疎遠になってた元ガキ大将のムチムチポニテ幼馴染との青春を高校生活から書き直す 作:サニキ リオ
第248話 入社三年目の給料泥棒
俺の勤めている株式会社リブライズは、いわゆるITベンチャー企業だ。
主な業務はマーケティングとデータ分析とWEBページ作成。
俺の所属するマーケティング部WEBページ作成チームでは、営業部から回ってきた案件を元にWEBページの作成を行っている。
SEといえば聞こえはいいが、実際のところ俺は開発部が作ったシステムを使って指示書の内容を順番に記載しているだけだ。
俺はモニターに映るRubymineの画面を見つめながら、ため息を押し殺す。
作業が遅いせいで手持ちのタスクは溜まっていくばかり。
システム上チケットと呼ばれるこのタスクは、エクセルで出力してチーム全体でどれくらい業務を行っているかが可視化できる。
俺のチケット消化率は、どれだけ数字を誤魔化そうとしても明らかに低すぎた。
今期も目標未達が確定だ。胃がキリキリと痛む。
「田中君、面談の時間。会議室に来て」
隣の席から直接声がかかった。
顔を上げると、ノートパソコンを持った上司であるリリさんが立っていた。
肩口で切り揃えた黒髪に、ウェリントン型のメガネ。メイクは控えめだが、知的で洗練された雰囲気を纏っている。まさに、シゴデキオーラ満載の女性だ。
俺より五つほど年上らしいが、具体的な年齢は知らない。
WEBページ作成チームのリーダーであり、直属の上司でもある。
会議室に入ると、彼女は書類を机に広げ、淡々と口を開いた。
「目標は、今回も未達ね」
予想していた言葉だが、やはり胸に突き刺さる。
「Rubymineのチケット消化率だけど……この数値はいくらなんでも低すぎるよ」
資料を指差しながら、冷たい視線を向けられる。
「僕がやろうと思っても、その……チケットにリリさんの名前が入っていたので。リリさんが仕事出来すぎるから、と言いますか、そもそも目標のハードルがちょっと高いというか……」
口をついて出た言葉は、自分でもわかるくらい拗ねた響きだった。
本気で反論したわけじゃない。ただ、どうしても惨めさをごまかしたくて。
リリさんは一瞬だけ眉を動かしたが、すぐに冷静な口調に戻った。
「田中君、今年で何年目? 三年目でしょ。そろそろチームとして仕事をしているって自覚をもってほしいの」
「はい」
「君なりに頑張ってはいるんだろうけど、会社という組織に所属する以上、何かしらの結果は出さないといけないの」
「……はい」
その後も、具体的な改善策の例や面談シートの書き方への注意を並べられる。
正論だ。全部正しい。
正しいからこそ、頭では理解できても、そんなこと言われてもこっちは手一杯なんだよと言いたくなってしまう。
「それじゃあ、何もなければ終わるけど、聞きたいことや言いたいことはある?」
「……大丈夫です」
「本当に? 今じゃなくても、何かあったらすぐ報告するんだよ。今期もよろしくね」
短くそう告げられ、会議室を出る。
肩が重い。背中を丸めながら、自分のデスクに戻る気力もなく、ふらふらと廊下を歩いた。
結局、向かった先はビルの外にある喫煙所だった。
冬の風が肌を撫でる。照明に照らされた灰皿の前で一人煙草を咥える。
肺を煙で満たした瞬間、胸の奥に溜まったものが少しだけ吐き出される気がした。
「おっ、田中君。面談終わったのかー。お疲れちゃん」
「……ノラさん。お疲れ様です」
声をかけてきたのは営業部のノラさんこと
スーツの上着をラフに脱ぎ、ネクタイをゆるめている。どこか気さくで、俺にとって数少ない心を許せる人だった。
「リリちゃん怖ぇもんな」
「い、いえ、そんなことは……!」
煙を吐きながら誤魔化すと、ノラさんは苦笑した。
「そう嫌ってやらないでくれよ、田中君。リリちゃん、裏では君のこと庇ってんだから」
「え?」
「上から詰められてるみたいだけど『田中君は着実に成長しているので、もう少し長い目で見ていただけませんか』って言ってるんだぜ?」
「リリさんが?」
「そう。あの人、厳しいけど……優しいんだよ」
信じられなかった。
あの冷徹に見えるリリさんが、俺を庇ってくれていたなんて。
「あの人の期待に応えられるかはお前次第だけどな」
そう言ってノラさんは肩を叩き、笑って煙を吐き出した。
「ま、一つだけ言えるのは、何年経とうがリリちゃんだけは君を見捨てないってことだ。そんじゃ、先に戻ってるわ」
高層ビルの隙間から見える夕暮れの空は、どこか遠く冷たく輝いている。
厳しさの裏に優しさがあると知った。
それでも、素直に前を向けるほどの強さはなかった。
「……給料泥棒の俺に、そんな価値ないっての」
自嘲気味に呟いた声は、煙と一緒に霧散していく。
タバコの火が消え、俺の心に残ったのは、変わらない灰色の現実だけだった。