疎遠になってた元ガキ大将のムチムチポニテ幼馴染との青春を高校生活から書き直す 作:サニキ リオ
ギター少女アフロディーテの進捗は順調だ。
俺のネームをトト先とケイコ先輩の二人がかりで漫画にしてくれる。
作業の割り振りとしては、人物を全てトト先が担当し、背景やギターなどの部分をケイコ先輩が担当している。
この二人が組んだらどうなるのかと思ったら、いいとこ取りのとんでもクオリティの作画になってしまった。
文化祭のコピー本の部誌であることがもったいないくらいである。
まあ、原稿データはあるし、後々印刷所に持って行って製本したものをコミケで売るのもあるかもしれない。
「それじゃあ、お先に失礼します」
「「お疲れー!」」
部室を出る際に声をかけると、生気に満ちあふれた返事が聞こえた。
この人たちもスケジュールキツイはずなのに、まるで疲れた様子がない。きっとアドレナリンドバドバ状態なのだろう。
俺も似たようなものだが、さすがに疲れが溜まり過ぎている。今日は帰って早めに寝よう。
一周目で過労死したこともあり、その辺は抜かりない。
体が出すSOSを無視するほど切迫している状況でもないからな。
廊下を歩いて昇降口へ向かっていると、背後から軽い足音が近づいてくる。
「田中だよね?」
振り返ると、黒髪マッシュの男子、多田野遊が立っていた。眼差しは柔らかいが、奥底に何かを測るような光がある。
敵意は感じられない。むしろ、こちらに興味を持っているようだ。
「時間ある? ちょっと飯でも行こうよ」
「ああ、まあ、いいぞ」
流れるように誘われたこともあり、断るタイミングを逃した。
桃太郎との関係を聞くにはいい機会かもしれない。これも取材の一環というやつだ。
駅に近いファミレスに入り、窓際の席に腰を下ろす。
水とメニューを持ってきた店員に注文を告げると、多田野は肘をつき、柔らかい笑みを浮かべた。
「急な誘いなのに、来てくれてありがとう」
「気にするな。俺もちょっと話してみたいと思ってたとこだ」
何せこいつは噂のクズベーシストだ。
何を持って浮気をしたのか。どうしてバンドという人間関係が重要なコミュニティを崩壊させるような真似をしたのか。
それを聞くことも小説の糧になると思ったのだ。
「単刀直入に聞く。どうして浮気なんてしたんだ?」
「直球だね」
俺の言葉に怒るでもなく、笑顔のまま多田野は答える。
「別に俺、浮気なんてしてないんだけど」
「ほう」
流れ変わったな。
「なんかボーカルの佳代から告白されて付き合ってみたんだけど、付き合ってみたらデメリットのほうが多くさ。うんざりしてたとき、別のバンドの寧子から告白されたから佳代と別れて付き合いだしたってだけだよ」
いや、何その状況。
「ちょっと待て、付き合っている期間はかぶってなかったんだよな?」
「そうそう。だけど、別れてすぐに付き合いだしたから裏でもう関係あっただろって言われて、参っちゃうよ」
うーん、これはどうなんだ?
「多田野。さすがに一方的すぎないか」
恋人という関係は、そんなに簡単に解消できるものだっただろうか。
「付き合ってほしいと言われたから付き合っただけで、恋愛感情が沸かなかったから別れるって普通じゃない?」
「そう、なのか?」
どうしよう。なんとなく多田野がダメなことは理解しているのだが、心の中で同意してしまう自分がいる。
「そもそも付き合わなきゃこんなに拗れなかったんじゃないか?」
「いやいや、せっかく向こうから言い寄ってきたんだよ? ノーコストで恋愛を体験できるチャンスじゃないか」
「おー……」
多田野の言葉になんとも言いがたい感情を覚える。
仮に多田野の立場だった場合、付き合うか付き合わないかで言えば、昔の俺なら間違いなく付き合うだろうから。
「俺は異性として佳代を見ていないと伝えた上で付き合ったんだ。それなのに、付き合った途端、練習をおろそかにするし、無駄に通話しようとしてくるし、桃には距離を取られるし、マジでいいことなかったからね。別れるのも当然だろ」
「まあ、それは確かに……てか、桃太郎とは仲良いのか?」
多田野は桃太郎に対して、ヤケに距離が近い気がする。
「桃とは幼馴染だ。だから、今まで通り仲良くしたかったのに、距離を取られて意味がわからなかったよ」
「桃太郎が気を遣ったんじゃないのか」
幼馴染でも彼女がいる相手と親しくしていたら、彼女が不安がるという話を聞いたことがある。
「気を遣う? ただの幼馴染なのに?」
その辺の事情を多田野はまるで理解していないようだった。
「恋人を作るってそういうもんじゃないのか。知らんけど」
俺だって彼女いない歴=年齢を二周目も継続中である。
執筆の邪魔になりそうだし、いろいろ知った今では進んで作ろうとも思えないが。
「ちなみに、今の彼女とはどうなんだ?」
「寧子は良い子だよ。連絡返さなくても文句言わないし、練習の邪魔もしない。本人も至って真面目に自分の練習に取り組んでるしね」
話を聞く限り、今の彼女とはうまくやっているようだ。
うまくやっているというか、多田野が何もしなくても向こうが合わせているだけな気がするが。
「だけど、付き合ってみてわかったのは、この経験は音楽に活かせそうにないってことかな」
深いため息をつくと、多田野は続ける。
「経験したことないことをしてみれば、新しい刺激になって良い曲かけると思ったんだけどなぁ」
「いや、それは違うだろ」
多田野の言葉に、俺はつい口を挟んでしまう。
「どんな経験も糧になる。むしろ、失敗したときこそ、糧になるってもんだ」
「失敗したときこそ、糧になる……」
「そうだ」
俺の言葉に、多田野は前のめりになって真剣な表情を浮かべる。
「今回の件でお前は人間関係の複雑さを身をもって知れた。それに加えて幼馴染である桃太郎が離れたことで寂しさも知れた。経験としては大豊作だと思うぞ」
「た、確かに……!」
多田野は目を輝かせる。
「ま、桃太郎はもうアミたちのバンドのドラムだ。その喪失感を持ったまま活動するのも、音楽の糧になるんじゃないのか?」
さりげなく、もう桃太郎にちょっかいをかけるなと言外に滲ませると、多田野は鼻息を荒くして告げる。
「ああ、その通りだね! なんだか、モヤモヤが晴れた気分だ」
「お、おう、良かったな」
「良い曲がかけそうだ。ありがとう! 参考になったよ!」
そこには幼馴染と疎遠になった喪失感よりも、音楽の糧になることを喜ぶネジの外れたベーシストの姿があった。