疎遠になってた元ガキ大将のムチムチポニテ幼馴染との青春を高校生活から書き直す 作:サニキ リオ
愛夏がコテージに戻ったあと、俺はなんとなく足を浜辺へと向けた。
日中、あれだけ賑わっていた海も、夜になるとすっかり静まり返っていた。潮風が心地よく肌を撫で、波の音が規則的に響いている。俺はサンダルを脱ぎ、裸足のまま砂の上を歩いた。
遠くにぼんやりとした街の光が見える。夜の海は暗くて、昼間とはまるで別世界のようだ。何となく、この静かな時間の中で、ぼーっと海を眺めたかった。
そのときだった。
どこからともなく、アコースティックギターの旋律が聞こえてきた。透き通るような歌声が、それに乗る。
「この曲って……!」
思わず息をのんだ。
軽快なギターの戦慄に乗せて歌われる、夏の情景を鮮やかに描写する歌詞。若さの輝きと、刹那的な青春のひとときを切り取ったようなメロディ。
俺が一周目で何千回と聞いたかわからないほど大好きだった曲だった。
でも、おかしい。
この曲が発表されたのは、2019年。俺にとっては過去のことだが、この時代ではまだ生まれてもいないはずだ。
不思議な違和感を抱えたまま、音のする方へと足を向ける。波打ち際の近くに、人影があった。
アミだった。
彼女は砂浜に座り、ギターを抱えて、夜の海を背景に歌っていた。月明かりが彼女の横顔を照らし、静かな波の音が伴奏のように響いている。
長い髪がそよ風に揺れ、彼女の透き通った歌声とギターの音色が、夜の海と調和していた。
俺はその場に立ち尽くし、ただその歌声に耳を傾けた。
「どうして、この曲を……」
違和感が膨らむ。
これではまるで――
「あれ、もしかしてカナタ君?」
アミが演奏の手を止め、こちらを見上げた。
夜風に乗って彼女の声が柔らかく届く。普段のおっとりとした話し方とは違い、どこかクールな雰囲気が漂っていた。
「こんな夜更けにどしたん?」
「いや、ちょっと……眠れなくてな」
俺は足元の砂を軽く蹴りながら答えた。
「私も同じく。だから、こうしてコテージにあったアコギを持ってきて弾き語りしてたって感じ」
アミは小さく笑うと、再びギターの弦を指で軽く弾いた。夜の静けさに馴染む音色が広がる。
「その曲。俺も好きなんだ」
「おー、気が合うね。てか、この曲嫌いな奴なんてただの逆張りクソ野郎ぐらいっしょ」
普段のアミからは考えられない毒が吐かれた。何だろう。顔はアミなのに、目が笑っていないせいでめちゃくちゃ怖い。
「あれ……なんでカナタ君がこの曲知ってるの?」
「それはこっちの台詞だっての。そっちこそどうして未来の楽曲を知ってるんだ」
俺は思い切って尋ねた。どう考えても、この時代では知られていないはずの曲だ。
「え?」
アミの指が一瞬止まり、俺をじっと見つめた。
ほんの一瞬、彼女の瞳の奥に揺らぎが見えた気がする。
「ふふっ、なんでだと思う?」
悪戯っぽい笑みを浮かべながら、アミは再びギターを弾き始めた。
まるで俺の問いをはぐらかすように、ゆっくりとメロディが紡がれていく。
俺は彼女の横に腰を下ろし、波打ち際を眺めながら、静かにその歌声を聞いていた。
胸の奥で、妙なざわめきが広がっていく。
「ねぇ、行かなくていいの?」
「……どこにだ」
「それは君が一番よくわかってるっしょ」
アミの言葉にドキリとする。
彼女は俺の目を真っ直ぐに見つめながら、ゆっくりとアコースティックギターのネックを握り直した。
「君の夏はまだ始まったばかりってことだよ。合図、出したげよっか?」
ジャーンとアコギをかき鳴らすと、夜の静けさを切り裂くような明るい音が響いた。
「ありがとな。行ってくる!」
俺は立ち上がり、一歩踏み出した。
背中から、アミの小さな笑い声が聞こえる。
「ああ、そうだ」
俺は振り返って立ち止まると、アミ――いや、一周目での推しに向かって深々と頭を下げた。
「あなたの歌声にいつも励まされていました……本当にありがとうございました!」
月明かりの下、彼女は少し驚いたように目を見開き、やがて穏やかな笑みを浮かべた。
「それはこっちの台詞だよ。田中カナタさん……センキュー、スーパーチャット!」
彼女はギターを軽く弾きながら、冗談めかした口調でそう告げた。
その言葉に俺は目を見開いたが、すぐに気持ちを切り替えて駆け出した。
走っている最中、後ろから「もしもの世界の私、ごめーん!」という声が波の音と共に響き渡った。