疎遠になってた元ガキ大将のムチムチポニテ幼馴染との青春を高校生活から書き直す   作:サニキ リオ

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第244話 小さな恋

 それは一周目のこと。

 就職してから毎日のようにミスをして上司から叱られ、自分が大卒以外価値のない人間だとわからされた。

 社会人になってからの俺は、小説に割ける時間も気力もほとんど失っていた。

 机に向かってキーボードを叩く手が止まり、大賞の締め切りが近づくたびにもう無理かもしれない。こんなことをして何になる。そんな考えが頭を過ぎる。

 給料をもらうために毎日をやり過ごす。その度に、熱狂や創作の火種が、いつのまにか小さな灰に変わっていく。

 

 逃げるようにU-tubeでショート動画をスクロールして一日を浪費する。

 AIを使っためちゃくちゃな動画、スカッと系のショートストーリー、短い歌ってみた動画。

 その中でもスクロールの手を止め、しばらくリピートしたままにしてしまった動画があった。

 まだ登録者数もそんなにいないバーチャルシンガーAMUREが、歌っていた有名曲のカバーだ。

 

 耳に入ってきたのは飾りのない、でも確かな熱量を持った声。

 その歌声は差し込む光のように、錆びついた心をじんわりと溶かしていった。

 その瞬間、俺は昔のことを思い出した。

 幼稚園でヨシノリと初めて出会った日のこと。俺が小説家を目指すことになった原点。

 

 AMUREの歌は、失いかけていた〝書く理由〟を思い出させてくれた。

 短いクリップの後、俺は机に向かい直し、少しずつでも文章を書き続ける決意を取り戻した。

 だからこそ、AMUREは俺にとって推しになったのだ。

 

「待たせたな、アミ」

 

 屋上は、いつもより静かだった。

 文化祭二日目の片づけが始まっていて、校庭や廊下からはがやがやとした声や机を動かす音が聞こえてくる。だが、ここまで上がってくる人はほとんどいない。秋の空気は少しひんやりしていて、吹き抜ける風が一日分の熱気をさらっていくようだった。

 フェンスの向こう、校庭のあちこちでは段ボールや木材が積まれ、クラスごとの看板が外されている。祭りのあとの寂しさと、それを包み込む夜空。そんな風景を眺めながら、俺は小さく息をついた。

 

「来てくれてありがとうございます」

 

 そこに立っていたのは、ステージ衣装のままギターを抱えたアミだった。

 ポニーテールを解いた髪が、風に揺れて光を拾っている。

 彼女の瞳は、いつものおっとりした色よりもずっと真剣に見えた。

 アミはフェンス近くまで歩き、手すりに軽く手を添える。校庭を見下ろしながらも、すぐに俺の方へ振り向いた。

 

「今日まで、本当にありがとうございました」

「え?」

「バンドのこと、文化祭全部……カナタ君がいてくれたから、私はここまで頑張れたんです。 Named Monster のステージも、〝ギター少女アフロディーテ〟も。あのとき、勇気を出せたのは、カナタ君のおかげです」

 

 深く頭を下げるアミ。その姿に、胸がざわつく。

 それはただの感謝ではなかった。彼女は真っ直ぐ顔を上げ、息を吸い込む。

 

「一曲、聞いてください」

 

 アミは静かにギターを弾きながら優しく歌う。

 アンコールで歌った曲。俺にとっても思い入れの強い曲だ。

 それを聞いた瞬間、歪められ鎮静化された感情が蘇る。

 アミが曲を弾き終わると、俺の頬を自然と涙が伝う。

 そして、アミは静かに告げる。

 

「……私、カナタ君のことが好きです」

 

 夜風が一瞬だけ止まったように感じた。

 目の前のアミは、震えていた。けれどその言葉には迷いがなく、彼女の心そのものが込められていると分かった。

 

 俺は視線を落とし、しばらく答えられずにいた。

 文化祭の熱気。歓声。アンコール。すべてがまだ耳に残っている。その中心で、アミはずっと輝いていた。

 

 胸が苦しい。こんなの初めての感覚だ。

 ああ、そうか――

 

「……ごめん、俺はアミの気持ちには応えられない」

 

 真っ直ぐに向けられた好意に応えられないのは、こんなにも苦しいんだ。

 

 口をついて出た言葉に、アミの肩がわずかに震える。

 

「アミの気持ちは、すごく嬉しい。だけど……好きな人がいるんだ」

 

 言葉を選びながら、必死に伝える。

 彼女を傷つけたくはなかった。だが、中途半端な優しさで返すのはもっと酷い。

 

「俺はヨシノリのことが――ぐぅ!?」

 

 辿り着いた答えを口にしようとした途端、激しい頭痛が襲う。

 まるで世界がその感情に辿り着くことを拒んでいるようだった。

 

「大丈夫ですか、カナタ君!」

「ああ、大丈夫だ……!」

 

 邪魔をするな。俺はここでアミに言わなければいけないんだ。

 ようやくわかった。俺の感情が強制的に鎮静化されるのは、このタイムリープの代償なのだろう。

 そんな中、俺の原点たる感情を思い出させてくれるのは、推しの歌声だった。

 だから、俺はハッキリと言わなければならない。

 

「俺が、好きなのは……ヨシノリ、だ」

 

 アミは一度だけ目を伏せ、唇を噛んだ。そして、ゆっくりと息を吐く。

 

「……そうですよね。わかってました」

「アミ……」

「いいんです。断られることくらい、わかっていましたから。それでも、言わなきゃいけないって思ったんです。言わないままじゃ、ずっと後悔する気がして」

 

 そう言って笑う彼女の顔は、涙をこらえていたけれど、どこか晴れやかだった。

 

「私に恋をさせてくれてありがとうございました」

 

 月明りに照らされたその笑顔を、俺は忘れられないと思った。

 そして、自分の胸の奥に沈む痛みを飲み込む。

 

「……礼を言いたいのはこっちのほうだ」

 

 俺はそう答えるのが精いっぱいだった。

 文化祭の喧騒は少しずつ遠ざかり、屋上には暗い空と二人分の影だけが残っていた。

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