疎遠になってた元ガキ大将のムチムチポニテ幼馴染との青春を高校生活から書き直す   作:サニキ リオ

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第169話 作画の最適解

 その後、正気に戻ったトト先に再度謝罪した。

 

「……もういい。直すとこは直す。キャラシート、ちょうだい」

「いや、絵柄が合わないのは仕方ないですし、編集さんには俺から言っておきますから」

「うるさい、やる。やらせて」

 

 あのとき、そのまま拗ねてやりたくないと言ってもおかしくなかった。

 それでも、トト先はカミラの聖剣を担当したいとは言ってくれた。

 

 ……トト先には悪いけど、このまま任せるのに不安があるのは事実だ。

 

「編集さんに見てもらって判断させてください。重ね重ねすみません」

「うん」

 

 トト先は、睨むでもなく、口を尖らせるでもなく、ただ無言で頷いてから帰っていった。

 部室に残された東海林先輩は目を伏せて呟く。

 

「……正直、都々ちゃんにカミラの聖剣の作画は厳しいかもね」

「トト先なら修正点を言えばなんとかなったりするんじゃ」

「しないよ。あの子、自分の才覚しか信じてないタイプで、とにかく描きたいが先行する。ポニテ馴染でわかったでしょ」

「それは、そうですね」

 

 一周目の未来で、トト先が同人作家をメインにして商業で漫画を連載していなかった理由はそれなのだろう。

 

「カミラの聖剣はトリックに重きを置くミステリーでありながら、コミカルな描写と合わせてキャラが立っている作品だもんね。都々ちゃんは人間関係や感情の揺れ動きを描写するのは得意だけど、トリックや伏線の部分を魅せるのは苦手なんだよね。キャラデザもこうすると見栄えがいいって考えが先行するし」

 

 東海林先輩はトト先の描いたキャラデザを見ながら続ける。

 

「特にキュリアはこの作品にとって裏の主人公のような存在だもんね。都々ちゃんは、その辺りを理解できてなかったんだろうね」

「ポニテ馴染はあんなに文句のつけようがない出来だったのに……」

「あれはラブコメだからね。相性が良かったんだよ」

 

 そう言うと、苦笑しながら東海林先輩はトト先のキャラデザを眺めた。

 編集の根本さんの言ってた通りだ。

 異世界ファンタジー、それも重厚な世界設定と緻密なキャラクター描写を要する作品の漫画化となると、画力が高いだけでは対応しきれない。

 

 小説と違って、漫画では一コマごとの演出や構図、キャラクターの仕草で語らなければならない情報が多すぎるのだ。

 トト先は天才だが、自分のセンスと衝動を優先して描いてしまう。

 

 カミラの聖剣という作品は、細かな伏線とキャラクターの内面の変化を拾い続けなければ成立しない。

 ふと、隣からブツブツと呟く声が耳に入った。

 

「……身長はカミラとアランの中間くらい、黒髪で瞳は茶色。クールだけど不意に浮かべた穏やかな表情が魅力的な大人の女性に……メイド服はヴィクトリア朝風かな。ロングヘアをまとめて帽子をかぶっていて、無駄な装飾はなし、特徴がなさ過ぎてもダメだから、吸血鬼になることを示唆する意味でも髪色は赤みがかった黒がいい……」

 

 東海林先輩は、まるで自分がキャラクターデザインを依頼されたかのように、静かに、しかし明確なビジョンを口にしていた。

 その横顔は真剣そのもので、クリエイターとしての熱が宿っているように見えた。

 

「鶏の獣人のアリスは見た目のインパクトを考えると、レグホーンを元にして下半身の肉付きは良くする。動きもポテポテって感じの擬音が聞こえてきそうなイメージか……背の高さは鶏冠込みでアランと同じくらいにするとバランスが良いかも……顔はデフォルメ感を出してヒヨコっぽくすると日常描写のコミカルさが出るかな……」

 

 東海林先輩は俺のイメージと寸分違わぬイメージを抱いていた。それも、身長など細かな部分についてまでだ。

 そういえば、小池ケイコ作の〝幻想八犬伝〟は、ケルト神話と南総里見八犬伝について細かく調べたであろうこだわりが見受けられた。何よりも、獣人の作画が圧倒的にうまかった。

 小池ケイコという作家について調べてできていたイラストも、画風はリアル寄りのものだった。

 この作品の作画担当にこれほど相応しい人がいるだろうか。

 

 この人しかいない――そんな思いが脳裏に過ぎる。

 

「東海林先輩。あの!」

「やらないよ」

 

 その声音は、優しくも、決して揺るがないものだった。

 

「今は都々ちゃんがやるって言ってるんでしょ。だったら私に頼むのは不義理だよ。あの子、少し突っ走るところはあるけど、描くことに真剣なのは間違いないんだから」

「……でも、もしトト先じゃ無理なら」

「無理だとしても、私にはできないよ」

 

 東海林先輩はそっと視線を落とし、手元の液タブの画面を指先でなぞった。

 そこには先ほどまで試し描きしていた、未完成なキャラクターの線画が表示されていた。

 

「私はもう、筆を折った人間だよ」

 

 その声はどこか遠く、寂しげだった。

 

「趣味で絵を描くことはあっても、プロなんて無理。知名度もない、技術だって中途半端なド下手が作画担当になったら……売れるものも売れなくなる」

 

 その言葉は自虐を越えて自傷だった。

 

「東海林先輩ならイメージを汲み取って描けると思います」

「ありがとう。その言葉だけで救われるよ」

 

 その笑顔は柔らかかったが、悲しみと諦めがにじんでいた。

 

「都々ちゃんの才能は本物だよ。多少の調整は必要かもしれないけど、彼女となら売れるものが作れる。私が出る幕なんてないよ」

 

 その場では、それ以上何も言えなかった。

 

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