疎遠になってた元ガキ大将のムチムチポニテ幼馴染との青春を高校生活から書き直す   作:サニキ リオ

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第236話 秘密の場所

 午前中のシフトはどうにか終わったが、相変わらず客入りは上々で、残されたクラスメイトたちはまだ忙しそうにしている。

 アミと約束していたのはちょうどこの時間。廊下を歩いていくと、軽音部の練習音が聞こえてきた。

 本番前の最後の追い込みといったところだろうか。

 

「よう、精が出るな」

「あっ、カナタン!」

 

 部室に入ると、喜屋武が嬉しそうに駆け寄ってくる。

 

「本番前に悪いな、アミのこと借りるわ」

「いいんさー。どうせこの後はクズベーシストたちの練習時間だし」

「そういうこと。練習時間はこれで終わりだから、気にしないで」

 

 喜屋武に続いて桃太郎もドラムスティックを片付けながら声をかけてくる。

 それから小声で耳打ちしてきた。

 

「あと、アフロディーテのこと泣かせたら許さないから」

「えっ」

 

 ギロリと睨まれて言葉に詰まる。

 

「まあ、あんたの気持ちもあるだろうからこれ以上は突っ込まないけど……遊と同じことだけはしないで」

 

 最後にそう言うと、桃太郎は俺から離れる。

 

「カナタ君、クラスのほう任せっきりにしちゃってすみません!」

「気にするな。元々それも織り込んだ上でシフト組んでたから」

「さすがですね」

 

 俺の言葉に微笑むと、アミはギターを片してバックにしまって部室の端の方へと置いた。

 

「じゃあ、いきましょうか!」

「おう」

 

 こうして俺とアミの文化祭二日目の自由時間が始まった。

 さて、まずはどこに行くかだ。

 

「アミはどこ行きたい?」

「そうですね……人がたくさんいるところも楽しいのですが、少しだけ静かなところに行きたい気分です」

「静かなところ?」

「はい。屋上は……入れるのでしょうか?」

 

 意外な提案に目を瞬かせる。屋上は立ち入り禁止だが、入れるのだろうか。

 

「ま、試してみるか」

「ふふっ、もし入れなかったら、そのときは別の場所を考えましょう」

 

 そうして適当に出店で食べ物を買ってから二人で階段を上り、最上階に辿り着いた。

 鉄の扉には〝立入禁止〟とは書かれていない。恐る恐るノブを回すと、軽い音を立てて開いた。

 

「開いてたな」

「……わぁ」

 

 アミの小さな感嘆が風に溶けて消える。

 扉の先には、真っ青な空と校庭を一望できる視界が広がっていた。

 下では模擬店の行列やステージの演奏に集まる人の波。歓声や音楽が混じり合って遠くから響いてきて、それが心地よいBGM代わりになってくれる。

 アミの髪が風に揺れ、光を受けてきらきらと輝いていた。

 

「すごい……いつもの景色も見下ろすと別の場所みたいです」

「だな。視点を変えると同じものも違って見えてくるもんだ」

「その中に自分がいるんですよね。なんだか不思議です」

 

 アミは柵に近づき、両手でそっと握る。その横顔は普段以上に大人びて見えた。

 

「昨日のミスコン……見てもらえましたか?」

「もちろん」

 

 即答すると、アミは小さく息を吐いた。

 

「実は、あの自己紹介……ずっと言うか迷っていたんです。愛美麗と書いて〝アフロディーテ〟と読むなんて、大勢の前で言うのは恥ずかしくて……小さい頃は揶揄われてばかりでしたから」

「そうだったな」

 

 俺は春先に起きた〝昼休みのアフロディーテ事件〟のことを思い出す。

 あれがあったからこそ、アミは喜屋武たちとバンドを組むことになったんだよな……。

 

「昨日思い切って口にしたら……皆さん盛り上がってくれて、受け入れてくれた気がして。少しだけ、この名前を好きになれたかもしれません」

 

 彼女は風に髪を揺らしながら微笑む。その表情に、胸の奥が温かくなる。

 

「この名前を好きになれたのは、カナタ君のおかげです」

「俺はきっかけを作っただけだ。勇気を出して一歩踏み出したのはアミ自身の努力だ」

「ふふっ、まだまだです。だって、結果が出るまでやるのが努力ですから」

 

 俺の口癖を真似てアミは柔らかい笑みを浮かべる。

 

「正直、あの場で一番印象に残ったのはアミだったと思う。名前も演奏も、全部含めて」

「……ありがとうございます。カナタ君にそう言っていただけると、報われます」

 

 顔を赤くして視線を落とす姿に、思わずこちらも照れそうになる。

 しばらく無言で並んで立っていたが、やがてアミが口を開いた。

 

「でも、カナタ君の一番はとれませんでしたね」

「ん?」

「だって、カナタ君は由紀ちゃんに夢中だったんですよね」

 

 その声音には、どこか寂しさが含まれているような気がした。

 

「カナタ君にとって、私は友達ですか?」

「ああ、かけがえのない友達だ」

 

 そして、未来の推しでもある。

 俺にとって、彼女はずっと俺の夢を支えてくれた。

 だからこそ、一周目でも結果を出したかったところではあるんだけどな。

 

「今日の午後は、いよいよ軽音部のライブです」

「緊張してる?」

「はい。とても」

 

 素直すぎる答えに苦笑する。

 

「でも、怖くても、きっとやれると信じてみようと思います」

 

 アミの声は真剣だった。 

 

「だから、全部ひっくり返してみせます。今までの自分もカナタ君の価値観も」

「それって、どういう……」

 

 言葉を探して口ごもる俺に、アミは小さく笑みを浮かべた。 

 

「ここ、秘密の場所みたいですね。二人だけで学校を見下ろしているなんて」

「そう、だな」

 

 喧騒から切り離された小さな世界。隣には、真剣に夢を追う少女。

 その静寂も、校内放送のアナウンスで破られる。

 

『まもなく午後のステージ発表を開始いたします。観覧を希望する方は体育館へお集まりください』

「もうそんな時間ですか」

 

 アミが名残惜しそうに柵から手を離した。

 

「行こうか」

「はい」

 

 俺たちは並んで階段を下りていく。

 

「カナタ君。ライブが終わったらまたここで会ってくれませんか?」

「いいけど、何で?」

「大事な話があるからです」

 

 それだけ言うと、アミはそそくさとライブ会場へと向かっていく。

 俺は黙ってその背中を見送った。

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