疎遠になってた元ガキ大将のムチムチポニテ幼馴染との青春を高校生活から書き直す   作:サニキ リオ

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第336話 全裸廊下歩行

 慎重に、あまりにも慎重に。

 俺たちは屋上露天風呂から廊下へと足を踏み出した。

 

「誰も、いないよね?」

「今のところは」

 

 ヨシノリが俺の背中に隠れるようにして、小さく囁く。

 その声は震えていた。

 

 当然である。

 今、ヨシノリは全裸だ。何一つ身につけていない。

 手で前を隠しているとはいえ、それだけでは到底足りない。

 

「カナタ、動かないで」

「わかってる」

 

 俺は極力、背中を広げるようにして立つ。

 ヨシノリは俺の真後ろにぴったりと張り付き、足音を殺して歩く。

 廊下は静まり返っている。

 他の宿泊客が通りかかる気配はない。

 それでも、いつ誰が現れてもおかしくない。

 

「あと、どれくらい?」

「もうすぐだ」

 

 俺は前を向いたまま、できるだけ落ち着いた声で答える。

 実際には、心臓はかなりの速度で動いている。

 こんな状況、ラブコメもとい未来でのエロコメでもなければ絶対に起こらない。

 

「カナタ、ちょっと止まって」

「どうした?」

「足音」

 

 ヨシノリが小さく囁く。

 俺も耳を澄ませた。

 確かに、遠くから足音が聞こえる。

 誰かが、こちらへ近づいてくる。

 

「やばい、誰か来る……!」

 

 ヨシノリの声が一気に焦りを帯びる。

 

「落ち着け。まだ角を曲がってない」

「落ち着けるわけないでしょ! あたし今、裸なのよ!?」

「知ってる」

「知ってるじゃないわよ!」

 

 背中越しに、ヨシノリの体温が伝わってくる。

 いや、それどころじゃない。

 柔らかい感触が、背中に当たっている。

 

「……ヨシノリ」

「な、何よ」

「もうちょっと離れてくれ」

「無理に決まってんでしょ! 離れたら丸見えじゃない!」

「いや、その、密着しすぎて、その……」

「言ってる場合!?」

 

 足音が近づいてくる。

 もう時間がない。

 

「そこの自販機の影に隠れるぞ」

「了解!」

 

 俺は素早く移動し、ヨシノリも俺の背中から離れないように付いてくる。

 廊下の角に置かれた自販機の陰に滑り込んだ瞬間、廊下の向こうから人影が現れた。

 

 年配の男性だった。

 浴衣姿で、手にはタオルを持っている。

 おそらく、下のフロアにある温泉帰りだろう。

 

「「…………」」

 

 俺たちは息を殺す。

 ヨシノリは俺の背中に顔を埋めるようにして、じっとしている。

 男性はゆっくりと歩き、俺たちの前を通り過ぎていく。

 

 その間、ヨシノリは一切動かなかった。

 呼吸すらしていないんじゃないかと思うほど、静かだった。

 足音が遠ざかる。

 角を曲がり、完全に聞こえなくなった。

 

「……行った?」

「ああ」

 

 ヨシノリが大きく息を吐く。

 

「し、死ぬかと思った」

「まだ終わってないぞ。部屋まであと少しだ」

「うん……」

 

 再び、俺の背後に回る。

 今度は少しだけ距離を取っているが、それでもかなり近い。

 

「うぅ……こんなことになるなんて」

「俺もだ」

「ホワイトデーのお返しで全裸廊下歩行するなんて、想定外すぎるでしょ」

「マジでそれな」

 

 歩きながら、俺は小さく笑った。

 

「でも、これも思い出にはなるだろ」

「最悪の思い出じゃない!」

 

 ヨシノリが小声で叫ぶ。

 それでも、その声には少しだけ笑いが混じっていた。

 

「部屋、見えてきた」

「ホント!?」

 

 廊下の先に、俺たちの部屋の扉が見える。

 あと少しだ。

 

「よし、ラストスパート」

「全裸でラストスパートとか、人生で一番言いたくないセリフなんだけど」

 

 ヨシノリは俺の背中に隠れながら、必死に足を動かす。

 部屋の扉まで、あと数メートル。

 

「カナタ、鍵は?」

「懐に入ってる」

「は、早く開けて! 早く、早く!」

「わかってる」

 

 俺は懐から鍵を取り出し、扉に差し込む。

 カチャリ、と音がして、扉が開く。

 

「やった!」

 

 ヨシノリが小さくガッツポーズをする――全裸で。

 

「ほら、早く入れ」

「言われなくても!」

 

 ヨシノリは俺を押しのけるようにして、部屋の中へ飛び込んだ。

 俺もすぐに後を追い、扉を閉める。

 鍵をかけた瞬間、ようやく緊張の糸が切れた。

 やっとの思いで部屋に到着した。

 元々屋上露天風呂に近い最上階だったことも幸いし、時間はそうかからなかった。

 

「マジで最悪。あたしの浴衣どこぉ……わぷっ!?」

 

 全裸のまま泣きそうになっているヨシノリを再び怪奇現象が襲う。

 

「嘘、これあたしの服……?」

 

 浴衣やバスタオルがヨシノリの頭上に突如として現れたのだ。

 

「ん、なんだこ、れ!?」

 

 そして、ご丁寧に俺の頭上には下着が降ってきた。いい加減にしろよ、ラブコメ世界。

 

「いやあああああああ!?」

 

 ヨシノリは悲鳴を上げながら俺の頭上の下着を引っ手繰るようにして回収した。

 

「どうやら、ポルターガイスト的な何かが働いているみたいだな」

「なんで三ツ星ホテルで心霊現象が起きんのよ!」

 

 浴衣を着たヨシノリが顔を真っ赤にして叫ぶ。

 ヨシノリは浴衣を着終えると、そのまま壁に背中を預けてしゃがみ込んだ。

 それから両手で顔を覆い、しばらく動かなくなった。

 

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