疎遠になってた元ガキ大将のムチムチポニテ幼馴染との青春を高校生活から書き直す 作:サニキ リオ
部屋に戻ると、ヨシノリはベッドの上にそのままごろんと転がった。
浴衣の帯が少し緩み、長い息と一緒に力が抜けていく。
「はぁ~、お腹いっぱい……」
天井を仰いだまま、幸せそうに声を漏らす。
「食いすぎだろ」
「だってさ、あんなの反則だよ。次から次へと出てくるし、残すのも失礼だし」
「米櫃空っぽにしておいて何言ってんだ」
そう返しながら、俺も座布団に腰を下ろした。
窓の外に目を向けると、夜の海が広がっている。昼間とは違い、色のない闇の中で波だけが静かに動いていた。
音は小さく一定で、耳を澄ませると逆に落ち着いてくる。
しばらくの間、会話は途切れた。
満腹感と温泉の余韻が、部屋全体をゆっくりと満たしていく。
「なんかさ」
その沈黙を破ったのは、ヨシノリだった。
天井を見上げたまま、独り言のように続ける。
「小学校卒業してから、高校入学前まで疎遠になってたこと、今でも信じられないんだよね」
「ああ……」
短く相槌を打つ。
俺も同じことを、何度も考えていた。
「今ではさ、二人きりで旅行までしてるのに」
「そうだな。いろいろ過程をすっ飛ばしている自覚はある」
言葉にすると、改めて不思議な距離感だと思う。
隣にいるのが当たり前だった時間と、ほとんど話さなかった時間。その両方を知っている相手と今は同じ部屋にいる。
ヨシノリがくすっと笑った。
「人生、わかんないもんだね」
「本当にな」
俺も思わず笑ってしまう。
あの頃の俺たちが、今のこの状況を想像できたかと問われれば、答えは決まっている。
間違いなく無理だ。
「そういえば、さ」
ヨシノリが身体を起こし、こちらを向いた。
さっきまでの気の抜けた雰囲気が、少しだけ引き締まる。
「どうしてカナタは、中学のときあんなに付き合い悪くなったの?」
その問いは、予想していなかったわけではない。
それでも、真正面から投げられると、言葉が詰まる。
「……さあな」
「さあなって」
ヨシノリの眉がわずかに寄る。
「あたし、結構傷ついてたんだけど」
「悪かったよ」
反射的に謝る。
「謝られても、理由がわかんないと納得できないっての」
ヨシノリは畳に手をつき、じっと俺を見つめる。
逃げ場はない。俺は視線を逸らさず、頭の中を探る。
「……やっぱ、なんも思い出せないな」
「え?」
「だから、思い出せないんだ」
自分でも驚くほど、言葉は素直に出た。
頭の奥に靄がかかったようで、どこを探っても、肝心な部分だけが抜け落ちている。
前みたいに、中学時代の痕跡から断片的な記憶を拾うことはできる。
小説のヒロインに、ヨシノリをモデルにしたキャラがいたこと。
ゲームのモンスターに、自分とヨシノリの名前を付けていたこと。
部屋を漁って、それらは確認できた。
それでも、なぜ距離を取ったのか。
その理由だけが、きれいに消えている。
「前も言ってたわね」
ヨシノリが首を傾げる。
「そんなに中学って、嫌なことばっかりだった?」
「俺も不思議なんだよ」
思わず頭を抱えた。
「何もなかったわけじゃない。本格的に小説を書き始めたっていう大事な出来事だってあったはずなのに、当時の思い出が丸ごと抜けてる」
「事故にでもあったレベルね……」
冗談めかした言い方だったが、的外れでもない。
自分の人生の一部が、空白になっている感覚は、それに近かった。
ヨシノリはしばらく黙り込み、膝を抱えて考え込む。
やがて、静かに口を開いた。
「じゃあさ」
少しだけ、声の調子が変わる。
「あたしが覚えてること、話すね」
「頼む」
ヨシノリは姿勢を正し、畳に座り直した。
その表情は、軽口を叩いているときのものとは違う。過去を辿る準備が、整った顔だった。