疎遠になってた元ガキ大将のムチムチポニテ幼馴染との青春を高校生活から書き直す 作:サニキ リオ
中学二年生になった頃、とうとう漫画を描くことが禁止されてしまった。
お小遣いも廃止され、画材すら買えなくなった。
その程度で私が止まると思ったら大間違いだ。
「ちょっと、美晴! あなたまた絵を描いてるじゃない!」
「禁止はお母さんが勝手に言ってるだけでしょ。画材買えないから紙と鉛筆で描いてるだけだけど?」
学校ではノートに絵を描き、家ではチラシの上に絵を描き続けた。
描ければなんだってよかった。紙が汚れていようと、裏が広告で埋まっていようと関係ない。
描かないでいると、自分がどんどん薄くなっていく気がして怖かった。
「私の夢を潰したいのなら、暴力にでも訴えたら? 両手を切り落とされたら足で描くし、足を切り落としたら口で描くよ」
「あなたは、どこまで……!」
今思えば、私は極論に走るクソガキだったし、お母さんはただただ将来のことを心配して漫画へ傾倒する私に歯止めをかけたかっただけだったのだろう。
お父さんとのことがあって、漫画家という生き方にトラウマがあったのもきっと関係していた。
そんなこと、あの頃の私は理解なんてできなかった。
「私は夢を諦めないから」
私にとってあのときのお母さんは夢を阻む敵でしかなかった。
何があっても描き続ける。それが自分の存在証明だった。
それから私はお昼ご飯を抜いて、食事代を溜めるようになった。
漫画の賞に応募するための画材を揃えるためだ。
いつまでもGペンを都々ちゃんから借りるわけにはいかない。
私とは対照的に、都々ちゃんは両親に愛され、漫画を描きたいという気持ちを尊重してもらっていた。
描いたものは褒めてもらえるし、手伝ってもらうことだってあるそうだ。
いつの間にか、初めて会ったときとは立場が逆転していた。
昔は私が彼女の背中を押していたのに、今では完全に追い抜かれていた。
理不尽だ。どうして私だけが。
そんな悔しさすらも漫画の糧にして、私はひたすら突き進んだ。
「うん。やっぱりミハリの漫画は面白い」
「でしょ! 明日、学校終わったら持ち込みに行くんだ!」
半年かけて描き上げた原稿は渾身の出来で、都々ちゃんも目を輝かせていた。
「都々ちゃんは漫画家にはならないの?」
「自分は漫画が描ければなんでもいい」
「ふーん、そっか」
漫画家を目指して死に物狂いで努力している私に対して、都々ちゃんはただ漫画を描くことだけを好んでいた。もったいない。
好きだから描く。描きたいから描く。それ以上でも、それ以下でもない。
私は、結果が欲しかった。
才能だけじゃなく、努力も、過去も、傷も、全部を懸けて、何かを掴まなきゃ気が済まなかった。
この作品で、ようやく私の名前を誰かの目に焼きつけられるかもしれない。
気合いを入れ直して、私は原稿を一枚ずつ丁寧に確認しながら整えていた。
準備を万全に整える。それが今夜の私の全てだった。
「何をやってるの」
鋭い声が背後から飛んできた。反射的に肩が跳ねる。
振り返ると、部屋に入ってきたお母さんが私の手元を睨みつけていた。
机の上には、仕上げた原稿をさらに持ち込み用に手直している最中の原稿。
漫画を描くことは禁止されていた。
それでも、私は描き続けていた。
「成績をあげるまで漫画を描かないって約束でしょ!」
約束などしていない、一方的な枷だった。
覚えのない約束を、お母さんは振りかざしてくる。
「お母さんが勝手に言ってただけでしょ……」
我慢していた言葉が、思わず口を突いて出る。
「私は、やめるなんて言ってない!」
「いい加減にしなさい!」
お母さんの顔が怒りで歪み、机を力任せに叩いた。
その瞬間、机の端に置いてあったインク瓶が震えて、横倒しになった。
キャップは外れていた。中身はまだ半分以上残っていた。
音を立てて、黒く重たい液体が机の上に置いてあった原稿の上に流れ出す。
一瞬の出来事だった。
だけどその光景は、まるでスローモーションのように映った。
インクは最初に一枚を濡らし、次の紙との隙間に入り込み、次々と頁のあいだに染み出していく。
紙と紙のあいだを伝って、原稿用紙のすみずみに黒が滲んでいく。
それはまるで、血が流れているみたいだった。
キャラクターの顔が、背景が、吹き出しが、コマ割りが、トーンが。
半年かけて仕上げた私の全てが、ひとつずつ、インクに飲み込まれていった。
身を削り、魂を込めた我が子だった。
その子は、たった今殺された。
「あっ……」
先程まで激昂していたお母さんは、顔を青褪めさせてインクのぶちまけられた原稿を眺める。
自分が何をしてしまったのか。さすがに漫画家の妻をやっていたこともあって、それだけは理解はできたらしい。
「ごめんなさい、美晴、違うの。これは……ちが……」
声が震えていた。必死に取り繕おうとしていた。
でも、もう遅い。
「そっか。そこまで邪魔するんだ」
不思議と涙は出なかった。
ただ、胸の奥にぽっかりと大きな穴が空いたような感覚だけが残っていた。
怒りでも悲しみでもない。深い絶望。
「私がどれだけ頑張ってきたか、全部見てたでしょ」
声は静かだった。叫ぶことも、泣くこともなかった。
その代わりに、私の中で何かがゆっくりと崩れていく音がした。
「都々ちゃんはね、応援してもらってるんだよ。ちゃんと信じてもらってるの。私は違う。才能のない凡人は大人しく勉強して無難に就職しろって言いたいんでしょ」
「私は……あなたの未来が心配で……」
「じゃあなんで、未来を塗り潰すようなことするの?」
返事はなかった。お母さんは唇を噛み、視線を落としたまま動かなかった。
原稿の上に広がったインクが、じわじわと紙に染み込んでいく。
それはまるで私の未来が黒く塗り潰されているみたいだった。