疎遠になってた元ガキ大将のムチムチポニテ幼馴染との青春を高校生活から書き直す 作:サニキ リオ
家に帰ってリビングに降りると、愛夏がソファで携帯をいじっていた。
「ちょっといいか」
「どうしたの、急に」
愛夏が携帯を膝の上に置いて顔を上げる。いつもより真剣な声色だったのが伝わったのか、携帯を閉じて身体ごとこちらを向いた。
「ヨシノリとがちま屋でバイトしてる喜屋武って女子の様子がおかしいんだ」
「おかしいって、どういう風に?」
「なんていうか、こうバチバチしてるというか」
愛夏の目が細くなる。観察するような視線が、俺の表情を舐めるように動いた。
「バチバチ?」
「仲が悪いわけじゃない。むしろ表面上は普通に接してる。でも何かを競ってるような、そういう空気があって」
愛夏が黙る。視線はこちらを捉えたまま微動だにしない。考え込んでいるというより、答えを選んでいる顔だった。
「それで?」
「それで、その原因が俺なんじゃないかと思って」
「原因がお兄ちゃん?」
愛夏の声のトーンが上がる。俺は頷いた。
「漫研の後輩の話をしたら、二人とも『女の子?』って聞いてきて、やっぱりって顔されたんだ」
愛夏がまた黙る。今度の沈黙は長かった。リビングの時計が秒針を刻む音だけが響いている。窓の外から車の走る音が聞こえて、また静かになる。
そして愛夏が、深く長いため息をついた。
「お兄ちゃん、鈍すぎでしょ」
「えっ」
「どう見ても好きでしょ、二人とも」
愛夏の言葉は有無を言わさぬ断定だった。矢のように真っ直ぐ飛んできて、胸の中心に突き刺さる。
「好き?」
「恋愛的な意味で。お兄ちゃんのこと好きなんだよ、由紀ちゃんもその喜屋武さんも」
頭の中で言葉が滑って転んで、整列を失う。
好き。恋愛的な意味で好き。
二周目では、ヨシノリは俺に好意を持っていた……と思う。
喜屋武に関してはわからない。
喜屋武は仲間として大切な存在だったが、恋愛とは別の場所にいた。
だが、一周目は違う。
二周目と違って、世界の修正力による感情の抑制がない。抑えられていたものが解放されている。
もしかして、という可能性は頭をよぎっていた。確信には至らなかった。俺みたいな執筆マシーンに、そんなはずはないと自分で打ち消していた。
だから、愛夏に相談した。
「マジ、なのか」
「マジだよ。お兄ちゃん、自分のこと過小評価しすぎ」
愛夏が呆れたような顔で首を振る。
「前はずっと部屋にこもって友達もいなかったのに、今は友達いっぱいいて、女の子にモテてる。それなのに自分だけ気づいてないとか、鈍感にも程があるよ」
「いや、でも」
「でもじゃない。二人ともお兄ちゃんのこと好きでしょ。特に由紀ちゃんはずっと昔から」
愛夏が言い切る。その声には迷いのかけらもなかった。言葉に重さがあって、ようやく現実として受け止められる。
ヨシノリと喜屋武。二人とも、俺を好きだと。
「どうすればいいんだ」
「どうするって、お兄ちゃんはどうしたいの?」
「わからない」
「わかんないって、お兄ちゃんは誰が好きなの?」
愛夏の問いが空気を切り裂く。
誰が好きか。
二周目では、ヨシノリだった。ヨシノリと一緒にいて、ヨシノリのことを考えて、ヨシノリを大切に思っていた。
一周目でも、それは変わらない。俺はヨシノリが好きだ。
「俺はずっとヨシノリが好きだ」
愛夏が頷く。小さく、ゆっくりと。
「なら、ちゃんと向き合わないとダメだよ」
「向き合う?」
「そう。今のお兄ちゃんは、由紀ちゃんにも喜屋武さんにも中途半端でしょ。どっちにも優しくて、どっちにも気を使って、結果的に二人とも期待させてる」
愛夏の言葉が刃物のように胸に食い込む。
「それって、誰も幸せにしないよ」
反論できなかった。喉の奥で言葉が詰まって、出てこない。
「だから、ちゃんと決めないと。お兄ちゃんが誰を選ぶのか。そして、選ばなかった人にはきちんと伝える」
愛夏の視線が真剣だった。冗談を言っているときの緩さがまったくない。
「……俺には選ぶ資格がない」
少なくとも、俺は二周目に戻る。
告白だって、二周目のヨシノリにするつもりだ。
だから、この一周目で想いを告げることは許されない。
「選ぶ義務があるんだよ」
愛夏が即答する。容赦がなかった。
「お兄ちゃんが誰かを選べば、選ばれなかった人は傷つく。それは避けられないよ」
窓の外で風が吹いて、木々が揺れる音が聞こえた。
「でもね、中途半端にしておくほうが、もっと傷つけるんだよ。ずっと期待させて、ずっと待たせて、結局ダメでしたって言われるほうが、よっぽど辛い」
愛夏の言葉が静かに響く。リビングの空気が重くなって、肩にのしかかってくる。
「だから、早めに決めたほうがいいよ。お兄ちゃんが由紀ちゃんを選ぶなら、ちゃんとそれを伝える。喜屋武さんにも、友達としては大切だけど恋愛対象としては見られないって、ちゃんと言う」
「難しいな」
「難しいよ。でも、やらなきゃいけないことだから」
愛夏が立ち上がって、俺の肩に手を置く。温かい手だった。
「お兄ちゃん、逃げないで。ちゃんと向き合って」
「わかった」
愛夏が小さく笑って、リビングを出ていく。階段を上がる足音が遠ざかって、また静かになった。
一人残された俺は、ソファに沈み込む。
ヨシノリを選ぶ。それは決まっている。
喜屋武にどう伝えればいいのか。頭の中で言葉を探すが、どれもしっくりこない。適切な表現が見つからない。
「それに伊代の問題もあるしな……」
この世界に骨を埋めるというのなら話は早かった。
恋愛にしろ、世界を選ぶにしろ、俺は選ぶことを先送りにしているのだ。
天井を見上げる。白い天井が、ただ静かに広がっている。
時計の秒針だけが、規則正しく音を刻んでいた。