疎遠になってた元ガキ大将のムチムチポニテ幼馴染との青春を高校生活から書き直す   作:サニキ リオ

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第126話 とりあえず、経費で

 ジュッと肉が網の上で音を立てる。

 香ばしい香りが立ちのぼる中、俺は黙々と肉をひっくり返し続けていた。

 

「……カナタ、ちょっとは食べなよ。焼いてばっかじゃん」

「気にするな。肉を焼くのは俺の領分だ」

 

 慣れた手つきで、網の中央からやや端に向けて焼き加減をずらす。

 分厚めのカルビは中火でじっくり。ハラミは脂が落ちやすいから外側。

 一周目の社会人時代、何度も焼肉奉行を務めた経験がこんなところで役立つとは。

 

 仕事のできない人間の生存戦略――それは飲み会など場で媚びを売ることだ。

 

 特に喫煙者ということもあって、営業さんや役員の人たちと仲が良かったことは大きい。

 とはいえ、給与査定でも年収ダウンを防げていたのは、当時の上司が俺のクソみたいな面談シートにフォローを入れて庇ってくれていたことが大きいとは後々知ったのだが。

 

「んー! これもおいしい!」

 

 シャトーブリアンを頬張るヨシノリは実に幸せそうな顔をしている。

 正直、その表情だけでお腹いっぱいだ。

 

「やっぱ、高級焼肉はうまいな」

 

 俺も隙を見て食べてはいるものの、焼肉の味なんて全部タレの味しかしないから違いはわからない。

 前に愛夏から「ビーフシチューだよ」と言われて食べたカレーを変な味のシチューだなと思いながら完食したこともある。

 

 おそらく、田中家随一のバカ舌の俺に高級焼肉なんて、猫に小判どころの騒ぎじゃない。

 以前、食事の描写の勉強と思って食事を味わって食べようとしたが、味の違いがわからない俺では無理があった。

 

 そもそも固形物って食べていると、ストレス溜まるんだよな。

 

「はぁ……幸せ……」

 

 ただヨシノリを見ていると、自分が楽しめない分楽しんでくれるため、悪い気はしない。

 なんならヨシノリが食レポをしてくれるため、俺自身は味がわからなくても問題ないことに気がつけた。

 経験しなければ書けないなんて言い訳だ。

 自分にない感覚は他所から持ってくればいいだけの話なのだから。

 

「ほら、次これ食べろ。焦げないないうちにな」

「はいはい、ありがとー……って、カナタ、マジで一口も食べてなくない?」

「ちゃんと食べてるから安心しろ」

 

 とは言いつつ、トングはついヨシノリの皿へと動いてしまう。

 

「もう、甘やかしすぎだって!」

 

 ヨシノリはそう言いながら、どこか嬉しそうに笑った。

 

「仕方ないだろ。自分で稼いだ金で奢る焼肉で喜んでくれるんだから」

「あれ、待って……もしかしてカナタ。賞金って初めて稼いだお金になるの?」

「まあ、そうなるな」

 

 一周目を除けば、だが。

 

「つまり、あたしはカナタの初任給で高級焼肉食べてるってこと!?」

「言われてみれば確かに、そうなるのか?」

「うわっ、やば……なんか急に感動してきた」

 

 ヨシノリが箸を持ったまま、じわりと目を潤ませている。

 

「ちょっと何泣きそうになってんだよ。焼肉くらいで泣くな」

「だってさ、カナタってそういうとこ、さらっとしてるけど……ホントはすごいことなんだよ?」

 

 どこか照れたような顔で、ヨシノリがそっとシャトーブリアンを口に運ぶ。

 ジュウ、という音と、炭の香ばしい匂いが俺たちの間を流れていく。

 

「……んまぁっ」

 

 ヨシノリがうっとりした顔で噛みしめ、場が和む。

 俺はそんな彼女をぼんやりと見遣る。

 これだけは言える。今の俺はちゃんとヨシノリを一人の人間として見ている。

 だからだろうか。

 

「なあ、ヨシノリ」

 

 自然と俺は今抱えている悩みについて打ち明けていた。

 

「改稿のことでちょっと、悩んでてさ」

 

 その一言に、ヨシノリの手が止まる。

 

「司馬蹴人ってキャラいるだろ。あのヒロインにちょっかい出してくる嫌な奴」

 

 司馬蹴人。今、改稿で悩んでいる一巻における敵役。

 

「あー、いたね。なんか、典型的なうざい悪役って感じの」

「典型的……だったんだけど、な」

 

 俺はトングを置き、手元の烏龍茶をひと口飲んだ。

 

「なんかさ、あいつをただの敵役として処理していいのかなって、思っちゃって」

「え?」

「ゴワスのこと、思い出して」

 

 その名前を出すと、ヨシノリの表情が少しだけ引き締まった。

 あいつをただの〝ムカつく悪役〟として処理してしまっていいのか。

 そう考えたとき、ゴワスとの一件が、頭から離れなかった。

 

「俺、ゴワスのこと嫌いだったんだよ。典型的な人を見下す奴で、俺と合わないタイプで」

 

 陰キャを見下し、自分勝手な振舞いを続けるゴワスが嫌いだった。

 でも、それは嫉妬からくる行き場のない感情の発露で、俺にも少なからず原因はあった。

 それに友達になってから、俺の小説を楽しそうに読んで笑ってくれるゴワスを見ていると、乱暴で自分勝手な一面は本当にただの一側面しかないのだと気が付いた。

 

「今はさ、わかるようになった。あいつにもちゃんとした感情があって、不器用ながらも誰かを想っててさ」

「うん……」

「もし蹴人にも、そういう背景があるとしたら――俺はそれを書くべきなのかなって」

 

 静かな時間が流れる。

 肉が網の上で静かに焼けて、油が跳ねる音だけが聞こえていた。

 

「はっきり言って、ざまぁ展開があるほうが読者はスカッとする。勧善懲悪はわかりやすいからな」

「そういうの多いもんね」

「キャラクターは物語の中で生きている。だからこそ、あいつを記号的なキャラにするのは違うんじゃないかって」

 

 網の上で焼ける肉をじっと見つめながら、俺は言葉を続けた。

 

「全部に意味を持たせてたら、話が重くなりすぎるかもしれないって思うんだ。伝えたいことがブレるというか、物語全体のバランスが崩れるというか」

「うん」

「どこまでリアルに描いて、どこまで娯楽として割り切るか。その線引きがわからなくなってきた」

 

 俺はもうアマチュアじゃない。商業作品を手掛けるプロだ。

 無料で読めるネット小説とは違う。

 金を出してまで俺の物語を呼んでくれる読者に楽しませなければいけないのだ。

 

「ウケは大事だけど、使い捨てにするのは違うんだよなぁ……」

 

 ヨシノリはその間、黙って俺の話を聞いてくれていた。

 

「あたしは難しいことなんてわからないけどさ」

 

 やがて、彼女はゆっくりと口を開いた。

 

「読者は〝カナタの書く物語〟を求めているんだと思う」

 

 そこに理屈も理論もない。

 あるのはただ、俺という人間を信じてくれる眼差しだった。

 

「いつの間にか、盛り上がる展開とか読者にウケる構成ばっか考えるようになって……原点、忘れてたのかもな」

 

 ヨシノリは笑わなかった。ただ、まっすぐにこっちを見つめていた。

 

「カナタの書くもの、あたしは好きだよ。たとえどんな敵が出てきても、カナタが考えて出した答えなら、きっとそれでいいと思う」

 

 言葉が、焼肉の煙に乗って、心の奥に染み渡っていく。

 自分の作品に対する、素直な視線と、まっすぐな気持ち。

 それを思い出させてくれる人が、すぐ隣にいる。

 それが、とても誇らしかった。

 

「……ありがとな、ヨシノリ」

「いいってことよ」

 

 網の上で焼けたハラミを、俺はそっと彼女の皿へと置いた。

 その後、食事も終わりヨシノリには先に外に出てもらって会計を済ませることにした。

 

「お会計五万七千八百円になります」

「いったなー……」

 

 まあ、誕プレでポメラもらったし、このくらいは安い物だろう。

 

「領収書ください」

 

 とりあえず、経費で落とそう。

 

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