疎遠になってた元ガキ大将のムチムチポニテ幼馴染との青春を高校生活から書き直す   作:サニキ リオ

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第150話 廃部

 放課後の漫研部室は、少しだけ弱くなった日差しが差し込んで、どこか静けさの漂う空間になっていた。

 机の向こうでは、トト先が黙々とGペンを走らせている。

 こめかみには止まった汗が一筋。言葉も発さず、ただ黙って作業していた。

 そんな中、ノックの音がして部室のドアが開いた。

 

「……失礼するよ」

 

 原先輩は沈んだ表情で部室に入ってきた。

 

「お疲れさまです、原先輩……来てくれたんですね」

 

 俺は自分から原先輩が来るのを待っていた。

 

「座ってください」

「ああ、悪いね」

 

 原先輩は部室の椅子に腰掛けると、周囲を一度見回した。

 

「伊藤さんもいるみたいだけど、作業の邪魔かな?」

「気にしないで」

 

 トト先は手を止めることなく、視線も向けないまま短く返した。

 俺は単刀直入に切り出す。

 

「俺たちに話があるんですよね」

 

 一瞬、彼の表情が固まった。だが、すぐにまた苦悶の表情へ変わる。

 

「夏のコミケの新刊、すり替えたのは僕たち文芸部だ」

 

「やっぱり、そうでしたか」

「気づいていたのか」

「俺だって信じたくなかったですよ」

 

 原先輩には一周目で世話になった。

 だからこそ、彼がこんなことをしたなんて信じたくはなかったのだ。

 

「伝票にはちゃんと〝K&K/新刊在中〟って書かれていた。だけど中身はまったく違った。よく見ると、伝票は本来貼られていた箱から剥がされた形跡がある」

 

 俺は、捨てずにとっておいたダンボールを取り出して原先輩に見せる。

 

「簡単なことです。中身をすり替えたんじゃなくて、伝票を剥がして、別の箱に貼っただけだったんです」

 

 沈黙が落ちた。トト先のペンの音だけがカリカリと響く。

 やがて、原先輩が深々と頭下げた。

 

「本当にすまなかった……」

「指示をしたのは釈部長ですよね」

「ああ、そうだ。だけど、実行犯は僕や他の出入りしていた文芸部員だ」

「あなたは真面目に創作活動に取り組むタイプの人間です。釈部長相手でも普通だったら止めてくれたと思います」

 

 俺は続けた。どうしても確かめたいことがあったからだ。

 

「止まれなかった理由には、〝小池ケイコ〟が関係していますよね?」

 

「「っ!」」

 

 その名前を口にした瞬間、原先輩の目が大きく見開かれた。そして、今まで黙々と作業をしていたトト先の手も、ぴたりと止まる。

 

「漫研が今使ってるサークル名、K&K。これはカク太郎とケイコの頭文字から来てる名前ですよね」

 

 俺はゆっくりと原先輩の表情を見据える。

 彼の目が、苦悶の色を浮かべながら揺れていた。

 

「どうして、それを」

 

 ようやく絞り出したその声は、震えていた。

 

「小池ケイコ先生の正体は――東海林先輩ですよね」

 

 トト先は無言のままだった。

 

「カナぴ。いつから?」

「東海林先輩にネームの描き方を教わったときに、彼女が昔漫画を描いていたことはわかっていました。あとは俺のペンネームを指摘したときにたぶんそうかなって思いました」

 

 田中カナタ

 

 俺と関りがあり、特にヨシノリの存在を知っている人間からすれば、ペンネームはあだ名由来のものだと思うだろう。

 

 それなのに、東海林先輩は最初から回文由来かと聞いてきた。

 

 こ・い・け・け・い・こ――自分のペンネームがそうだったからなのだろう。

 

「まあ、トト先との仲の良さから消去法で東海林先輩だろうなってなったのが大きいんですけど」

 

 そこで言葉を区切ると、俺は原先輩へと視線を戻す。

 

「原先輩は中学のとき、東海林先輩と同じだったんですよね。ケイコ先生として活動していた彼女の近くにいた人だった。そんな彼女が筆を折った原因であろうトト先を許せなかったんじゃないですか」

 

 原先輩はうつむき、唇を噛み締める。

 やがて、感情の波が溢れ出すように、彼は静かに呟いた。

 

「……最初は止めようとしたんだけどね」

 

 乾いた笑いを零して原先輩は自白する。

 

「ショージーだって新刊を売るために必死にできることをしたのは知っていたし、僕も新刊を作る大変さは知っている」

「だったら何で……」

「伊藤さんのこともそうだけど、田中君にも嫉妬していたんだ」

「俺、なんかに?」

 

 予想していなかった言葉に、思考が止まる。

 

「あの新刊を読んだ瞬間、脳が焼かれたような感覚だった。他の作品も同様だ。君が後輩として文芸部に入っていたらと思うとゾッとしてしまうくらいにね」

「そんな……」

 

 俺は言葉を失った。

 原先輩は俺にとって、唯一尊敬できた文芸部員だった。創作にまっすぐで、文章のルールも、全部教えてくれた。

 

 そんな彼が一周目で原先輩が執筆をやめてしまったのは……俺の、せいだったのか。

 

「それに許せなかったんだ。伊藤さんが田中君みたいな知り合ったばかりの天才と組んで、ショージーをただの踏み台にしたのが……どうしても許せなかったんだ」

 

 その言葉には、怒りや憎しみ、そして深い哀しみが込められていた。

 

「あんなに必死に、誰よりも努力していたショージーが! 隣にバケモノみたいな天才がいても折れずに漫画を描き続けていた作家としての彼女が……!」

 

 言葉が途切れ、喉を鳴らす音が聞こえた。

 

「その彼女が、心を殺して筆を折った。全部諦めて……それなのに、君は新しく現れた天才と何事もなかったように楽しげに組んで、創作して、成功して……!」

 

 原先輩は拳を握り込んで唇を噛む。

 

「勘違い。ミハリが漫画を描くのをやめたのは母親のせい」

「違う!」

 

 激昂した原先輩が机を叩いた。

 

「君は……何もわかってない!」

 

 その声に、トト先が顔を上げた。

 

「ショージーが筆を折ったのは、君が――」

「やめてよ!」

 

 突如、部屋に入ってきた東海林先輩の声が鋭く空気を裂いた。

 彼女の声を聞いた原先輩は、動きを止める。

 

「東海林先輩……」

 

 俺が思わず呼びかけると、彼女は静かに首を振った。

 

「お願い、原ちゃん。それ以上、言わないで」

 

 その声は、今にも泣き出しそうだった。

 

「でも、ショージー……だけど!」

「もういいの!」

 

 東海林先輩は涙を流しながら叫ぶ。

 

「これ以上、創作に向き合う人間を――君自身を侮辱しないで!」

 

 その言葉がトドメとなった。

 原先輩はその場に力なく崩れ落ちる。

 後日、原先輩を含め、今回の新刊すり替えに関わっていた人間は一週間の停学。

 

 そして、文芸部は今までの実績の薄さと恒常的な漫研への嫌がらせが露呈し――廃部となった。

 

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