疎遠になってた元ガキ大将のムチムチポニテ幼馴染との青春を高校生活から書き直す 作:サニキ リオ
それからの午後、俺たちは秋葉原をぐるりと回った。
アニメショップ、ゲームショップ、服屋、雑貨店など、存分に秋葉原を満喫したと思う。
その間ずっと、ヨシノリのテンションは妙に低かった。
牛タン屋を出たときまでは笑っていたのに、いつのまにか口数が減り、時折スマホをいじるふりをして目を逸らす。
ゴワスたちと別れてからずっとだ。
「寒くなってきたな」
「うん」
短い返事。視線を向けてみれば、ヨシノリは不機嫌そうに頬を膨らませていた。
そのまま夕方になり、秋葉原の街が暗がりに染まる。
そこから予約していた店に向かって山手線に乗る。
目的地は渋谷。駅から少し歩いたところにある、落ち着いた雰囲気のダイナー。
ガラス張りの店内からは青白いイルミネーションが見えて、クリスマスディナーにはちょうどいい雰囲気だった。
ヨシノリの機嫌さえよければ、だが。
注文を済ませて、ようやく腰を落ち着けたころ。
ヨシノリは小さくため息をついた。
「……ねぇ、カナタ」
「ん?」
「藍梨ちゃんにサインしてたとき、楽しそうだったね」
「まあ、初めて求められたしな。あれは嬉しかったよ」
「……うん」
そう言って彼女は水のグラスをいじる。
その指先が、少しだけ震えていた。
「……一番最初にサインしてもらうの、あたしがよかったのに」
その言葉は、まるで溶けかけた氷みたいに、ゆっくり胸に染み込んできた。
怒っているわけじゃない。
ただ、ほんの少し寂しそうな声だった。
「あー……そういうことか」
「別に責めてるわけじゃないけど、なんか悔しいんだよね」
ヨシノリは笑いながらも、目を伏せた。
そのまま少しの沈黙が落ちる。
店内のスピーカーからは、控えめなクリスマスソング。
テーブルのキャンドルが、彼女の頬を柔らかく照らしていた。
「何ていうか、その、すまん」
これは迂闊だった。
こんなことになるくらいなら最初に渡しておけばよかった。
「ヨシノリ、これ」
俺は鞄の中から一冊の文庫本を取り出した。
表紙には俺とトト先のペンネームとタイトル。
発売日に届いた献本のうち、最初にサインを書いた一冊だった。
「クリスマスプレゼント」
そう言って差し出すと、ヨシノリの目が一瞬丸くなった。
「……え?」
「正真正銘、献本で届いた中から一番最初に俺がサインを書いた一冊だ」
ヨシノリは一瞬ぽかんとして、それからゆっくり両手で本を受け取った。
表紙を見つめ、指先でサインの文字をなぞる。
「ずるいよ、カナタ」
「何が」
「そんなタイミングで渡されたら、泣けって言ってるみたいじゃん」
「泣いてもいいぞ。泣かれ慣れてないけど」
「ばーか」
彼女は照れくさそうに笑いながら、顔を少し俯けた。
目尻がほんのり潤んで、キャンドルの光がそこに映る。
「ありがと。マジで一生の宝物にする」
「大袈裟だな」
「大袈裟じゃないよ。ずっと見てきたんだもん」
ヨシノリはページを大切そうに閉じ、両手で本を包み込んだ。
「この本がカナタの夢の第一歩で、あたしがその最初の証人。なんか、それだけで最高のプレゼントだよ」
「そりゃ安上がりで助かる。献本は0円だからな」
「うるさい」
軽く突っつかれながら、二人で笑い合う。
外の通りには、無数のイルミネーション。
都会の夜に雪は降らないけど、それでも街がきらめいて見えるのは、きっとこういう瞬間のせいだ。
窓の外を見つめながら、俺はふと思った。
俺が書き直したかった青春は、すぐそこにある。
「最高のプレゼントのあとで渡しづらいんだけど、もう一つ渡したいものがある」
「まだなんかあるの?」
「誕生日おめでとう」
テーブルの上に、小さな箱を置いた。
赤いリボンがかけられた、手のひらほどのサイズ。
ヨシノリはきょとんと目を瞬かせた。
「どうして……」
「覚えてるからだよ。クリスマスと誕生日を一緒にされるのが嫌だったことも、〝どうせプレゼント一個だし〟って拗ねてたことも」
「あはは、そんなこともあったね」
「安心しろ。今回はちゃんと別々だ。クリスマスは本、誕生日はそれだ」
「っ!」
ヨシノリの目が一瞬だけ潤む。
唇がわずかに震えて、視線を落としたまま、小さな声で言った。
「カナタって、ほんとずるい」
「またそれか」
「だって、普段は人の気持ちなんて考えられない執筆マシーンの癖に、肝心なところでは外さないし」
そうだろうか。結構外しまくりだった気がするのだが……。
ヨシノリは顔を上げる。
いつもの明るい笑顔じゃなく、少し照れくさそうで、まっすぐな笑顔だった。
「開けてもいい?」
「もちろん」
リボンをほどくと、中から出てきたのは繊細な銀細工のヘアピンだ。
先端には小さな羽のモチーフがついていて、光の加減で淡く青く光る。
正直、こういうプレゼントに関してセンスはないだろうから、あまり自信はない。
ヨシノリは黙ったまま、ピンを指先で撫でていた。
光沢がキャンドルの明かりを反射して、まるで氷の結晶みたいにきらめく。
「可愛い……ありがとう。すっごく嬉しい!」
「似合うと思っただけだ。ほら、つけてみろよ」
髪をほどき、ポニーテールを少しだけ結び直すと、銀の羽が耳元で揺れた。
それは、彼女の雰囲気をふわりと変える魔法みたいだった。
「……どう?」
「うん。悪くない。むしろ似合いすぎ」
「へへ、そうでしょ?」
照れたように笑う彼女の頬が、キャンドルの光で赤く染まっていた。
「カナタ」
「ん?」
「来年もさ、また一緒にいようね」
「ああ」
フォークを持つ手が、自然に隣の手に触れる。
その温度だけで、夜の寒さなんてどうでもよくなった。