疎遠になってた元ガキ大将のムチムチポニテ幼馴染との青春を高校生活から書き直す 作:サニキ リオ
視線の先には、海が広がっていた。
熱川の海は、観光地のパンフレットに載るような派手さはない。
空は薄曇りで、強い日差しはない。
耳を澄ませば、遠くで鳥の鳴き声と、波が石を転がすような音が混じって聞こえる。
「なんかさ」
しばらく無言で歩いていたヨシノリが、ぽつりと口を開いた。
その声は、独り言に近い。
「あの頃みたいに、勝手に走り回る気力ないかも」
言葉は軽いのに、どこか実感がこもっている。
俺は、思わず足を止めそうになった。
めちゃくちゃわかる。
小さい頃は、知らない道を見つけたら、とりあえず走ってみた。
曲がった先に何があるかなんて関係ない。ただ、行ったことがないという理由だけで十分だった。
町内会の旅行でもそうだった。
旅館で大人たちが畳の上でのんびりしているのを見て、なんで外に行かないんだろうと本気で不思議に思っていた。
せっかく知らない場所に来たのに、部屋でゴロゴロして酒を飲むなんて、時間の無駄じゃないかとすら思っていた。
今なら、よくわかる。
宿泊先に引きこもって、予定を詰め込まず、ただだらだら過ごす。
それがどれだけ贅沢で、どれだけ体と心を回復させてくれるか。
「運動部なのに、もう疲れたのか」
冗談めかして言うと、ヨシノリは小さく肩をすくめた。
「なんていうか……身体っていうより、精神的なもの?」
その言葉に、俺は内心で頷いた。
体力の消耗なら、寝れば回復する。
少し多めに睡眠を取れば、筋肉の疲れは抜けていく。
精神の疲労は違う。
根を詰めて、気を張り続けていると、どれだけ寝ても完全には戻らない。
休んでいるはずなのに、どこか常に力が入っている感覚が抜けない。
こういう疲れは、今頑張っていることに一区切りを付けるか、意識的に何もしない時間を作らなければ、大きく回復することはない。
実質、呪いみたいなものだ。
「学校もあるし、家のこともあるし」
「コスプレもあるしな」
「そうね」
ヨシノリは苦笑しながら頷いた。
「全部楽しいんだけど、全部全力だから」
それは、誇りでもあり、弱音でもある言葉だった。
楽しいからこそ手を抜けない。
好きだからこそ、無理をしてしまう。
ヨシノリは歩みを止め、防波堤のほうへ視線を向けた。
風に煽られて、ポニーテールが背中に触れる。
「だからさ」
一拍置いてから、こちらを振り返る。
「こういう、何もしなくていい時間は……ちょっと嬉しい」
その表情は、どこか照れくさそうで、それでいて素直だった。
無理に元気なふりをしていない、今の彼女の素の顔だ。
「それなら、選択は間違ってなかったな」
俺がそう言うと、ヨシノリは小さく頷いた。
「うん」
たった一言。
その声音は柔らかく、肩の力が抜けているのが伝わってきた。
潮風が吹き抜け、二人の間を通り過ぎていく。
何か特別なことをしたわけじゃない。
ただ歩いて、話して、海を眺めているだけだ。
それでも、この時間がちゃんと意味を持っていると、今ははっきりわかる。
「じゃ、次どこ行く?」
ヨシノリが、少しだけ元気を取り戻した声で聞いてくる。
「そりゃ、海が近い場所って言ったら、やることは決まってるだろ」
そう答えながら、俺は一周目の記憶を辿った。
人生で一度はやっておきたいこと。
観光名所を巡るよりも、なぜか強く印象に残っている体験。
この土地で、あのときは一人で達成した、ある種の人生タスク。
今度はそれをヨシノリと一緒にやるのだ。
「伊勢エビを食べるんだよ」
ヨシノリが一瞬きょとんとする。
「伊勢エビ?」
「刺身でな」
その一言で、彼女の目がわずかに見開いた。
「ちょっと待って。急に豪華すぎない?」
「三ツ星ホテルに泊まるってのに、今更だろ」
俺はそう言って、歩き出す。
「ほら、行こう。のんびりしたいなら、腹も満たさないとな」
ヨシノリは一瞬だけ迷ったような顔をしてから、小さく笑った。
「……手作りチョコが伊勢エビに化けちゃった」
そう言いながらも、歩調は自然と俺に並んでいた。