疎遠になってた元ガキ大将のムチムチポニテ幼馴染との青春を高校生活から書き直す 作:サニキ リオ
伊代は助からない命よりも俺の人生を優先するように言った。
それは諦めから来る言葉だった。
受け入れたふりをしている言葉だった。
空き地に立つ伊代の姿が、まるで世界から切り離されようとしているように見えた。
輪郭が薄れているような錯覚すら覚える。
でも、俺はそれを受け入れられない。
「俺はこの世界に戻って来たとき、孤独だった」
伊代が顔を上げる。涙で濡れた目がこちらを向いた。
「顔は知っているのに、俺との思い出がない友達や先輩たち。どう接すればいいのかわからなくて、怖かった」
記憶が蘇る。二周目から戻ってきて、一周目の世界に放り出されたときのこと。
知っている顔が並んでいるのに、誰も俺との思い出を知らない。
二周目の記憶を持っているのは俺だけ。
取り残された感覚。誰とも繋がれない孤独。
あの恐怖は二度と味わいたくないものだった。
「あいつらと向き合う勇気をくれたのは伊代だった」
俺の言葉に、伊代の瞳が揺れる。
「お前が俺に話しかけてくれた。知っている顔で違う中身のお前が、俺に勇気をくれたんだ」
一周目の漫研でのことを思い出す。
漫研の部室で伊代が笑っていた。トト先とケイコ先輩が頷いていた。ホワイトボードに書かれた図。
みんなで過ごした日々は、二周目にも劣らないほど輝いていた。
「たった数ヶ月でも伊代がくれた勇気のおかげで、俺はかつてくだらないと吐き捨てた一周目で頑張ることができたんだ」
伊代が俯く。涙が一粒、地面に落ちて土に染み込む。
「俺はバッドエンドが嫌いだ」
胸の奥から絞り出すように、言葉を続ける。
「物語的に意味を持たせない、ただ読者を曇らせることを目的としただけ。そんな物語が大嫌いなんだよ」
伊代が顔を上げる。涙で濡れた顔で、また笑おうとする。口角を無理に上げようとしているようだった。
「バッドエンドじゃないですよ。だって、私は元々いないんですから」
その言葉が、針のように胸に刺さる。
「でも、この数ヶ月。確かに伊代はいただろ」
感情が溢れ、声が大きくなる。
「お前は漫研にいた。部誌を作った。夏コミに参加した。俺と話して、笑って、泣いて。全部、確かにあったことだ」
伊代が黙る。言葉を失ったように口を閉じる。
「何を持ってその人の存在証明とするか――俺は記憶だと思う」
伊代の目を見る。赤く腫れた目。涙で濡れた瞳。
「人が死ぬときは、誰かから忘れられたときだ」
伊代の目が見開かれる。息を呑む音が聞こえる。
「だから、俺は忘れない。お前のことを絶対に忘れてやらない」
その言葉に、伊代の肩が震えた。
「クラスメイトが忘れても、ケイコ先輩やトト先が忘れても……世界が忘れても、俺は忘れない。二周目に戻っても、お前のことを覚えてる」
伊代の目から涙が溢れる。堰を切ったように流れ出す。
「だから、諦めるな。大丈夫だなんて言うな。強がるな」
俺は伊代の肩に手を置く。温かい。確かに実体がある。
「お前は確かに存在してた。それは間違いないことだ」
伊代が声を上げて泣き始める。
もう笑おうとしない。強がろうとしない。
ただ、泣いている。
抑えていた感情が一気に溢れ出したように、嗚咽が漏れる。
俺は伊代の頭に手を置く。何も言わない。ただ、そばにいた。
それから、どれくらい時間が経ったのかわからない。
伊代の泣き声が次第に小さくなっていく。
目を拭って、鼻をすすって、深呼吸する。
「先輩」
掠れた声が聞こえる。
「ありがとうございます」
その声は震えていたが、諦めの色はなかった。
「帰るぞ」
「どこに?」
「俺の家だ。やることがある」
伊代が不思議そうな顔をする。涙の跡が残っている。
「やること、ですか」
「お前を助ける方法を試す」
伊代の目が見開かれる。
「え?」
「諦めないって言っただろ」
伊代が口を開けたまま固まる。
「本当に、そんなこと」
「できるかどうかはやってみなきゃわからない。諦めるよりはマシだ」