疎遠になってた元ガキ大将のムチムチポニテ幼馴染との青春を高校生活から書き直す 作:サニキ リオ
第317話 神代行の実態はブラック
吾輩は神である。名前はまだない。
なんて……有名小説を引用しておちゃらけたところで、状況が変わるわけでもない。
「ああ、もう! あの執筆マシーン無茶苦茶しすぎだって!」
つい、空間に向かって愚痴を叩きつけてしまう。
この世界には私しかいないというのに、誰に向けた文句なのか。答えは明白だ。
北大路魚瀧。本名、田中奏太。
本来の意味での神であり、この世界を生み出した張本人だ。
現在は、人間としてこの世界の内部をのうのうと生きている創造主。
皮肉な話だ。
神が自分の作った世界に転生してしまった結果、世界構造に取り込まれて自由に恋愛ができなくなるなど、いくつもの並行世界の中でも初めての例なんじゃないだろうか。
そして、私は神ではあるが、創造主ではない。
神として世界を管理する役割を押し付けられただけ。
世界を維持するためだけに生み出された管理用の神。
いわば代行であり、後任であり、尻拭い係である。
「はぁ……」
溜息と共に、私は机の上に広げた分厚い書を見下ろす。
表紙には〝全智の書〟と刻まれているが、実態は世界の進行ログと因果関係の管理台帳だ。
羽ペンを手に取り、空白の多いメモ欄へ淡々と書き込んでいく。
「えーっと……斎藤隆盛はこのまま夢を追っても、世界線に影響なし。佐藤愛美麗と喜屋武鳴久の恋心進展も問題なし。田中騎志と田中愛夏が高校生でくっついても、未来分岐は許容範囲……っと」
淡々と、冷静に。
この世界に生きる人間たちの人生を、私は確認事項として処理していく。
田中奏太の人間関係は、元の現実世界――彼が2028年に死亡した世界と比べて、すでに大きく乖離している。
それ自体は問題ではない。重要なのはただ一つ。
彼が死ぬはずだった時点までに、世界構造そのものを破壊するような改変が起きないこと。
幸いなことに、今のところこの世界に選ばれし者や世界の命運を分ける英雄は存在しない。
彼らは皆、あくまで個人的な成功や失敗の範囲で生きている。
どれだけ作家として売れようと。
どれだけ想い人と愛し合おうと。
どれだけ夢を叶えようと。
世界そのものが揺らぐことはない。
「……本当に、そこまでは問題ないんだけどさ」
羽ペンを止め、私は視線を一箇所へ向ける。
要注意の印が、やたらと増えているページだ。
「この二人はそろそろ、バグりそうなんだよなぁ……」
田中奏太と佐藤由紀。
この世界における主人公とヒロイン。
そして、互いに強い想いを抱きながらも、決定的な一線だけは越えていない二人。
本来であれば、恋愛とは自然に芽生え、自然に進展するものだ。
だが、この世界では違う。
世界の修正力が存在する。
田中奏太が抱く恋愛感情――特に、佐藤由紀に向けられるそれは、一定のラインを越えると必ず修正が入る。
違和感として流され、勘違いとして処理され、時には事象そのものが改変される。
今まではそれで良かった。
判定に引っかかった感情は、私が手動で微調整してきた。
「自覚しきっちゃったらアウトなんだよね……」
彼がはっきりと恋だと認識した瞬間。
その時点で、世界は大きく歪む。
なぜなら彼は、この〝幼馴染ヒロインとのラブコメ〟世界の主人公に転生してしまったからだ。
そんな人間が、恋愛感情においてまで自由になってしまえば、世界はもはや安全な物語ではなくなる。
「作者が一番厄介ってどういう冗談なの……」
私は椅子にもたれ、天を仰ぐ。
神としての役割は単純だ。
生み出されたこの世界を安定させ、最終的に現実世界へと着地させること。
それが叶えば、この仮初の世界は固定され、私の役目も終わる。
管理も修正も必要なくなる。
「早く……早く、そこまで辿り着いてくれないかなぁ……」
神の介入が必要な世界は、それだけ不安定だという証拠でもある。
私はただ、壊れないように支えているだけに過ぎない。
ページの端に書き残された二人の名前を、私はもう一度見つめる。
ホワイトデーのお返し旅行。
「……今回は、ちょっとだけ様子見、かな」
どぎつい修正を入れるべきか。温かく見守るべきか。
神である私ですら、その答えはまだ書き込めずにいる。