疎遠になってた元ガキ大将のムチムチポニテ幼馴染との青春を高校生活から書き直す   作:サニキ リオ

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第377話 夏コミと置き土産

 ポニテ馴染のリメイクが書き上がった。

 書き上がったとはいえ、俺が二周目に帰るにあたって必要なのはラストの一文だ。それさえ書ければ、戻れるはずだ。

 最近、やたらと一周目のヨシノリと関わってしまっているので適宜修正していく必要もある。原稿の内容と記憶が食い違っていては意味がない。

 

「……ぱい……先輩!」

 

 身体を揺さぶられて目を覚ます。視界がぼやけている。目を擦って、隣を見る。

 心配そうな表情を浮かべた伊代がいた。

 

「また寝不足ですか?」

「ポニテ馴染の執筆が大詰めだったからな。おかげでほぼ脱稿だ」

「じゃあ、今日くらいゆっくり休んでも良かったのに」

「トト先やケイコ先輩と一緒に出られる最後の夏コミだぞ。来ないって選択肢はない」

 

 周りを見渡す。広いホール、立ち並ぶブース、行き交う人々。ここは東京ビッグサイトの東館。サークルK&Kのブースだった。

 ケイコ先輩の復活、俺と伊代の加入によってバラエティ豊かになった漫研は、今まで以上に気合いを入れて夏コミに臨んでいた。机の上には新刊が並んでいる。ケイコ先輩の漫画、トト先の評論、俺の小説、伊代のイラスト本。全部揃っている。

 

「気持ちはわかりますけど、先輩に何かあったらシャレにならないんですから、もうちょっと自分を大切にしてください」

「死んでない時点で身体は大切にしてると思うぞ」

 

 伊代が呆れた顔で肩を落とす。それを見て、つい笑ってしまった。

 

「それを言ったら世の中のクリエイターは、大体自分の身体を大切にしていないと思う。そもそも平気の基準が違うからな」

「先輩の基準がおかしいだけですよ」

「それに、残していきたいものもあるからな」

「残していきたいもの?」

「二周目で俺が書いてきた作品達だ。世界の修正力は受けるかもしれないが、これが残れば俺が自力で書いたって事実が残る。つまり、一周目の俺にバトンタッチしても名作を書けたって自信になるんじゃないかと思ってな」

 

 記憶も合わせて修正されるものとして考えれば、一周目の俺の記憶にこの俺が書いた作品を執筆した記憶も残るはず。経験は小説の糧になる。だから二周目の俺が残したものを、一周目の俺の糧にしてほしい。そう思ったのだ。

 何せ、この時期の俺は拗らせまくって何もかもうまく言っていない時期だった。世界を超えた置き土産で改善されるのなら、それをしない手はない。

 

「なんか、本当に先輩はいなくなっちゃうんですね」

「元いた場所に帰るだけだからな」

「この一周目だって先輩の元いた場所じゃないですか」

 

 伊代の声が静かに響く。ブースの前を通る人の足音、遠くから聞こえる話し声、そういう音が背景に流れている。

 俺は視線を前に向けた。

 

「そうだな。でも、二周目のほうが居心地が良い」

「どうしてですか」

「みんなと繋がっていたから」

 

 伊代が黙る。少しの間があって、また口を開く。

 

「先輩は、一周目の私たちのことも覚えていてくれますか」

「当たり前だ」

 

 即答した。伊代が少し目を見開く。

 

「この世界で書いた作品も、ここで出会った人たちも、全部覚えてる。忘れるわけがない」

「……そっか」

 

 伊代が小さく笑った。安心したような、寂しそうな笑顔だった。

 ブースの向こうから、ケイコ先輩とトト先が戻ってくる。二人とも手には紙袋を抱えている。他サークルの本を買ってきたらしい。

 

「おっ、田中君起きた?」

「起きました」

「顔色悪いよ。ちゃんと寝た?」

「三時間は寝ました」

「全然足りてないじゃん」

 

 ケイコ先輩が呆れた顔をする。トト先は黙って俺を見てから、紙袋を机の下に置いた。

 

「田中くん。無理はしないで」

「大丈夫です。むしろ今が一番充実してるんで」

「充実してるからって倒れたら意味ないけどね」

 

 ケイコ先輩がペットボトルの水を渡してくる。受け取って、一口飲む。冷たい水が喉を通って、少し頭がすっきりした。

 

「ありがとうございます」

「どういたしまして」

 

 ブースに人が立ち寄る。新刊を手に取って、中身を確認している。ケイコ先輩が笑顔で対応する。トト先も横に並んで、丁寧に説明する。伊代も頒布の準備をしている。

 

 この光景が、残り少ない。

 二周目に戻ったら、もう見られない。いや、見られるかもしれない。でも、この俺としては見られない。

 

 それでも、戻る。戻らなければならない。

 この世界は、俺の世界じゃない。俺の居場所は、二周目にある。

 ブースの前を、また人が通り過ぎていく。

 

 ビッグサイトの空気が、夏の熱気を運んでいた。

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