疎遠になってた元ガキ大将のムチムチポニテ幼馴染との青春を高校生活から書き直す   作:サニキ リオ

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第172話 田中カナタの原点

 昔から本の世界が好きだった。

 外に出るのは疲れる。友達もいない。

 そんな僕にとって、近所の図書館で本を読み漁るのは、何よりも楽しい時間だった。

 

 その日も、幼稚園のすみっこにある池をじっと眺めていた。

 水面に浮かぶ金魚と、その下をぴょこぴょこと泳ぐオタマジャクシたち。

 黒い小さな影が、尾を揺らして泳ぐさまを、僕は飽きもせず目で追っていた。

 

「ねぇねぇ、何見てんの?」

 

 背後から声がかかる。振り返ると、スモックのポケットに手を突っ込んだまま、快活そうな男の子がのんびりと立っていた。

 

「池」

「へー、金魚とオタマジャクシいんじゃん。カエルもいっかなー?」

 

 彼は楽しそうに池を覗き込む。小さな池はそこまで広くないけど、色とりどりの生き物がそこには息づいていた。

 

「カエルなら、いるよ」

「え? どこに?」

 

 彼はきょろきょろと池の中を探し始める。

 

「ほら、あの黒くて小さいの。オタマジャクシはカエルの子供だよ」

「……えっ、そうなの?」

 

 彼の目が丸くなった。

 

「オタマジャクシは最初はしっぽだけで泳いでて、だんだん足がはえて、手もはえて、最後にしっぽがなくなって、カエルになるんだ」

「すっごー。じゃあ、あいつら全部カエルのなりかけってこと? じゃあ、まだ王子様じゃん!」

 

 王子様? と目をしばたたかせた僕に、彼は続ける。

 

「ほら、トノサマガエルっているじゃん!」

「ここにいるのはたぶんヒキガエルだと思うけど……」

 

 僕がつぶやいた瞬間、彼がふとこちらを見て首をかしげた。

 

「そういえばさ、お前、名前なんてーの?」

「……奏太。田中奏太」

「へー、奏太か。あたし、佐藤由紀。よろしく」

 

 由紀と名乗ったその子は、ニッと笑って手を差し出してきた。

 僕は戸惑いながらも、そっと手を握る。

 

 まさか女の子だったなんて。

 ショートカットで声も、動きも、男の子っぽかったからわからなかった。

 

「うーん……」

 

 女の子ということは、やっぱり将来は綺麗なお姉さんになるんだろうか。

 いまいち想像がつかない。

 目の前のオタマジャクシがカエルになるくらいの変化だ。

 

「はっ……王子様じゃなくて、お姫様……オヒメジャクシ」

 

 もしこの子がオタマジャクシみたいに、将来すごい美少女に成長したら。

 そんなふうに思った瞬間、あるアイディアが脳裏に浮かんだ。

 

 オタマジャクシのお姫様と金魚の物語。

 同じ魚と思っていたのに、いつかは姿が変わって住む場所も変わってしまう。

 

「オヒメジャクシって何?」

 

 考え込んでいたいたら由紀ちゃんが不思議そうな顔で僕を覗き込んでいた。

 

「ちょっとお話を思いついただけ」

「だったらさ! 今度のおゆうぎかい、何やるかって先生が考えてるとこだったから奏太がつくったお話、やろ!」

「僕の……おはなし?」

「うん。絶対、おもしろいよ!」

 

 それから少人数でやった劇は先生からも、お母さんたちからも好評だった。

 オヒメジャクシである水雪姫《みなゆきひめ》役の由紀ちゃんが、オタマジャクシからカエルに変身する演出は特に評判がよかった。

 

 段ボールで作った石の後ろで早着替えして、ドレスとウィッグで登場した姿に、観客は驚きと歓声をあげた。

 普段の男勝りな彼女を知っていたからこそ、その変化はなおさら劇的だったのだと思う。

 

「由紀ちゃん、ナイスお姫様! 綺麗だったよ!」

「ばっ、似合ってねぇよ。こんなの……」

「僕はそう思わないけど」

 

 すごく綺麗で、将来綺麗なお姉さんになるイメージができるくらいだったのに。

 

「そういや、役の名前、カエルは〝水雪姫《みなゆきひめ》〟だったけど、オタマジャクシのときは〝ヨシノリ〟ってなってたけど、これ何?」

「ああ、由紀ちゃんの漢字を違う読み方したら〝ヨシノリ〟って読めるんだ。お姫様って正体を隠すものだからね」

「お前、もう漢字読めるんだ……」

「僕の奏太も〝カナタ〟って、別の読み方ができるんだ」

 

 ちなみに、金魚のカナタ役は僕が演じていた。

 

「それで田中カナタを逆から読んでみて」

「た・な・か・か・な・た……すっごい! どっちから読んでも同じだ」

 

 由紀ちゃんの笑顔が、眩しくてたまらなかった。

 この子の笑顔を引き出せたことが、少しだけ自分を誇らしく感じさせてくれた。

 

「じゃあ、これからあたしのことはヨシノリって呼んで! あたしもカナタって呼ぶから」

「何が〝じゃあ〟なんだろう……」

 

 その理屈は全然わからなかったけど、嫌じゃなかった。むしろ、嬉しかった。

 

「カナタは物知りでお話もかけてすごいなぁ……未来は小説家だね!」

「あはは……いいかもね」

 

 それが、小説家田中カナタの原点だった。

 

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