疎遠になってた元ガキ大将のムチムチポニテ幼馴染との青春を高校生活から書き直す   作:サニキ リオ

154 / 408
第154話 小池美晴から小池ケイコへ

 私が絵を教え始めてから、都々ちゃんは親に強請ってGペンを買ってもらい、より作画作業に傾倒していった。

 都々ちゃんは黙々と絵を描いた。

 黙々と、黙々と、ただひたすらに。

 

 はじめは模写だった。

 私の描いた線をなぞるように真似ていただけだった。

 気がつくと彼女の線はどんどん滑らかになり、構図も、構成も、明らかに自分のものになっていった。

 私が見せたつもりのない技術まで、いつの間にか吸収していた。

 教えた覚えのない影の付け方、表情の緩急、人物の動き。

 それら全てを、彼女は静かに、着実に自分のものにしていった。

 そして、あるとき気がついた。

 

 あれ? 私より、Gペンの使い方うまくない?

 

 認めたくなかった。

 彼女は私の真似をしている。

 元をたどれば、私が教えた技術だ。

 彼女が描けるのは、私がいたからだ。

 

 そう思い込もうとしても、現実はどんどん私を追い越していった。

 

「伊藤さんの絵、すごいね!」

「すっげぇ! 天才じゃん!」

「へへ……そう、かな」

 

 気づけば、クラスで孤立していた少女の面影はなくなっていた。

 取っ掛かりさえあれば、誰かと仲良くなれる。

 その取っ掛かりが都々ちゃんにとっては絵だったのだ。

 みんなが私に向けていた尊敬の眼差しが、少しずつあの子に向き始めた。

 

「美晴ちゃん、最近はあんまり描いてないの?」

「最近はちょっとスランプなんだよね」

 

 そうやって冗談めかして笑う度に、心が乾いていくのを感じる。

 苦しい。描けば描くほど、線が震える。

 いつしか、私の絵は誰も見向きもしない代物に成り下がった。

 

 全部、奪われた。そう思ったけど、違う。

 私は全部、あげちゃったのだ。

 

「……いらないから、あげただけだし」

 

 簡単なことだ。

 都々ちゃんは本気で私に憧れて描いていたから、あんな速度で上達した。

 

 対する私はどうだ?

 

 大した努力もせずに、優遇された環境で得た実力に胡坐をかいていただけだ。

 絵を使って人気者になる必要なんてない。

 お父さんみたいな漫画家になりたければ、お父さんよりも必死になって努力しなければいけない。

 私は都々ちゃんに嫉妬する権利もない。

 週刊連載をしている父親がいて、家も裕福。

 優しい母親が家のことを全部やってくれている。

 漫画家を目指すうえでこれ以上ない環境にいる私は、言い訳ができない。

 

 だって、この結果はただの努力不足によるものなのだから。

 

 だから、今度は本気で漫画家を目指そう。

 自分のプライドを守るためでも、クラスでの立場を取り戻すためでもない。

 ただもう一度、あの頃のように描きたいと思える自分に戻りたかった。

 お小遣いは全て漫画の道具につぎ込んだ。

 

 とにかく目についたもの全てを模写した。

 デッサンに関する本は図書館に行けばいくらでもあるから、それを教材にして基礎を固めた。

 学校が終わったらすぐに帰って机に向かう。

 絵を描いて、描いて、描いて、描いて。

 気づけば、部屋にはスケッチブックの山ができていた。

 一冊描き終えるたびに少しずつ、ほんの少しずつだけれど、自分の絵に自信が持てるようになっていった。

 画力も構成力も、昔とは段違いに跳ね上がった。

 

「さすがミハリ。自分も頑張る」

 

 それでも、都々ちゃんにはまだ及ばない。

 私にも、まだまだ伸び代があるということだ。

 大丈夫。こっちはお父さんという現役週間連載漫画家の先生がいるのだ。

 基礎は自分で学びつつ、プロから技術を吸収する。

 この環境で努力し続ければ、負けるわけがないのだ。

 

「美晴。この〝小池ケイコ〟ってペンネームか?」

「うん。回文にしてみたんだ。オシャレでしょ」

 

 緊張と照れくささで、私は思わず笑ってしまった。

 お父さんは穏やかに微笑んでいた。

 それは、尊敬する漫画家としての顔ではなく、娘を見守る父親の顔だった。

 

「ああ、そうだな。お母さんの名前もかかってていい」

「お母さんの名前?」

 

 私は首を傾げた。

 ペンネームは単純に、左右どちらから読んでも同じになる響きが気に入って考えたものだった。

 

「恵はケイとも読める。ほら、恵の子でケイコだ」

 

 深く考えていなかった偶然の一致が、なぜかとても嬉しく感じられた。

 どうしようもない自分から生まれ変わる。

 私は小池美晴じゃなく、小池ケイコとして漫画を描いていくんだ。

 

「もう、お父さんとは暮らせないの」

 

 そう決意したのに、私の名前は強制的に東海林美晴へと変更されることになるのだった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。