疎遠になってた元ガキ大将のムチムチポニテ幼馴染との青春を高校生活から書き直す   作:サニキ リオ

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第158話 コミカライズ

 東海林先輩の過去を聞いた俺は言葉が出なかった。

 

「本当にバカだったよ。そりゃ大人は漫画しか描いてない子供なんて認めるわけないもんね……夢を叶えるためには、叶えられるであろう根拠を示さなきゃいけなかったんだ。もっと早く気がつきたかったよ」

 

 俺が二十代後半でやっと覚悟が決まって死ぬ気で執筆した五年間。

 それと同様、いやそれ以上の執念で東海林先輩は小学生のときから漫画を描き続けていたのだ。

 

 伊藤都々というバケモノが隣にいながら、自分のアイデンティティを奪われながら、彼女はずっと死ぬ気で戦い続けていた。

 それがどんなに辛く険しい道だったか、俺ですら想像の及ばないレベルである。

 

「というわけで、これが途中で心が折れた情けない絵描きの話でしたっと」

 

 冗談めかした口調とは裏腹に、その声にはどこか力がなかった。東海林先輩は、ベンチの背にもたれて夕焼け空を見上げていた。

 それでも、彼女は筆を折ったあと、ただ諦めて終わりにしたわけじゃなかった。

 

「漫画を描くのをやめてからは受験もあったし、普通に勉強するようになったんだけど」

 

 そこから続く言葉には、どこか静かな決意がこもっていた。

 

「都々ちゃんのそばにいたかった。描くことはできなくても、支えることはできるって思ったの」

「支えるって?」

「見せ方。届け方。読まれるための工夫。そういうの。原ちゃんには何度も、もう一度描いてくれって言われたけどね」

 

 彼女は、筆を折ったあとにマーケティングやプロモーションの分野を学んでいたのだろう。

 いや、その点は元々小池先生の影響もあって考えてはいたはずだ。

 よりそっちに重点を置いたというほうが正しいだろうか。

 

「漫画って、ただ描けば届くわけじゃない。どれだけ面白くても、知ってもらえなきゃ意味がないんだよ。都々ちゃんの絵はすごい。でも、そのすごさを届ける手段を持ってなかった」

「だから、自分がその手段になることにしたんですね」

「うん。SNSの活用、流行分析とか……どうすれば読まれるかって、そういうのばっかり調べてた。もちろん、勉強と並行してね」

「…………」

 

 俺は言葉を失っていた。

 東海林先輩は、描かない道を選んでも、ずっと創作の最前線に居続けたのだ。

 

「別に大したことじゃないよ。私には都々ちゃんみたいなセンスはなかった。だから、私なりに足掻いた結果が、それだったってだけ」

「それでも、やっぱり東海林先輩はすごい人だと思います」

 

 その一言に、東海林先輩の肩がかすかに揺れた。

 けれど、彼女の返事は、少しだけ寂しげなものだった。

 

「ありがとう、田中君。でも、結果が出せなきゃ意味ないからさ」

 

 どれだけ認めても、称えても、その声は届かないのだろう。

 だって、彼女は結果が出るまで努力をできなかった自分を責め続けているのだから。

 

 沈黙が流れた。

 ベンチに並んで座る俺たちの間には、生ぬるい風が吹いていた。

 東海林先輩はもう何も言わなかった。

 ただ、微笑んでいた。その笑みはどこか達観したような、あるいは諦めの滲んだそんな表情だった。

 

 俺は何か言葉をかけたかったけれど、どんな言葉も薄っぺらくなってしまいそうで、結局なにも言えなかった。

 そのとき、不意にスマホが震えた。

 

「ん、メール」

 

 ポケットから取り出して画面を覗き込む。通知は小説投稿サイトの運営からだった。

 

「またメンテナンスでも入るのか……」

 

 何気なく開いたその瞬間、目を疑った。

 

『〝カミラの聖剣~タイトル的にこいつが主人公でしょ!〟につきまして、他社様よりコミカライズ検討のご連絡が届いております。つきましては、ご対応の可否をご返信ください』

 

「……は?」

 

 口から漏れたのは、間の抜けた一言だった。

 目を擦って、もう一度見返す。けれど、内容は変わらない。

 見間違いでも、悪質なフィッシングでもない。

 間違いなく俺の投稿作品〝カミラの聖剣〟に、商業のコミカライズオファーが届いたのだ。

 信じられないという気持ちと、心の奥からわき上がってくる興奮。

 

「どうしたの、田中君?」

 

 だが、その興奮は急速に冷えていく。

 俺の隣には、たった今、自分の過去を語ってくれたばかりの東海林先輩がいた。

 

 どれだけ努力しても、報われなかった夢。

 どれだけ想いがあっても、踏み潰された夢。

 

 自分の全てを懸けて向き合った創作に、打ちのめされた過去。

 そんな先輩に。そんな彼女の前で。

 今、このタイミングで「俺、コミカライズ決まったんです!」なんて言えるわけがなかった。

 言葉が喉に詰まり、ただスマホを握りしめたまま俯く。

 まるで、誰かの幸せを踏みにじってしまうような罪悪感が胸を満たしていく。

 

「どうかした?」

 

 先輩が問いかけてくる。

 だけど、俺は笑ってごまかすしかなかった。

 

「いえ、なんでも。スパムみたいなやつです」

「そっか」

 

 彼女はそれ以上、追及してこなかった。

 空はすっかり茜色に染まり、街灯の明かりがぽつぽつと灯り始めていた。

 

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