疎遠になってた元ガキ大将のムチムチポニテ幼馴染との青春を高校生活から書き直す 作:サニキ リオ
二日後。授業を終えた俺は学校の廊下を歩いていた。
鞄の中には、原稿データが入ったUSBがある。
二日間、ほとんど寝ずに書き上げた。
食事も最低限。風呂も烏の行水。
ひたすらキーボードを叩き続けた。
記憶を引っ張り出して、二周目で書いたときのままのもの。
一文字も違えずに、とまではいかないが、ほぼ同じ内容を再現できたはずだ。
「田中先輩!」
伊代が駆け寄ってきた。
その顔が、心配そうに歪む。
「先輩、顔がブサイクです……」
おっと、言葉選びが最悪だぞ。
「元々だ」
鏡は見た。ひどい顔だった。
目の下に濃いクマができている。まるでパンダみたいだ。
顔色も悪い。青白くて、血の気が引いている。
唇も乾いている。
二日間の無茶が、そのまま顔に出ていた。
「いえ、普段はもうちょっとカッコいいですからね?」
「お世辞でも嬉しいよ」
「結構本音なんですけど……辛かったら言ってくださいね」
伊代の声が優しい。
その優しさが胸に沁みる。
「はは……これ以上、辛くなってたまるか」
自嘲気味に笑う。
もうこれ以上、辛いことなんてあるだろうか。
ヨシノリから引き離されて、仲間と離れて、灰色の世界に戻されて。
これ以上何があっても心が折れることはない。
「先輩は無茶しすぎです」
「知ってるか? 無茶はクリエイター共通の必殺技なんだぞ」
鞄を軽く叩く。
質量のない原稿データが、重みを感じさせる。
「これが、俺の切り札だ」
「でも……」
「大丈夫だ。作品でトト先を口説き落とすことくらい、二周目で何度もやってた」
嘘じゃない。あの人は俺の作品を見て心を動かしていた。
それだけは世界が変わろうと変わらないはずだ。
だから、今回も同じだ。
ただ、目的が違うだけ。
昇降口の前で、ケイコ先輩が待っていた。
こちらを見て、目を見開く。
「うわ、ほんとにひどい顔だ」
「自覚してます」
「ちゃんと寝た?」
「必要最低限は」
「それ、作家の世界では寝てないって言うんだよ」
ケイコ先輩が、呆れたように笑う。
その目は心配そうだった。
「まあ、いいけど。できたんだね」
「はい」
鞄からUSBを取り出して、ケイコ先輩に手渡す。
「これが俺のデビュー作です。まあ、この世界ではなかったことになってますけど」
「これが世界を股にかけるお宝原稿かぁ」
ケイコ先輩からUSBを返されて歩き出す。
「じゃあ、行こうか。都々ちゃんに読んでもらわないと」
「その前に、確認なんですけど」
俺はケイコ先輩の隣に並ぶ。
「今回の目的は、俺の身に起きていることが真実だという証明です。当時のトト先のリアクションは伝えた通りです」
「うん、わかってるよ」
苦笑しながらケイコ先輩が頷く。
「それにしても……都々ちゃんがそのレベルのリアクションするってよっぽどだよ?」
ケイコ先輩が、少しだけ楽しそうに笑う。
「あの子、普段は無表情だけど、刺さった作品には饒舌になるから」
「ケイコ先輩が描いた漫画にも同じようなリアクションするときありましたけど……」
「むむぅ、やるな並行世界の私」
ケイコ先輩が、誇らしげに胸を張る。
「いや、そのリアクションはもう信じてるやつじゃないですか」
「こういうのは儀式的にも必要なの。非現実的な出来事を受け入れるなら衝撃はほしいじゃない?」
その言葉に、俺は少しだけ安心した。
ケイコ先輩は、もう信じてくれている。
あとは、トト先だ。
漫研の部室に着く。
ドアを開けると、トト先が机に向かっていた。
ペンを動かしている。相変わらず一心不乱に漫画を描いているようだ。
集中しているのか、こちらに気づいた様子もない。
「さっさと印刷しちゃおっか」
「あっ、設定はやらせてください。できるだけあのときに近づけたいので」
「そういえば、二周目じゃ田中君がパソコン関係の仕事やってくれてたんだっけ」
俺は見慣れた古めかしいパソコンを立ち上げてUSBを刺す。
そして、ポニテ馴染を印刷してホチキスを使って冊子にした。
「……田中先輩、手慣れてますね」
「……動きだけで、もう部員だったのか確定だよねぇ」
伊予とケイコ先輩は俺が作業している後ろでひそひそと話していた。
「できました。ケイコ先輩、お願いします」
「わかった……都々ちゃん」
変わらず集中して原稿をしていたトト先へ、ケイコ先輩が声をかける。
その声に反応して、トト先が顔を上げる。
その瞳が俺を捉えた。
無表情だった。興味もないのか、何も語らない。
だけど、それもこれまでだ。
「田中君――ううん、ラノベ作家田中カナタ先生が書いた小説、読んでみてくれない?」
ケイコ先輩が原稿を差し出すと、トト先はじっと原稿を見る。
しばらく沈黙が続く。
やがて、トト先が手を伸ばした。
「いいよ」
短く答えて原稿を受け取る。
そのまま原稿を開いて読み始めた。
俺たちは、黙って待つしかない。
ケイコ先輩は椅子に座り、それに倣うように伊代も座る。
俺は立ったままトト先の表情を、じっと見ていた。
最初は無表情だった。
でも、徐々に変わっていく。
眉が動く。目が見開く。
ページをめくる手が、少しだけ震える。
声は出さない。ただ、黙々と読み続けている。
時間が過ぎる。
十分。二十分。三十分。
トト先は、一度も顔を上げなかった。
ひたすら原稿を読んでいる。
その集中力は、まるで何かに取り憑かれたようだ。
やがて、最後のページをめくる。
読み終わったはずだった。
「ふむ……おかわり」
だが、トト先は原稿を閉じなかった。
また、最初のページに戻る。
もう一度、読み始める。
目が合うと、ケイコ先輩が小さく頷いた。
期待していいということらしい。
さらに時間が過ぎる。
二回目の読み終わりが近づく。
トト先が、最後のページをめくる。
そして、ゆっくりと原稿を閉じた。
顔を上げ、その目がまっすぐに俺を見た。
その瞳には光が宿り、強い興味の色が浮かんでいた。
「キャラが生きているなんてレベルじゃない。あれはもう、一つの世界」
「っ!」
それは、その言葉は――泣きたくなるようなこの状況の中で、心から求めていた言葉だった。
「王道ド直球。でも、テンプレじゃない。こんな青春ラブコメの最後に予想外の一撃を食らうとは思わなかった。特にメインヒロインがいい。すごく、いい。ガン刺さりした。性癖が幼馴染とポニーテール、オレンジ色のアイシャドウになっちゃう、これ」
普段は言葉少ないトト先が、驚くほど饒舌に語り出す。
「あと、描写のリアリティがえげつない。死の描写にリアリティありすぎ。まさかカナぴ本当に過労死してタイムリープしたんじゃないかって思わされた」
その言葉に、俺は息を呑む。
カナぴ。
二周目でトト先が呼んでいた俺のあだ名だ。
この世界でも、同じように呼んでくれた。
トト先が立ち上がる。
その表情は、興奮していた。
頬が少しだけ赤くなっている。
呼吸もわずかに荒かった。
「その描写があるからこそ、ラストが脳みそぐちゃぐちゃにされて最高だった。おかげで読み返しちゃった」
早口で捲し立てたあと、トト先は原稿を抱きしめていた。
そんな彼女に、俺は二周目をなぞる様に告げる。
「じゃあ、賞取ったらトト先がイラスト担当してくださいよ」
「前向きに検討することを善処する」
「あ、はは……そこは、頷いて……くれないん、ですね」
声が震え、頬を熱いものが伝う。
「確約はできないから」
そこで言葉を区切ると、先輩は濃いクマが浮かび上がった顔を緩めて笑った。
「もし都合がついたら……おけまる」
その表情から言葉まで、何もかもが二周目のトト先と同じだった。
その反応を見たケイコ先輩が指を鳴らした。
「ビンゴだね。これで、信じざるを得ない」
ケイコ先輩が、俺を見る。
「田中君の話、本当だったんだね」
「最初から信じてたでしょうに」
「そうだね。でも、これで――君を疑う理由は綺麗さっぱりなくなったよ」
そこには二周目と変わらない頼れる漫画家の先輩の姿があった。