疎遠になってた元ガキ大将のムチムチポニテ幼馴染との青春を高校生活から書き直す   作:サニキ リオ

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第337話 三ツ星ホテルの夕飯

 夕食の時間が近づき、俺たちは部屋を出て食事処へと向かった。

 館内は昼間とは違い、照明が落とされていて、どこか大人びた雰囲気に包まれている。

 廊下に敷かれた絨毯は足音を吸い込み、歩くたびに静けさだけがついてくる。

 ヨシノリは、さっきの一件からようやく立ち直ったらしく、浴衣姿で俺の隣を歩いていた。

 背筋は少しだけ伸び、歩幅も安定している。

 

「さっきのは災難だったな」

 

 できるだけ軽く声をかける。

 

「もう思い出したくもないわ……というか、普通に怪奇現象で怖い」

 

 ヨシノリは肩をすくめ、苦笑しながら答えた。

 顔色が赤くなったり青くなったりと、感情の切り替えが忙しい。

 

「まあ……無事に部屋へ戻れたし、結果オーライってことで」

 

 あの怪奇現象を結果オーライで済ませてしまう辺りも世界の修正力なのだろうか。

 俺の感情強制リセットも修正力らしいし、あり得るのが恐ろしいところだ。

 

「前向きだな」

「切り替えが大事なのよ。引きずってもお腹は空くし」

 

 そう言って、ヨシノリは笑った。

 廊下の柔らかな照明を浴びた浴衣姿は、昼間よりも落ち着いて見える。

 非日常の空間に、彼女の雰囲気がよく馴染んでいた。

 

「やっぱり浴衣着てホテル歩いてると、特別感あるよね」

「旅行って感じがする」

「だよね!」

 

 楽しそうに頷く横顔を見て、少しだけ胸の奥が軽くなる。

 さっきまでの騒動が、遠い出来事のように感じられた。

 

「楽しみだなぁ、夕飯」

 

 俺たちは並んで歩き、食事処へと向かう。

 一旦、俺のせいで世界が歪んでいる件は脇へ置くことにした。

 

 今はただ、ヨシノリにこの時間を楽しんでもらえればいい。

 

 案内された個室は、畳敷きの和室かと思いきや、中央に綺麗なテーブルが置かれた椅子席だった。

 和の意匠と洋の快適さをうまく融合させた空間がなんとも贅沢に感じる。

 

「わぁ、個室なんだ!」

 

 ヨシノリは目を輝かせ、部屋を見回す。

 

「せっかくだからな」

 

 俺も向かいの席に腰を下ろした。

 

「なんか、セレブになったみたい……これは期待しちゃっていいのかな」

「三ツ星ホテルだぞ。いくら期待しても、だいたいその上を行く」

「言い切るね」

 

 ほどなくして、仲居さんが静かに入ってきて、膳を運んできた。

 丁寧な所作で料理が並べられていく。

 まず目に入ったのは、艶のある黒塗りの器に収められた前菜だった。

 季節の野菜や海の幸が少しずつ盛られ、葉脈だけを残した飾りが添えられている。

 料理というより、芸術作品のようだ。

 

「すごい……」

 

 ヨシノリが小さく息を呑む。

 

「これ、食べていいの? もったいないくらい綺麗なんだけど……いや、食べるけど!」

「葛藤が一瞬だったな」

「だって美味しそうだもん」

 

 彼女は箸を手に取り、少し緊張した様子で構える。

 

「お前、ランクが高いご馳走を前にすると情緒イカレるよな」

「仕方ないでしょ。人生で何回あると思ってるの、こういうの」

「それはそう」

 

 料理は味だけでなく、空間や状況も含めて完成する。

 やはり、料理においても味以外の情報は重要だ。

 

「じゃあ、いただきます」

 

 ヨシノリが箸を動かすと、浴衣の袖がわずかにずれた。

 俺は反射的に視線を料理へ落とす。

 

「まずは前菜からだな」

「うん!」

 

 小鉢に盛られた一品を口に運ぶ。

 舌に広がるのは、普段あまり食べない味付けだが、間違いなくおいしいはずだ。

 

「どう?」

「……よくわからん味だけど、たぶんおいしい」

 

 どんなにいいモノを食べたところで、俺の食に関する語彙力はカスのままだった。

 

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