疎遠になってた元ガキ大将のムチムチポニテ幼馴染との青春を高校生活から書き直す   作:サニキ リオ

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第93話 姫の仰せのままに

 僕の名前は田中騎志。

 平凡な苗字に対して、名前が少しだけ浮いているとは自分でも思う。

 騎士のように気高く、高い志を持って生きて欲しい。そんな願いを込めて両親は付けてくれたみたいだが、その想いにはまるで応えられていない。

 

「愛夏ちゃん。ペンギンのほうでも見に行こうか」

 

 友人の妹である愛夏ちゃんを連れ立ってクラゲの水槽を足早に通り過ぎる。

 

「ナイト先輩。クラゲの水槽見なくていいんですか?」

「ああ、クラゲはあんまり好きじゃなくてね」

 

 水流に流され揺蕩うクラゲの姿は自分に重なるものがある。

 周囲に合わせて何もせず、求められた役割に準ずることしかできない自分の意志を持たないボンクラ。

 心臓の奥が鈍く疼く。喧騒に紛れたはずの記憶が、不意に蘇る。

 昔、あのクラスで起きたこと。

 

「もしかして騎志?」

 

 弾んだ声が耳に届いた瞬間、僕の全身が硬直した。喉の奥がひどく乾く。

 この声を、忘れたことはなかった。

 

「……姫乃」

 

 振り向いた先にいたのは、まぎれもなくこの世で最も会いたくない幼馴染――大瀬姫乃(おおせひめの)だった。

 

「久しぶり! こんなところで会うなんて運命だね」

 

 幼馴染との再会なんて言えば運命的かもしれないが、その裏にある過去の記憶は、決して綺麗なものではなかった。

 僕は幼い頃、少し大人びた顔立ちと落ち着いた性格のせいか、女子から好かれることが多かった。それがあるとき、一人の女子がいじめの標的になった原因だった。

 

『騎志君と仲良いからって調子に乗ってない?』

 

 そんな言葉を投げかけられた彼女は、クラスの女子たちから無視され、持ち物を隠され、次第に学校に来なくなった。

 過去が、悪夢のように甦る。喉が詰まり、指先が冷えていく。心臓の鼓動だけが、妙にうるさく響いた。

 

「……ああ、久しぶりだね」

 

 僕は平静を装いつつも、目の奥がじわりと痛むのを感じた。

 

「ねえ、そっちの子、誰?」

 

 彼女の視線が隣にいた愛夏ちゃんへと向けられた。その目は柔らかい笑みを浮かべているようで、奥底に冷たい何かが宿っている。

 

「わたし、まなか……それでね、あのね、お兄ちゃんと別々になっちゃって……」

 

 愛夏ちゃんは咄嗟に不安そうな表情を作り、そわそわと視線を泳がせる。

 僕が驚いて彼女を見やると、愛夏ちゃんは目だけで「任せて」と伝えてくる。

 

「へぇ~、迷子になっちゃったんだ?」

 

 一瞬にして姫乃の視線が柔らかくなった。

 愛夏ちゃんは小柄で童顔なため、小学生と言われても違和感はない。僕の肩にしがみつき、「ねえ、お兄ちゃん、はやくペンギン見に行こうよ!」とせがむ様子は、まるで本物の小学生のようだった。

 

「……悪いけど、そういうわけだからもう行くよ」

 

 僕は姫乃に短く告げると、愛夏ちゃんの手を引いて人混みへと足を踏み出した。

 

「待って、騎志!」

 

 姫乃が慌てて呼び止める。

 

「せっかくだし、連絡先交換しない? また会えたら嬉しいし」

 

 僕の指先が一瞬、動きを止めた。

 ……断る理由がない、というのは表向きの理屈だった。

 本当は、ただ逃げる勇気すら持ち合わせていなかった。再会という偶然に戸惑い、過去に向き合うことが怖くて、口をつぐむしかできなかった。

 頭の片隅に、過去の出来事がよぎる。

 

「それなら!」

 

 愛夏ちゃんが勢いよく前に出た。

 

「お兄ちゃんね、さっきシャチのショーで思いっきり水をかぶっちゃったらしいよ! それでスマホが壊れちゃったんだって!」

「え、そうなの?」

「うん、だから今はスマホ使えなくてね。この子の連れを見つけたら僕もはぐれた友達と合流予定さ」

「そっか……残念。でもまたどこかで会えるよね!」

 

 姫乃は少し残念そうな顔をしたが、それ以上は追及しなかった。

 人混みに紛れた僕は、小さく息を吐いた。

 

「助かったよ。名演技だったね」

「気にしないでください。なんかヤベー女の匂いがしたので」

 

 愛夏ちゃんはけろっとした顔で笑う。

 僕は一瞬、目を細めた。

 その笑顔に、言いようのない温かさが宿っていた。

 場の空気を読み、即興で状況を覆す判断力と演技力。それだけじゃない。僕を守ろうとする、彼女の真っすぐな優しさが、胸の奥に響いた。

 

 この子、やっぱりすごいな。

 

 ふと、カナタがアミちゃんを救ったときのことを思い出した。

 あのとき、何もできずに立ち尽くす無能な僕と違って、カナタは全てをひっくり返してみせた。

 そのまぶしい姿が愛夏ちゃんに重なって見えた。

 

「行こうか、ペンギン」

「はい!」

 

 僕は小さく息を吐き、再び歩き出した。

 ……僕も、変われるのだろうか。

 

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