疎遠になってた元ガキ大将のムチムチポニテ幼馴染との青春を高校生活から書き直す   作:サニキ リオ

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第351話 わかっていたはずだった

 俺と伊代は漫研の部室へ向かった。

 廊下を歩きながら、胸の鼓動が早くなる。

 トト先。ケイコ先輩。

 

 二周目の世界で俺を支えてくれた二人。

 この世界にもいるはずだ。

 同じように漫研で活動しているはずだ。

 部室の扉の前に立つ。

 中から、ペンを走らせる音が聞こえる。誰かいる。

 

「トト先、ケイコ先輩!」

 

 勢いよく部室に入る。

 部室にはカーテンの隙間から日差しが差し込んでいた。

 日の光が机の上を照らしていて、原稿用紙や画材が散らばっている。

 空気にはインクと紙の匂いが混じっていた。

 そして、二人の人影。

 

 一人は、机に向かって何かを描いている。ペンを持つ手が止まって、こちらを見る。

 もう一人は、窓際で本を読んでいる。ページをめくる手が止まった。

 

「誰?」

 

 その言葉が聞こえた。

 冷たい視線が、俺と伊代に向けられる。

 ボサボサの黒髪にインクで汚れたパーカーの袖。机の上には原稿が広げられていて、その手にはGペンが握られている。

 間違いない、トト先だ。

 あの天才イラストレーターが、そこにはいた。

 

「あ、いや、その」

 

 俺は言葉に詰まる。

 忘れていたが、この世界の俺はトト先と面識がない。

 二周目の記憶で突っ走りすぎた。

 トト先の視線が、じっとこちらを見ている。何も言わない。ただ、無言で俺を観察している。

 その沈黙が重い。

 

「都々ちゃん、知り合い?」

 

 窓際から、もう一人の少女が近づいてくる。

 メガネをかけた真面目そうな顔立ち。

 ケイコ先輩だった。

 二周目では、再び漫画家として再起して俺のコミカライズを担当してくれていた。

 

「知らない」

 

 トト先が短く答える。

 その声は、冷たくて、無感情だった。

 ペンを持ったまま、疑いの目でじっとこちらを見ている。

 面識もない後輩が、いきなりあだ名で呼んできたのだからその反応も当然だった。

 ケイコ先輩も、不思議そうな顔でこちらを見ている。

 

 わかっていたはずだった。

 二周目であったことは、一周目では起きていない。

 今の俺は面識もないのに、あだ名で呼んでくるよくわからない後輩でしかない。

 創作の苦労や達成感を共に味わった日々は、この世界では存在していないのだ。

 

 一緒に原稿を作り上げた日々。

 トト先が暴走して、ケイコ先輩が叱ってくれたこと。

 共にコミケや文化祭で奔走したこと。

 

 全部、この世界にはない。

 

 胸が、痛い。息が、苦しい。

 トト先の冷たい視線が突き刺さる。

 ケイコ先輩の困惑した表情が見ていられない。

 

「失礼しました!」

 

 俺は踵を返して、部室を飛び出した。

 

「ちょ、田中先輩!?」

 

 伊代が慌てて追いかけてくる。

 廊下を走る。階段を駆け下りる。

 どこへ行くとも決めずに、ただ走る。

 息が切れて、足が止まる。

 気づけば、校舎の裏。人気のない場所に来ていた。

 壁に背中を預けて、ずるずると座り込む。

 

「先輩」

 

 伊代が、息を切らしながら追いついてきた。

 

「大丈夫ですか?」

「大丈夫じゃない」

 

 空を見上げると、曇り空が広がっていた。雨は止んでいる。雲が厚くて、夕日は見えない。

 

「わかってたんだ。わかってたはずなのに」

 

 声が震える。

 

「この世界では、俺とトト先は他人だって。ケイコ先輩とも、何の関係もないって」

 

 拳を握りしめる。

 

「それでも、会えば何とかなるかもしれないって思ってた。バカだよな」

 

 伊代が隣にしゃがんでくる。

 

「バカじゃないですよ」

 

 その声は優しかった。

 

「先輩は、大切な人たちに会いたかっただけです」

「でも、向こうは俺のこと知らない」

「それでも、先輩の気持ちは本物です」

 

 伊代は空を見上げる。

 

「二周目の世界で一緒に過ごした日々は、先輩の中にちゃんと残ってます」

「残ってても、意味ないだろ」

 

 自嘲気味な笑いが零れ落ちる。

 

「向こうにその記憶がないなら、俺が覚えてたって何にもならない」

「そんなことないです」

 

 伊代が強い口調で告げる。

 

「先輩が覚えてるから、また同じ関係を作れるんです」

「また同じ、って」

「だって、先輩はもう知ってるじゃないですか。トト先がどんな人で、ケイコ先輩がどんな人か。どうすれば仲良くなれるかも知ってる」

 

 伊代はまっすぐに俺を見る。

 

「それって、すごいアドバンテージですよ」

 

 その言葉に、少しだけ気持ちが楽になった。

 確かに、そうかもしれない。

 俺は二人のことを知っている。

 何が好きで、何が嫌いで、どんな風に接すればいいのか。

 全部、二周目の記憶にある。

 

「でも、二周目の世界の話なんて信じてもらえない」

「試してみなきゃわかりません」

「試して、ダメだったら?」

「そのときはそのときです」

 

 伊代はニッコリと笑った。

 

「何もしないで諦めるよりはマシですよ」

 

 その笑顔を見て、俺は少しだけ前を向けた気がした。

 

 

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