疎遠になってた元ガキ大将のムチムチポニテ幼馴染との青春を高校生活から書き直す 作:サニキ リオ
放課後の職員室は、暖房の風がゆるやかに漂っていた。
乾いた温気が書類の紙をわずかに揺らし、天井の蛍光灯の白さが室内の静けさをさらに強調している。
どこか遠くでキーボードの打鍵音がカタカタと続き、先生たちが椅子を引くときのキャスターの音が控えめに響いた。
その一角で、長谷川先生は眼鏡を外し、こめかみに指を当てながらプリントの束を整理していた。
「長谷川先生。お疲れ様です」
声をかけると、長谷川先生は眼鏡を机に置き、俺の方へ顔を上げた。
いつもの眠たげな目つきが、俺を見た瞬間だけわずかに鋭さを取り戻す。
「おう、田中奏太か。どうした、珍しいじゃないか職員室なんて」
軽く笑いながら手招きしてくる。
俺は資料をまとめたファイルを両手で持ち、長谷川先生の机へ置いた。
「校内でミュージックビデオの撮影をしたいんです。許可をいただきに来ました」
「ミュージックビデオ……ああ、軽音部と漫研のやつだったか」
「はい。軽音部の佐藤たちの新曲に合わせて、映像を作ろうって話になって」
「ほー」
長谷川先生は書類をめくりながら目を細める。
紙をめくる音が静かな職員室に妙に大きく聞こえた。
「また凝ったことをするなぁ、お前は」
「技術面はこちらで全部管理します。危険行為はなし、生徒の顔出しは全員に許可取り済み。万が一、映り込んだ生徒がいた場合は編集でぼかします。撮影時間も授業の邪魔にならないように調整します」
俺が順を追って説明すると、長谷川先生は真剣に耳を傾けてくれた。
この人は放任主義に見えるが、必要なところだけは驚くほど丁寧に見るタイプだ。
「ふむ……」
書類をすべて目を通し終えたところで、長谷川先生は椅子の背にもたれ、腕を組んだ。
少しだけ天井を見て、そのままあっさりと言った。
「やっていいぞ」
「そんなあっさり……?」
「だって、許可出さないと勝手にやるだろ。というか、佐藤愛美麗がいるなら絶対やる」
「ああ、確かに」
長谷川先生の中での問題児筆頭がアミなのは、なんか納得してしまう。
おっとりしてるようで、あいつが一番イカレてるからな。
「一応な、生徒会にも話をしとけ。上を丸め込むならその方が早い。あと俺の方にも逐一、進捗の報告を出しておけよ?」
「至れり尽くせりじゃないですか」
「ま、これでも担任だからな。責任というやつだ」
意外だった。
てっきり勝手にやっとけの一言で終わるかと思っていた。
長谷川先生は軽く背筋を伸ばし、視線をこちらへ向けた。
「監督責任ってやつがあるんでな。文化祭んときみたいにぶっ倒れられたら親御さんに申し訳が立たない」
「……あのときは無茶してすみませんでした」
「いや、担任の俺が見てなかったのが悪い。てか、お前が無茶してないときなんかないだろ」
長谷川先生の苦笑は、呆れと心配が混ざったものだった。
無茶しているつもりはない。
後悔しないために、できることを全力でやっているだけだ。
「本当はもっと協力してやりたいところだがな」
長谷川先生は机の端に置いていた湯飲みを手に取り、冷めた緑茶を一口飲んだ。
その表情は、どこか遠くを見るようだった。
「俺も教師って立場があるんでね。難しいときがあるんだわ」
「難しい、ですか?」
「教師ってのは、生徒との距離感を上からめちゃくちゃ言われるんだよ。近すぎてもダメだし、遠すぎてもダメ。生徒の相談に親身になりすぎれば馴れ合いすぎって言われて、距離を置けば冷たいって言われる。モンペはうるせぇし……やってらんねぇ」
最後の方は完全に呪詛だった。
けれど、長谷川先生自身の素直な声でもあった。
「……今のは聞かなかったことにしてくれ」
そう言って肩をすくめると、独特のにやりとした笑顔を浮かべる。
「それよりもだ。お前は全力で楽しんでこい。高校生活なんてあっという間なんだからな」
「ええ、身に染みてます」
「ははっ、現役高校生がわかるわけないだろ」
わかるんだよなぁ。
一周目で無為に高校生活を過ごしていた俺は、高校生活がどれほど短く、そしてどれほど貴重かを知っている。
俺は静かに頭を下げた。
「許可、ありがとうございます。全力で、やります」
長谷川先生は軽く手を振り、またプリントの束へ視線を戻した。
その背中はどこか頼もしく、少しだけ寂しげでもあった。