいと....」
ーーミスターホワイトじゃないですよ?!?
何とかもう一度身体を捻って脱出を試みるがやはり駄目、物理的に自分の非力さを実感した。
そうしてどうやっても動けないのだと知り、仕方なくもう一度目を閉じる。
そういえば昨日、神楽さんに抱き締めてもらったまま寝ちゃったんだっけ。
つまりこれは私が作り出した状況。
きっと私を安心させようとしているうちに彼女自身も眠ってしまったのだろう。
ーー知り合って1日も経ってない人にここまでしてくれるなんて...
「....ありがとう....」
私は彼女の胸に顔を埋めながらそう呟きーー
「か、かかかかかかか神楽さん???????」
これから起こる面倒な展開を感じ取った。
「神楽さん!起きて!!私の雪乃ちゃんを離して!!」
とてつもなく焦った声色のまひるちゃんが神楽さんの肩を大きく揺らす。
「んん....」
ようやく目覚めてくれたの問題の少女は、何度か目を擦り周囲を見渡すとーー
「おはよう」
ーーあ、きもちいい....
「な、ななななななななでなででででででででで」
まずいまひるちゃんが壊れちゃう、いやもう壊れてる。
「もうっ、まさか一緒のベッドで寝てるなんて...」
「ごめんねまひるちゃん、驚かせちゃって」
あの後何とかまひるちゃんの誤解を解き、今は布団を片付けながらの会話中。
神楽さんは少し疲れているのか、それとも朝に弱いのかベッドに座ってぼーっとしている。
....そこ、私のベッドなんですけどね...
「そういえばまひるちゃん、朝ご飯はどうしてるの?」
「ばななちゃんっていう子が作ってくれてるんだよ、大体皆一緒に食べる感じかな」
ーーばななちゃん...?
若干の引っ掛かりを感じながら立ち上がり、遅れて立ち上がろうとするまひるちゃんの手を引っ張りあげる。
「じゃあ行こっか、雪乃ちゃん」
「うん、神楽さんも行かない?」
「....ひかりで良い」
「えっ?!!」
まひるちゃんから朝に似合わない声量の声が聞こえたが、ここはあえて触れない事にする。
「うん....ひかり....ちゃん?」
「へっ!?!」
触れない事に....
「....い、行こっか」
ーー私を含めて10人...か、上手くやれれば良いけど。
そんな不安を胸にリビングらしき部屋に到着すると、見覚えるのある少女達がそれぞれくつろいでいた。
あれ?後2人....
「まひるちゃんおはよう、神楽さんも」
聞き覚えのある特徴的な声。
思わず目を見開いて、私はゆっくりと声の聞こえてきた方向に顔を向ける。
綺麗な金色の髪を特徴的なツインテールにした、まさしくばななな少女。
「.....なな....ちゃん?」
「久しぶりだね、雪乃ちゃん」