疎遠になってた元ガキ大将のムチムチポニテ幼馴染との青春を高校生活から書き直す 作:サニキ リオ
ヨシノリの話が終わった。
部屋の中に、静かな沈黙が落ちる。
俺は何も言えなかった。
ヨシノリは、ずっと見ていてくれていた。
俺が何をしていても。俺が距離を取っていても。
ずっと、待っていてくれた。
「そうだったのか」
ようやく絞り出した声は、掠れていた。
喉の奥が熱くて、言葉にするだけで精一杯だった。
「うん」
ヨシノリは冷蔵庫にあったペリエを飲みながらこちらを見る。
炭酸の弾ける音が、静かな部屋の中で妙にはっきりと響いた。
喉を通る音も聞こえて、ヨシノリがゆっくりと瓶を置く。
「だから、春休みにカナタに再会できたとき、すごく嬉しかったんだ」
「……ヨシノリ」
「また昔みたいに戻れるんだって思った」
その言葉が、胸に刺さる。
昔みたいに、という言葉の重さを今になって理解する。
小学校までの関係。何も考えずに一緒にいられた時間。
それを取り戻したかったのに、俺は無自覚にヨシノリを傷つけていた。
自分の世界に入り込んで、周りが見えなくなっていた。
「本当にごめん」
「謝らなくていいってば」
ヨシノリの声は優しくて、それがかえって胸に痛い。
頭を上げると、ヨシノリは笑っていた。
「もう昔のことだし。今はこうして話せてるんだから」
「そう言ってくれるなら、今を大事にしないとな」
窓の外では、波の音が規則正しく聞こえている。
夜の海は真っ暗で、月明かりだけが水面をぼんやりと照らしていた。
ヨシノリのいう図書室に籠っていたのは、小説のインプットとアウトプット、その両方を行うため。
図書室は参考資料を無料で見られる。当時の俺が、どこまで意識的にそうしていたのかはわからない。
それでも、小説を書くという行為に没頭していたことだけは確かだ。
「そうそう」
ヨシノリは立ち上がり、両手を上に伸ばして背伸びをする。
浴衣の袖が少しずれて、白い手首が見えた。
関節が細くて、そこから先の手のひらまでのラインが滑らかだ。
「過去のことより、今が大事だもんね」
確かに、今が大事だ。
中学のときの記憶が曖昧でも、今ヨシノリと一緒にいられる。
それだけで、十分だ。
答え合わせができなくても、今この瞬間を積み重ねていけば、それが新しい記憶になる。
部屋の空気が、少しだけ軽くなった気がした。
重い話が終わって、二人の間に流れる時間が、また穏やかなものに戻っていく。
「そういえば」
しばらく黙って天井を見ていたヨシノリが、ふと身体を起こした。
「ん?」
俺も視線を向けると、ヨシノリは部屋の奥を見ている。
「この部屋、露天風呂付きだったよね」
ヨシノリが、部屋の奥にある半屋外スペースに目を向ける。
檜の露天風呂が、静かに湯気を立てていた。照明が落とされているせいで、湯気が白くぼんやりと浮かび上がって見える。檜の香りが、ここまで届いている。
「ああ、そうだな」
「せっかくだし、入らない?」
ヨシノリの声に、少しだけ期待が混じっている。
「それもそうだな」
俺も立ち上がり、露天風呂のほうへ歩いていく。
檜の香りが、さっきよりも濃く鼻をくすぐった。
温泉の匂いも混じって、独特の空気が漂っている。
湯船を覗き込むと、透明な湯が静かに揺れていた。表面には細かい波紋が広がって、照明の光を反射している。
「あの屋上露天風呂はさんざんなことになったから」
ヨシノリが苦笑しながら言う。
「露天風呂の思い出、上書きしたいんだよね」
「確かに、あれはひどかった」
思い出すだけでも頭が痛い。
ラブコメの洗礼。世界の修正力がこれからもついて回ると思うと、気が滅入る。
「それに、露天風呂付きの部屋に泊まれるチャンスなんて、めったにないし」
「今回はたまたまだしな」
俺も頷く。こんな贅沢、人生で何度できるかわからない。
檜の露天風呂なんて、普通に予約したら一泊何万円もする。それが、部屋の都合で無料アップグレードされたのは、運が良かったとしか言いようがない。
ヨシノリは湯船の縁に手を置いて、湯の温度を確かめている。指先が湯に触れて、少しだけ顔を緩める。
「ちょうどいい温度だね」
「みたいだな」
俺も手を伸ばして、湯に触れてみる。
熱すぎず、ぬるすぎず。長く浸かっていられる温度だ。
「じゃあ、先に入ってこいよ」
そう言って、俺は一歩引く。
すると、ヨシノリが小さく息を吸った。
空気が一瞬だけ変わる。
何かを言おうとして、躊躇している気配だった。
「あのさ」
ヨシノリの声が、少しだけ震えている。
「ん?」
俺は振り返る。
ヨシノリは湯船の縁に手を置いたまま、視線を泳がせていた。
頬がわずかに赤い。
「せっかくだし――」
ヨシノリが顔を赤くしながら、視線を逸らす。
言葉が途切れて、沈黙が落ちる。
波の音だけが、遠くから聞こえてくる。
ヨシノリの指先が、湯船の縁を軽く叩いている。
「一緒に、入る?」
その一言に、俺の思考が止まった。