少女☆歌劇レヴュースタァライト-obbligato- 作:RNKI
『煌めきが足りないとオーディションには選ばれない.....それは確か』
私は最初、オーディションに選ばれていなかった。
でも、キリンは今私をオーディションに参加させようとしている。
.....違う....キリンは私を....
「あ...れ....」
「雪乃ちゃん?...雪乃ちゃん!!」
目を覚ますと同時に、私の視界は一瞬にして髪の毛で埋まってしまった。
ーーまひるちゃんの匂い...?
「....わたしは?」
「雪乃ちゃん、キリンに...」
その言葉の途中で扉が開き、俯いたままひかりちゃんが入ってきた。
まひるちゃんと反対側、右手に位置取ったひかりちゃんはそのまま椅子に腰掛ける。
「ひかりちゃん?」
驚いた様子で私から離れるまひるちゃんを尻目に、ひかりちゃんはジッとこちらを見つめてくる。
「...なんで参加したの」
「...参加はしてない、多分...」
そう返すと、ひかりちゃんは苦虫を噛み潰した様な顔をした。
「...キリンが言っていたわ、次同じ事をしたら...貴方のきらめきを奪うって」
「きらめきを...?」
「どうして飛び入りなんてしたのっ...!あれだけ言ったのに...!」
このひかりちゃんの怒りは、優しさや心配から来る怒りだ。
彼女にこんな顔をさせるつもりは全く無かった、でも私は飛び込むしか無かった。
「まひるちゃんの為、じゃ駄目かな」
「....っ!」
私の言葉に反応したまひるちゃんは、顔を赤らめてそっぽを向いてしまう。
がひかりちゃんは表情を更に曇らせ、そのまま席を立った。
「....バカ」
「か、神楽さん!」
「華恋も雪乃も...どうして...!」
その問いに対する答えは既に出ていたが、それを口にする事は出来ずただ悲しみを露わにするひかりちゃんを見つめるしか出来なかった。
「まひるちゃん、今夜話せる?」
「へっ?!うん!」
日が落ちかけ、夕焼けを闇が覆い隠そうとしている時間帯。
自室に向かう途中、私は一息ついてから約束を切り出した。
返事自体は想定内だったが、それでも何故か彼女の笑顔に対してドキドキしてしまう。
ーー意識し過ぎかな...
あのレヴューでの私達は、あくまでお互いの想いをぶつけただけ、何も解決には向かっていなかった。
華恋ちゃんと何を話したのかも気になるし、何より私自身がまひるちゃんと2人きりになりたかった。
「おっ、雪乃」
「あれ?双葉ちゃん、今からレッスン?」
「ああ、クロ子が時間空いたから特別にって」
「クロディーヌちゃんって意外と面倒見良いんだね、今度私も行って良いかな?」
「良いぜ、一応同盟だからな」
「....2人とも、いつの間に仲良くなったの?」
「えっ?ついこの前だけど...」
ーーあっ...
寒気を感じてまひるちゃんに目を向けると、貼り付けた様な笑顔でこちらを見ていた。
「雪乃ちゃん、今夜楽しみだね」
ーーいやめっちゃ怖いんですけど?!どうなっちゃうの私?!
時刻が19時を回った頃、リビングから出ると同時に特徴的な京都弁で名前を呼ばれた。
「冬咲はん」
「花柳さん?」
「ちょっと....頼みがあるんどす」
全くの初対面では無いがこうして向き合って話すのは初めての事、その上千華流家元の孫娘ときたら緊張しない訳が無い。
そしてその彼女が言う頼みに対して、断るという選択肢は既に存在しなかった。
「別に大丈夫...ですけど」
「なら冬咲はんの部屋でええどすか?」
「は、はい」
一体何を言われるのか。
初対面でいきなりの頼み事、きっと物凄く大変なーー
「 、あの時はほんましんどかったわぁ」
ーー何故私は惚気話を聞かされているんでしょうか?
先程までの緊張感は何処へやら、眼前の花柳さんは懐かしむ様に笑顔で愚痴を吐いている。
「あ、あの〜それで本題の方は...?」
「あっ.....こほんっ!」
彼女はわざとらしく咳をすると、そのまま一転して真剣な眼差しでこちらを見つめてきた。
「冬咲はん!うちの部屋で暮らしてもらえまへんか!」
「...へっ?」
「実は双葉はんと喧嘩してもうて、部屋空いとるんどす... せやから冬咲はんに相方頼もう思いまして」
ーーな、なるほど...でもなんで私なんだろう...?
わざわざ私に頼むという事は、何かしら裏があるのだろう。
しかし現状それを知る手立ては無く、また少なくともこの提案をする以上彼女の言う通り双葉ちゃんと喧嘩をしたのは事実らしい。
ーーどうしよう...でも折角のチャンスなら....
「別に構わないけど...本当に私で良いのかな」
「ほんまどすか?!おおきに〜!」
ーーやばい京都弁が可愛過ぎる。
「...という訳で、2人が仲直りするまで花柳さんの部屋に住む事になりました...」
自分からこの部屋に置いてほしいと言った手前、この話をするのは非常に心苦しく声量も後半になるにつれて小さくなってしまった。
「雪乃ちゃんは私より香子ちゃんを選ぶんだ〜、へー」
「ほ、本当にごめんねななちゃん!今度何かするから!!」
「...何かって?」
「お出掛けとか」
「許します」
ーー速いっ?!
とりあえずばななちゃんの許しは貰ったが、問題は先程から無言のままジッとこちらを見つめてきている純那ちゃんだ。
「純那ちゃん...?」
「雪乃、ちょっとお人好し過ぎるんじゃない?」
「えっ」
言葉自体は褒め言葉だが、恐らくそれは違った意味だ。
「まだ知り合ったばかりの私が言うのは変かもしれないけど、少しは断ったりとか」
「....変わってないの、雪乃ちゃんは」
懐かしむ様に、ななちゃんが言葉を繋ぐ。
「でもそうかも、ありがとう純那ちゃん」
「別にそんな....ちなみに私にも何かしてくれるの?」
「...お出掛け?」
「浮気者」
「えっ」
時刻は21時過ぎ、リビングの最小限の灯りの元私とまひるちゃんはソファーに隣り合って座っていた。
「それでその....話って...?」
緊張した声色で私の様子を伺ってくる彼女は、何だか小動物の様で可愛らしい。
「あの後の事、教えて欲しいんだ」
「あの後?.....うん、大丈夫だよ」
「じゃあ...華恋ちゃんと何か話した?」
「っ.....うん、話したよ」
一瞬言葉が詰まったが、まひるちゃんはそのまますぐに話を再開した。
「私、自分はきらめいて無いと思ってたんだ...でも違ったんだね」
背後から近付いてきた華恋ちゃんを感じながら、私は自分の想いを吐き出した。
ーーみんなのきらめきが眩しくて、勝手に自信無くして...臆病になって....でも...!
「うん、まひるちゃんはいつもきらめいてるよ!それにとってもほが....ほが....」
「朗らか?」
「そう!それ!」
華恋ちゃんにそう励まされ、私の中にあるモヤモヤした気持ちが薄れていく。
ーー....うん、もう大丈夫。
「じゃあ行くよ、まひるちゃん」
「良いよ、優しくね?」
お互いに向かい合い、それぞれ武器を構える。
そしてーー
決着と同時、いやその少し前に神楽さんの声が響いた。
「雪乃!!」
「ゲームセーット!!!」
ーーレヴューが終わる前に舞台を降りたから...って所かな?
まひるちゃんの話を聞き、ようやく自分に起きた出来事を完全に理解する事が出来た。
彼女は一通り経緯を話し終えると、一度区切りを付ける様に深呼吸をした。
ーー今度は私の番...
「まひるちゃんって私の事好きだよね?」
「へ?!?!?!」
明らかに動揺した様子の彼女に、思わず笑みが溢れてしまう。
「昨日あれだけアツい事言ってくれたのに、嘘だったなんて言わせないよ」
「うぅ....」
愛されているのを確認する事は心地良いが、私が踏み込みたいのはもっと先だ。
昨日のレヴューで伝えきれなかった事、まひるちゃんに対する本当の気持ち。
彼女があれだけ想いをぶつけてくれたのだから、私もそれに応えなくては親友とは呼べないだろう。
一度大きく息を吸い、そのまま数秒後にその全てを吐き出す。
まひるちゃんの視線がこちらに向き、その表情も柔らかいモノから真剣なモノへと変化する。
「...私は」
「正直、華恋ちゃんが羨ましいんだ」
思いもよらぬ言葉が雪乃ちゃんの口から飛び出し、思考が一瞬停止してしまう。
ーー羨ましい...?
「華恋ちゃんが出て行ったあの日、ずっとソワソワしてるまひるちゃんを見てずるいって思ったし...そもそも普段からお世話してるって聞いて私は...」
『まひるちゃん、ちょっと良い?』
『えっ?何tうひゃああああ!!』
『私はまひるちゃんを置いていかないって言ったよね』
ーーもしかして...
過去の記憶と推察、それから彼女の言葉を理解した瞬間、私の顔は一瞬にして熱を帯びた。
口元のニヤケが止まらず、かと言ってそれを隠す事も出来ない。
「...嫉妬してくれてたの?」
「そんなの当たり前だよ、まひるちゃんが他の子にお世話焼いたりしてたら...」
ーー雪乃ちゃんっ...!
否定する事も誤魔化す事もなく、ただ肯定してくれるのが気持ちいい。
「純那ちゃんが倒れた日も華恋ちゃんに付き添ってたし、家出の時だってモヤモヤしてた」
「...うん」
胸のときめきを抑えながら何とか絞り出した言葉は、ただの相槌一つだった。
「昨日の質問、もう一回聞くね.... 私と華恋ちゃん、どっちが大事なの?」
昨日と同じ質問、昨日と同じ心拍数の上がり方。
雪乃ちゃんと華恋ちゃん、私は....
「私はーー「冬咲はーん、さっきの話....」
割って入ってきた香子ちゃんは、何か大切な話をしていたのだと察したのか言葉を途中で切り上げた。
「お取り込み中どした?」
「あっ、ううん大丈夫」
咄嗟にそう誤魔化して、私は雪乃ちゃんの顔をじっと見つめる。
「答え、ちゃんと出すから....待っててくれる?」
「.....うん」
そう言って頷いた雪乃ちゃんの表情は、不思議と嬉しそうにも寂しそうにも見えた。
答えは、まだ。
「雪乃ちゃんが....嫉妬?」
まひるちゃんと別れた後、花柳さんに連れられ彼女の部屋に向かっていると、丁度廊下の向こうから双葉ちゃんが歩いてきた。
「....」
「....」
言葉は交わさずとも2人の間の空気感はすぐに察する事が出来た。
ーー空気が重い...!ここはなるべく影を薄く...
「雪乃、何で香子と一緒に居るんだ?」
「双葉はんには関係ない事どす、行きましょか"雪乃はん"」
「待てよ、あたしは雪乃に聞いてんだ、香子には聞いてねえよ」
ーーめっちゃ巻き込まれてる?!
「あ、えーっとそのぉー」
「なーんも気にする事なんてあらへん、な〜雪乃はん」
ーーその執拗な名前呼び辞めてもらえますか?!怖いです!!
そう言いながら花柳さんは私の左腕に手を絡めると、体重を部屋の方向に掛けてきた。
「あたしがクロ子と寝るからって...」
ーーえっ?
私は驚いて花柳さんの顔を見つめるが、彼女の表情を見る限り既にその事は知っていた様だった。
「行きましょ、雪乃はん」
若干の怒りを含んだ声色で半分引き摺られながら後ろ向きに歩かされ、立ち止まっている双葉ちゃんからはどんどん遠ざがっていく。
その行動に対して双葉ちゃんは一瞬表情を暗くしたが、すぐに反対方向に体を返して歩いて行った。
ーー双葉ちゃん....
彼女の後ろ姿に何とも言えない感情を抱えるも、直後に足が止まった為自然と意識が切り替わる。
扉を開けると自室と全く同じ構図の家具配置が見え、私は特に緊張する事も無く中に入っていく。
ーー流石に双葉ちゃんのベッドは使えないな。
そう思いつつ敷布団を引っ張り出し、最早慣れた手つきで中央に設置する。
私がその上に腰掛けると、花柳さんが何かを声に出そうとし、それをぐっと飲み込んでいるのが見えた。
室内には勿論私達2人しかおらず、今は布の微かに擦れる音しか聞こえてこない。
「...話してくれるかな、どうして私なの?」
「ぐっ、そ、それは〜...」
分かりやすく動揺する花柳さんの姿は、何だか少し愛らしく見える。
「....双葉はんが、うちよりクロはんを...」
「クロディーヌちゃん?....あっ」
『あれ?双葉ちゃん、今からレッスン?』
『ああ、外でクロ子が待ってる』
思い当たる節はただ一つ、十中八九あの個人レッスンがきっかけだろう。
ーーもしかしてあの後に?
「見返したる.... 双葉はんを見返して、絶対後悔させたる!」
「な、なるほど」
「せやから雪乃はん、協力しとおくれやす!」
正直に言って、これから面倒な事が起きるのはほぼ確実だ。
ーーでも面白そうだし....下の名前で呼んでくれてるし...それに...
「う、うん、分かった」
そんな顔で見つめられたら断れないって!!
「花柳さーん!遅刻しちゃうってー!!」
ベッドから毛布を引き剥がそうとして早数分、どんなに引っ張っても一向に外れそうにない。
ーー花柳って、もしかして...
「んん....ふたばはん...連れてってぇや」
ーー今までずっと双葉ちゃんに頼りっぱなしだったの...?!
「はーなーやーぎーさーんー!!!」
「雪乃ちゃん大丈夫ー?!」
再び私と彼女の格闘が始まろうとしたその時、扉の外からななちゃんの声が聞こえてきた。
「だ、だいじょばない!」
私の声色の必死さに気が付いたのか、ななちゃんは小走りで花柳さんのベッドの前まで走ってくる。
既に制服に着替えている所を見るに、出発する寸前だったのだろう。
「ななー?何かあったの?...って!!」
遅れてやってきた純那ちゃんも一瞬にして状況を把握したらしく、急いでこちらに駆け寄ってきた。
「花柳さんが全然起きなくて...」
「...なら時間も無いし、同時に引っ張りましょう?」
チラリと壁掛け時計に目を向けた純那ちゃんは、そう言いながら毛布に手を掛ける。
それに続く様に、私とななちゃんもポジションを変えながら良い位置を確保する。
「行くよ、せーの!!」
「はぁ...はぁ....っ!」
全身が熱い、喉が痛い。
何とか空気を吸い込もうとする肺と、最早爆発しそうな程に脈打っている心臓。
背中の重みが限界に達するその寸前、何とか花柳さんを彼女自身の席へと運ぶ事に成功した。
ヘトヘトになりながら私も椅子に座り、そのまま机に倒れ込む。
「雪乃ちゃん?!大丈夫?!」
慌てた様子でこちらを覗き込んでくるまひるちゃんが、この疲労感を癒してくれる。
「あ、ありがとうまひるちゃん....好き」
「へっ?!」
「雪乃、お疲れ様」
私の肩を優しく叩いてくれるのは、声の主からして純那ちゃんの手だろう。
「ばなナイス!かっこよかったよ雪乃ちゃん」
ななちゃんからも労いの声が飛び、安心した私は大きく息を吐いた。
ーーまさかこんな事になるなんて....
布団から花柳さんを引き剥がした後、彼女が玄関前で歩けなくなってしまった為私がこうして学校まで運んできたという訳だ。
机から顔を上げ、前方に座っている双葉ちゃんの後ろ姿を視認する。
ーー尊敬します、双葉先輩...
壁掛け時計に目を向けて授業が始まるまでの時間を確認し、私は疲労から来る眠気に身を任せた。
お昼時、若干疲労感が残りながらも立ち上がって廊下に出ると、丁度真横から双葉ちゃんに呼び止められた。
「雪乃」
「双葉ちゃん?どうしたの?」
教室側の壁に寄り掛かった彼女の表情は何処か暗く、声も心なしか低く聞こえた。
「なんで香子の事運んでたんだ?」
ーーこれは素直に答えて良いのかな...?
花柳さんは双葉ちゃんを見返したいと言っていたので、その過程でいずれ一緒の部屋に住んでいるという事はバレるだろう。
遅かれ早かれ知られる事だと考え、私は一先ず真実を伝える事にした。
「....ルームメイトになったから、かな」
「ルームメイト?って事はやっぱり...」
"やっぱり"という言葉が出てきているので、やはり彼女自身も薄々勘付いていたのだろう。
「いや〜、まさか花柳さんのお世話があんなに大変だとは思わなかったよ、やっぱり双葉ちゃんは」
「嫌なら断った方が良いぞ」
私の言葉を遮る様に、双葉ちゃんの鋭い言葉が飛んできた。
ーーッ!!
『雪乃、ちょっとお人好し過ぎるんじゃない?』
瞬間、昨日純那ちゃんに言われた言葉が脳裏に浮かび上がった。
「...でも、困ってたから....ごめんね」
「いや、別に雪乃を責めてるわけじゃ...!....ッあー!」
困った様に頭を掻いた双葉ちゃんは、その勢いのまま私を壁際まで押し込んできた。
ーー近ッ...!
鼻先がぶつかりそうな程の距離で見える彼女の顔は、いつもより一段と凛々しくカッコいい。
「な、何?!」
思わず声が上擦ってしまい、それを面白がったのか双葉ちゃんは意地悪そうな笑顔を見せた。
「雪乃ってさ、やっぱり押しに弱いよな?」
「っ....!」
ーーぶ、物理的にも弱いです....!
「なぁ、何があったか....教えてくれよ」
「ひゃあっ!!!!」
耳元でそう囁かれ、情けない声と共に私のキャパは完全にオーバーした。
「ゆ、ゆるしてくだしゃい....」
不意を突かれた様に、心臓が高鳴るのを感じた。
壁際にへたり込み涙目でこちらを見上げてくる雪乃。
その姿は、どういう訳かあたしの心を大きく掻き乱した。
ーー何だ...これ....?
「....わ、悪い!ふざけ過ぎた!....その、あたし用事あるからッ!」
「え?双葉ちゃん?!」
自分でも何を口走ったか理解出来ず、気が付くとあたしは廊下を全力で走っていた。
ほぼ無意識で動く腕と足。
すれ違う生徒達がそれぞれ驚いた表情を見せてくるが、最早少しの恥ずかしさも感じられない。
「はぁ...はぁ....!」
心臓の鼓動が聞こえる。
運動後の鼓動と酷似しているそれを、今だけは何故か完璧に聞き分けられる。
間違いない、この鼓動はーー
「....ひかりちゃん?」
花柳さんのお世話をななちゃん達に任せ私も寮に帰ろうと荷物をまとめていると、丁度教室の扉の間からひかりちゃんの姿が見えた。
私の言葉に反応した彼女は足音と共に通り過ぎた扉から教室内に入ってくる。
私達以外に誰も居ないこの状況、昨日から気まずい関係が続いていたからか若干の緊張感が私を支配した。
「ちょっと話しても良いかな」
私の問いかけに対し、彼女は無言で私の前の椅子に腰掛けた。
依然として表情は変わらず、夕日も合わさって少なくとも明るい印象は感じられない。
「まずその...飛び入りして、ごめん」
精一杯搾り出した謝罪を、おずおずと口にする。
すると彼女も意を決したように、私の目をしっかりと見つめてきた。
「どうして雪乃も華恋も....そんな事するの?」
保健室では言えなかったその答えはきっと、華恋ちゃんに聞いても同じだろう。
ーー多分ひかりちゃんも分かってる、だからそれを私に聞いてるんだ。
「大切な人の為、だよ」
「っ....!」
どうやら伝わってくれたらしく、ひかりちゃんは大きく目を見開いた。
「...私だったとしても、飛び入りした?」
ーー....へ?
彼女の顔は夕日のせいか真っ赤に染まっており、先程とは打って変わって態度もしおらしくなっている。
「勿論、ひかりちゃんも大切な人だから」
「....!....そう、ありがとう」
微かに笑顔を見せたひかりちゃんはそそくさと立ち上がり、そのまま少し進んで教卓の前で立ち止まった。
彼女の美しい髪が、差し込む光によって若干赤く染まる。
その光景に見惚れてしまった私は、その事実に気付くまでただ呆然と彼女を眺めていた。
ーー結局今日は行かなかったな、オーディション。
先日の一件があってから、どうにも苦手意識がついてしまったらしい。
今日は誰と誰が戦ったのか、それともそもそも開催されていなかったのかどうかは定かでは無いが、やはり気になってしまう。
私はそんな疑問を忘れようと頭を数回振った後、花柳さんの部屋の扉を開けた。
「うぅ....」
「は、花柳さん?!...大丈夫?!」
ベッドの上に倒れ込み、疲労感を全面に出している香子ちゃんは、私の言葉に対し謎の呻き声で答えた。
ーーこれは想像以上に...
花柳さんのベッドに近付くと、その気配が伝わったのか彼女はゆっくりと上半身を立てた。
「...迷惑掛けてほんまかんにんえ...」
「迷惑なんて、そんな」
「うちの事、1人じゃなんも出来ひん役立たず思たやろ?」
自虐混じりにそう呟く花柳さんは、依然として俯いたまま。今朝の出来事が相当響いてしまったらしい。
此処は変に着飾ったフォローじゃなくて、自分の正直な気持ちを伝えた方が良さそうだ。
「...花柳さんは凄いよ、歌もダンスも上手だし」
「そんなん当たり前や、生まれつきそうだったんやし...」
「だから凄いんだよ、ずっと続けてこられたんでしょ?」
「....それは双葉はんが...」
ここで双葉ちゃんの名前が出るという事は、きっと本当はとても大切な人だと分かっているからなのだろう。
「幼馴染なんだよね?」
「...腐れ縁みたいなもんどす」
『腐れ縁みたいなもんだよ』
ーー腐れ縁、か。
「私にも居るんだよね、幼馴染」
「それって...ばななはん?」
「うん....喧嘩なんてした事無かったから、ちょっと2人が羨ましいんだ」
「はぁ?」
「再会してからあんまり軽口とか叩きにくくて...2人みたいに何かと言い合える関係って凄い素敵だなって」
「....」
「だからその、えーっと.....花柳さんも思い切って気持ちを伝えてみたりしたら〜、なんて」
「...そんなん、別に....」
そう言ってそっぽを向いてしまった花柳さんは、続けて口を開いた。
「....前にもいっぺん、こないな事があったんどす」
「前にも?」
そう聞き返すと、何処か嬉しそうな顔をしながら話し始めた。
「あの時は双葉はんがバイクの免許を取りに行っとったんやけど、うちに黙っとったさかいほんまに迷惑やったんや」
「...双葉ちゃんの事、大好きなんだね」
「なっ!せやから別に!....別に...」
「仲直りなら手伝うよ、花柳さん」
「っ!.....香子でええ」
ーーええ?!
驚いて彼女に視線を戻すと、俯いていた顔は既に前を向いていた。
「おおきに雪乃はん、お陰で決心着いたわ」
「...!そっか」
ーー...良かった、これで...!
「ほな今から、双葉はんを嫉妬させよう会議の始まりや!!」
ーーあ、あれ〜???
「香子とまだ喧嘩してるの?」
ベッドの上に寝転がっていたクロ子が、半身を立てながら聞いてきた。
「別に...あいつ、雪乃と一緒に寝るんだってさ」
「へえ、珍しい組み合わせね...え、双葉?」
「ん?」
「いや、あんた今結構....」
「極楽やわぁ....」
私の足揉みに対し、気持ちよさそうに声を漏らす香子ちゃん。
「えへへ、結構自信あるんだよねー」
ーーまひるちゃんからは大好評だったからなー。
『ふっ...っ....痛くない?』
『ひゃ、ひゃい.....最高です....』
何故かマッサージをすると決まって塩らしくなってしまっていたが、多分リラックスしていたからだろう。
ある程度全体をほぐし終えると、香子ちゃんがニヤニヤしながら口を開いた。
「ほな今日は一緒に寝ましょ」
「....んん?」
左腕に温もりと柔らかな感触。
窓から入ってくる心地良い風によって彼女の髪の毛が揺れ、私の頬を撫でる。
この顔の熱さはきっと...
ーー....いや超恥ずかしいんですけど〜?!?!
私の左腕に抱き着いた香子ちゃんは、そんな私の反応を見て意地の悪い笑顔を見せた。
「まさか雪乃はん、照れてますの?」
「...あっ、当たり前でしょ!朝からこんな...」
双葉ちゃんを嫉妬させよう大作戦、その記念すべき1つ目がひたすらベタベタする事だった。
朝が弱い香子ちゃんを支えながら登校出来るので、合理的と言えば合理的なんだけど...
ーーでもやっぱり恥ずかしい..!香子ちゃん良い匂いするし!顔良いし!
そんな事を思いながら廊下を歩いていると、目的地であるレッスン室が見えてきた。
「さて、双葉はんはどないな反応するか...楽しみや」
「はぁ...」
私が大きく溜息を吐くと同時に、更衣室から双葉ちゃんが出てきた。
ーー噂をすれば...
こちらに向いている双葉ちゃんの視線が、私の顔から左腕に移動するのが分かる。
「香子と...雪乃?!」
明らかに動揺している双葉ちゃんを見て、香子ちゃんの口角が上がった。
「お、おはよう双葉ちゃん」
気まずい空気に耐え切れず挨拶をするが、何だか余計に空気が悪くなった様に感じてしまう。
「お前らっ...」
「あのこれは....うひゃあ!!」
慌てて言い訳をしようとする私を止めたのは、香子ちゃんのハグだった。
「雪乃はん、今日もええ匂いどすなぁ...」
「ひゃっ!香子ちゃん?!」
わざとらしくすんすんと音を立てられ、思わず甲高い声が出てしまった。
「香子ちゃん...?...そういう事かよっ!もう知らねえ!!」
ーーあっ...!
レッスン室に入っていく双葉ちゃんを追おうとするが、香子ちゃんが依然として抱きついたままの為身動きが取れない。
「香子ちゃん!追いかけないと!!」
あの様子、本当にまずい事になったかもしれない。
「え?どうかしたんどす?」
本能的にそう思ったのは私だけだった様で、香子ちゃんは変わらずニヤニヤとした表情を崩していない。
結局私達は、双葉ちゃんを追いかけずに更衣室の扉を開けた。
雪乃に抱きつく香子を見た瞬間、あたしの胸が激しく痛んだ。
授業が始まりクラスメイトの半分がレッスンに励む中、彼女達が楽しげに踊る姿を直視出来ず体育座りの足の間に顔を埋めた。
あたしは一体、どっちに嫉妬しているのだろう。
「ダンス、集中出来て無かったけど?」
「クロ子...なんでもねえよ」
苦し紛れに嘘を吐き、もう一度2人が踊っている正面を向く。
香子と雪乃、幼馴染とクラスメイト。
それなのに、今の私にはその2人が対等に見えて仕方が無かった。
「「ありがとうございました!」」
授業を終え、各々が汗を拭きながらレッスン室を後にする。
あたしもさっさと着替えようとその流れに乗ろうとした瞬間、背後から悩みの種である人物の声が聞こえてきた。
「双葉ちゃん、放課後時間あるかな?」
「ゆ、雪乃...」
意識したくないのに、何故か声が上擦ってしまう。
つい先日まで合わせられていた筈の目が合わせられない、心なしか心臓の鼓動が早い気がする。
「まあ別に良いけど...」
「本当?ありがとう」
ーーっ!!
いつもと同じ笑顔、同じ感謝の言葉の筈なのに。
あたしの顔は運動後よりも熱かった。
私が双葉ちゃんを誘った理由、それはクロディーヌちゃんとの授業中の会話がきっかけだった。
『それにしてもあの2人、今回は全然仲直りしないわね』
『...今回って事は、今までも何回か喧嘩してたの?』
『まあね、この前は色々あって香子ときなこボーンを買いに行ったわ』
『何がどうしてそうなったの...??』
『とにかく巻き込まれた者同士、何とかしましょ...一応同盟だし...』
『...えへへ、そうだね』
『じゃ、じゃあ私香子と話してみるから、雪乃は双葉をよろしくね?』
話す相手を同室同士にしなかったのは、恐らく違った視点から2人を見られるからだろう。
今頃クロディーヌちゃんは香子ちゃんと話してる...筈!
「ごめんっ、遅れた!」
中庭に響く足音と共に、双葉ちゃんが走ってきた。
「大丈夫だよ、とりあえず座らない?」
私はベンチのすぐ隣を数回叩き、一緒に座ろうとアピールをする。
「お、おう」
やや息を切らし気味の双葉ちゃんは、やけに縮こまった様子で隣に座ってきた。
「香子ちゃんの事で話があるの」
「.....ああ」
その言葉と共に彼女の表情が引き締まり、視線が真っ直ぐこちらに向かってくる。
「まずはその...ごめんね、色々」
「謝るなって、あたしら2人が悪いんだから...香子のヤツ、めんどくさいだろ?」
「あはは...でも、そういう所も可愛いと思うよ」
「ッ...」
「双葉ちゃん?」
「そう...だよな、お前らは...」
「何の事...?」
話がイマイチ噛み合わず、私は思わず聞き返してしまう。
「誤魔化すなよ、もう良いからさ」
「いや、だから...」
♪
「「?!」」
ーーこの音楽...オーディション?!
慌てて隣の双葉ちゃんを見ると、想像通り彼女のスマホが音の出所となっていた。
「悪い!行かないと!!」
「あ、うん...」
私も追いかけようとベンチを立ったが、最初の一歩を出しまま固まってしまう。
ーー....っ
あの時の感覚が蘇り、心臓の鼓動が高速化する。
「怖がってる暇...無いよね」
言い聞かせる様にそう呟いて、私はあのエレベーターがある場所に向けて歩き始めた。
「歌に踊りに往き帰り、歩み進んだ二人道」
「だけどアタシも見つけちまった、夜空にそびえる一本道!99期生!石動双葉!気合い入れて、突っ走ります!!」
「99期生!花柳香子!最後まで付きおうてもらうで!!」
今日もまた、オーディションが始まってしまった。
「もし今日も乱入するのなら、くれぐれも舞台からは降りないように...分かります?」
いつも通り観客席に落ちてきた私に、キリンが注意を投げかけてきた。
「分かってます」
素早く返事をし、舞台に目を向ける。
ーー2人とも....っ。
屋敷の様な舞台セットの上で、香子ちゃんと双葉ちゃんが戦っていた。
「香子ッ!あたしが勝ったら...雪乃を解放しろ!!」
「な、なんでそこで雪乃はんの名前が出てくるんや?!」
「そ...れは.....好きだからだよっ!」
「はぁ?!何言うてんねん!!」
「そしてお前も貰う!だから本気で来い!!」
「なっ!... ならうちが勝ったら、雪乃はんと双葉はんはうちのものや!!」
「え???????」
ーーど、どうしてこうなったの?!?!
何故かどちらかに貰われる事が決定しており、私は羞恥心に耐えきれず舞台上から目を逸らした。
「オーディションの私物化ですね...分かります」
「....分かります」
今の私にとっては、勝敗よりもその先が気になって仕方が無かった。
「はっ!!好きってどう言うことや!双葉はん!!」
香子の攻撃を交わして数歩下がると、彼女が声を荒げて話し掛けてきた。
ーーそんなの...
「そんなの分かんねえよっ!....でも、でもっ!」
この気持ちが恋愛としての好きなのか、それ以外なのかは分からない。
「今のお前には任せられねえ!!」
「何やて?!」
あたしは利き足を軸に前傾姿勢を取り、そのまま香子に向かって突っ込んでいく。
激しい金属音と共に振り下ろした斧が止まり、続いて前方から押し返そうという力がやってきた。
「あたしは香子に追いつきたい...そう思ってやってきたんだ!」
「それがクロはんとどう繋がるんや?!結局置いていったのは双葉はんと違うか!!」
「違うッ!約束しただろ....世界で一番きらめくところ、一番はじめに見せてくれるって...!」
「....!」
今までずっと、香子のファンで満足していた。
ただ流されるまま、彼女の作った道を歩いて。
でもこの学校に入学して、華恋の言葉で気付かされた。
「いつまでも香子のファンのままじゃ嫌なんだ...!」
自分にもチャンスがあるって分かった時、これでようやく香子に並べると思った。
ーーこれで香子のきらめく姿を隣で見られるって。
「来い!香子!!」
「オーディション5日目、終了します」
「それで2人共、あれはどういう意味なの?」
正座したままこちらを見上げる双葉ちゃんと香子ちゃんに対して、私は敢えてゆっくりと問いを投げた。
「どういうって...その場のノリというか」
「...ま、マッサージ上手やし...!」
ーーそんな軽いノリで言ってたの?!
てっきりもっと考えがあっての発言かと思っていたが、想像以上に行き当たりばったりだったらしい。
ーーそれよりも...
「それでその....貰うとか言ってたでしょ...」
『そ...れは.....好きだからだよっ!』
「〜!!!」
ーー好き...って...!!ううっ...
思い出しただけで恥ずかしくなり、私は思わず顔を手で覆い隠した。
「...っ」
「...双葉はんの気持ちが分かりましたわ」
「と、とにかく!ちゃんと仲直りは出来たんだよね?」
このまま自分に話題を向けるのはまずいと感じ、やや強引に話を変える。
「まっ、香子がやっと素直になったからな〜」
「はぁ?元はと言えば双葉はんのせいどす!」
そうしていつも通りの言い合いが始まるが、2人の表情はどこか晴れやかだ。
幼馴染にも色々な形があり、きっとこの会話がこの2人にとっての愛情表現なのだろう。
そう思った上で聞いたらきっとーー
「あ、あたしは雪乃の裸見た事あるぞ!!」
「そ、そんなん言ったらうちは一緒に寝た事あるで!!」
ーー...うん、やっぱりななちゃんとは喧嘩したくないな...