疎遠になってた元ガキ大将のムチムチポニテ幼馴染との青春を高校生活から書き直す   作:サニキ リオ

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第109話 旅館の朝ごはんパート2

 編集部の佐藤さんとの電話を終えた俺はポケットにスマホをしまい、ゆっくりと深呼吸をする。

 ほんの数分だったはずなのに、全身にうっすらと汗をかいている。

 身体がじんわりと熱い。

 

 あらためて、夢への道を歩き始めたことを実感する。

 コテージの扉を開けてリビングに戻ると、ふわりと味噌汁の匂いが鼻をくすぐった。

 木のテーブルには、愛夏が丁寧に並べた朝食が整っている。

 焼いたウィンナー、卵焼き、サラダに、ごはんと味噌汁。

 旅館の朝ごはんパート2だ。

 

「お兄ちゃん、おかえり。電話、終わった?」

「おう、ちょっと長引いちまったけどな」

 

 俺が椅子に腰を下ろすと、ちょうどいいタイミングで風呂から出てきたアミがバスタオルを肩にかけて現れた。

 髪はまだ少し濡れていて、洗いたてのシャンプーの香りがほのかに漂ってくる。

 

「……ご迷惑をおかけしました」

「気にすんなって。ちゃんと戻ってきたなら、それでいい」

「あはは……ありがとうございます」

 

 アミは小さく頷きながら席に着く。その頬は少し赤く、どこかまだ落ち着かない様子だった。

 

「この卵焼きめっちゃ美味そう、いただきます……うまぁ!」

「ふふん」

 

 ヨシノリが箸を伸ばすと、愛夏が得意げに胸を張った。

 

「カナタにはこのおいしさがわかんないのよねぇ」

「この執筆マシーンはすぐミキサーにかけて飲み干そうとするもんねー」

「味音痴」

「バカ兄貴」

「朝っぱらから何でそんなに責められなきゃいけないんだ」

 

 幼馴染と妹から酷い言われようだったが、悪い気はしなかった。

 いつもの日常が戻ってきた感覚がしたからだ。

 旅先でのバタバタした時間も、友人同士の悩みも、ふとした朝の空気がそっと緩めてくれる。

 アミがそっと味噌汁を口に運びながら、ふとこちらを見た。

 

「あの、その……さっきのお電話、いいお話だったんですか?」

 

 一瞬だけ迷ったが、俺は静かに頷いた。

 

「ま、いい知らせだったよ」

「そうですか……良かったです」

 

 俺の言葉に、アミは柔らかい笑みを浮かべた。

 

「でも、まだ結果が出たわけじゃないからな。ここからが本番だ」

「ふふ、なんだか、らしいですね」

 

 アミはそっと微笑んで、食卓の湯気越しに俺を見つめてきた。

 何というか、感慨深い気分である。

 

 アミは未来じゃ俺の推しであるバーチャルシンガーAMUREだ。

 やさぐれた雰囲気を身に纏い、軽快なトークと圧倒的な歌唱力が魅力的だった彼女とアミの纏う空気は一致しない。

 おそらく、俺がいたことで起きた昼休みのアフロディーテ事件がAMUREとしての分岐点だったのだろう。

 

 未来の推しの存在を消してしまった罪悪感はある。

 ただそれ以上に、アミにはもっと幸せになった上で栄光を掴みとってほしいという気持ちもある。

 もし彼女が音楽の道を歩み続けるというのならば、俺も手を貸すつもりだ。

 

「ふぅ……落ち着くな」

 

 俺は目の前の味噌汁を一口すする。愛夏らしい優しい味だった。

 口の中にじんわりと広がっていく出汁の風味に、ようやく心と体が朝を受け入れたような気がした。

 

「てかさぁ、みんな眠そうね」

「逆に何でお前と愛夏は元気なんだよ」

 

 二人にも未来の自分が入っていたというのに。

 やっぱり根本的な部分での体力が違うのかもしれない。

 

 昨日の夜に起こったことを考えれば、それも仕方ない。

 実際、俺だって未だに整理しきれていない部分がある。

 周りを見てみれば、全員がどこか気怠げな様子だった。

 

 テーブルに肘をついてボーっとしているナイト。

 欠伸をかみ殺しているゴワス。

 半目で船を漕いでいる喜屋武。

 

 寝ている間に未来の自分に乗っ取られていたんだ。憑かれて疲れているのだろう。

 それでも、こうして全員が揃って、朝ごはんを囲んでいる。

 この光景が、すでに奇跡のように思えてくる。

 

「さっさと食べるぞ。チェックアウトに間に合わなくなる」

 

 俺がそう言うと、ゆっくりと全員の手が箸に伸びた。

 それからチェックアウトの時間まで、俺たちは慌てて荷物をまとめた。

 使った布団を畳み、食器を洗い、乾かしていたタオルや水着をビニール袋に詰める。

 名残惜しい気持ちを抱きながら、それぞれが自分の役割をこなしていく。

 最後にもう一度リビングを見回すと、短いながらも濃密だった夏の記憶が、そこかしこに染み付いているように感じた。

 

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