疎遠になってた元ガキ大将のムチムチポニテ幼馴染との青春を高校生活から書き直す 作:サニキ リオ
アミたちがステージの袖に引っ込んでも、観客たちは熱に浮かされたままだった。
文化祭はプログラム通りに進行する。だから、ライブもここで終わり。
みんな、そう思っていることだろう。
鉄は熱いうちに打て、だ。
「アンコール! アンコール!」
拍手が収まっていくのに、合わせてそう告げる。
「アンコール! アンコール! ……これでいいんでしょ?」
ヨシノリも俺の意を汲んで声を張り上げてくれる。
「「「アンコール! アンコール!」」」
それに合わせて、岡先輩に頼んでいた仕込み要員も一緒に声を張り上げる。
ファーストペンギン。誰かが飛び込めば、あとは続くだけだ。
最初は戸惑っていた観客も、数秒もすれば波に飲まれるように同じ言葉を繰り返していく。
こういうイレギュラーに見えるような事態もステージを盛り上げるスパイスだ。
ステージ袖にいた岡先輩が、マイクを片手に飛び出してくる。
『みんなの声、届いてるよ! Named Monster! どうだ、もう一曲いけるか!?』
観客から、悲鳴のような歓声があがった。
俺は心の中でガッツポーズを作る。完全に空気を持っていった。
岡先輩には、ステージの使用時間を事前に調整してもらっている。
何も知らない観客から見れば、最高の演奏をしたNamed Monsterの演奏をまだ聞きたい観客のために岡先輩が融通を利かせたように見える。
それもまたこのギター少女アフロディーテの物語を盛り上げる一因になるだろう。
岡先輩の煽りに応じるように、観客たちのボルテージは一気に跳ね上がった。
『うおおおおお!』
『Named Monster! もう一曲! もう一曲!』
声は渦を巻き、校庭全体を揺らす。
さっきまでのステージが頂点だったと思っていた誰もが、次の瞬間には〝もっと見たい〟と欲している。
ステージ袖がざわめいた。
屋外ステージを熱狂の渦に叩き込んだ三人が再び現れる。
『キャ―――!』
悲鳴に近い歓声が飛び交う。
アミ、鳴久、桃太郎。Named Monsterの三人だ。
既に汗で髪が張りつき、息も荒いはずなのに、その姿はむしろ清々しくすら見える。
アミがマイクを手に取る。少し肩で息をしながら、それでも笑顔を崩さずに。
『えっと……本当はここで終わりの予定だったんですけど……』
観客が一斉に「ええー!」と声を上げる。アミはそれを待っていたかのように、少し悪戯っぽく笑った。
『でも、みんながあんなに呼んでくれたから……せっかくだし、もう一曲だけ! やってもいいですか?』
『いけええええ!』
『待ってましたー!』
割れんばかりの喝采。
アミは一瞬後ろを振り返り、仲間たちとアイコンタクトを交わした。
桃太郎がスティックをくるりと回し、鳴久がベースを軽く叩いて合図を送る。
全部、仕込み通りだ。
即興に見せかけて、あらかじめ決めていた曲。
アミは深呼吸し、もう一度マイクを握った。
『最後に……この曲を。みんなで一緒に歌ってくれたら嬉しいです』
そして、ジャーン、とギターの音色が響く。
それは誰もが一度は耳にしたことのある、時代も世代も超えて歌い継がれてきた名曲。
そして、俺にとっても大きな転機となった曲でもある。
『広い宇宙の数ある一つ♪ 青い地球の広い世界で♪』
アミの声が、静かに、優しく、会場を包み込む。
先ほどまで疾走感と熱狂で走り抜けたステージとは違う。
今度は、心にまっすぐ染み込んでくるような歌声だった。
観客の誰かが、思わず口ずさむ。
その声が隣に伝わり、また隣へ伝わり、やがて数十、数百の合唱となる。
桃太郎のドラムがビートを刻み、鳴久のベースは柔らかく支えに回る。
音楽は演奏から共有に変わり、グラウンド全体が一つの大きな楽器のように震えていた。
『ほ~ら♪ あなたにとって♪ 大事な人ほど♪ すぐ~そばにいるの~♪』
アミの声は、震えることなく、けれど決して押し付けがましくなく。
ただ〝届いてほしい〟という願いを込めて歌い続ける。
彼女の顔は、誰よりも楽しそうで、そして誇らしげだった。
『ほら!』
間奏で喜屋武が叫ぶ。ベースを跳ねさせながら、客席を煽る。
『みんなで歌おう! まだ声出せるでしょー!』
拳が上がり、手拍子が鳴り、声が響く。
観客とステージの境界は完全に消え去り、ただひとつの歌が夜空に放たれていく。
ラスサビでアミが全身で声を絞り出す。
『た~だ♪ あなたにだけ♪ 届いて欲しい♪ 響~け恋の歌~♪』
彼女の声は、きっと歌と同じくらい真っ直ぐに観客の胸へ届いているはずだ。
そして、俺の胸にもしっかりと届いていた。
そうだ。俺にとって大事な人はすぐ傍にいたんだ。
何でこんな大事なことを忘れていたのだろう。
「ヨシノリ、俺さ……お前のことが好きだ。ずっと前からお前のことが好きだったんだ」
「えっ、何? ごめん、もっかい言って!」
だが、辛うじて辿り着いた答えは音と熱狂にかき消されてしまった。
「あれ……俺は、なんて言ったんだ……ごめん、忘れた!」
「あははっ、何それ!」
まあ、いいか。今はアミの演奏に集中しよう。
『響け恋の歌♪』
涙を拭う人。友達と肩を組んで歌う人。跳ねながら笑っている人。
誰もが、この瞬間だけは同じ歌を共有している仲間だった。
最後のコードが鳴り響く。
桃太郎のシンバルが夜空を切り裂き、音がふっと途切れる。
訪れた一瞬の静寂を破ったのは、校庭を揺らすような大歓声だった。
「うおおおおおおおお!」
「最高ー!」
「Named Monsterありがとう!」
三人は肩を並べ、深々とお辞儀をした。
アミはマイクを通さず、素の声で叫ぶ。
「ありがとうございました! 本当にありがとう!」
夢を通してでも何でもいい。
俺の夢を取り戻してくれた推しがこの光景を見てくれていることを願うばかりだ。