疎遠になってた元ガキ大将のムチムチポニテ幼馴染との青春を高校生活から書き直す   作:サニキ リオ

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第97話 愛に溢れた真夏の光

「愛夏?」

 

 愛夏から発せられた冷たい声音には戸惑うしかなかった。

 どうしてまとまりかけた空気を壊そうとするのか。おれにわかるのは、少なくとも、愛夏は無意味にこんなことをしないということだけ。

 

 俺と同様にナイトも目を丸くしていた。驚きと困惑が入り混じった表情で、愛夏の顔を見つめている。

 彼女が何を言おうとしているのか、すぐには理解できなかったのだろう。俺にも理解できていない。

 

「あなた、幼馴染なんですよね。だったら、ナイト先輩の本音くらい気づいているんじゃないですか?」

「ちょっと愛夏ちゃん。何を――」

 

 ヨシノリが口を挟もうとしたが、愛夏の言葉がそれを遮った。

 

「ナイト先輩。こういうのにはハッキリ言わないとわかんないですよ」

 

 その声は静かだったが、芯のある強さを持っていた。小柄な体の奥に、決して揺るがない信念が宿っているようだった。

 

「こういうのって、どういう意味?」

 

 姫乃さんが目を細める。目元には僅かに苛立ちが浮かび、その視線は鋭く愛夏を捉えていた。だが、愛夏は怯まずに言葉を続けた。

 

「幼馴染なんて形だけの関係で相手を縛ることでしか繋ぎ止められないメンヘラ女って意味です」

 

 直球過ぎる言葉に姫乃さんが目を見開く。

 ナイトが驚いたように一歩後ろに引く。まるで自分の心の奥を暴かれたような、そんな表情だった。

 

「ナイト先輩は、ずっと我慢してたんです。あなたのせいで……誰にも言えずに、ずっと耐えてた」

「い、一体何の話を……」

 

 姫乃さんが声を震わせる。その手がわずかに震え、感情が押し寄せているのが見て取れた。

 

「くだらない優越感のために、ナイト先輩を縛るのはやめてください」

 

 ナイトは視線を落としたまま、口を噤んでいた。

 

「そうか、そういうことなのか」

 

 愛夏の言葉で、俺も姫乃さんに感じていた違和感の正体に気づけた。

 沈黙を破るように、俺は口を開く。

 

「ナイト、俺は前から気になってたことがある」

 

 ナイトが顔を上げた。警戒とも困惑ともつかない目で、じっと俺を見ている。

 

「お前が過去にいじめられた子を助けられなかったって話……どうも引っかかるんだよ」

 

 ナイトと姫乃さんの肩が同時に震えた。

 空気が、一瞬で冷たくなった気がした。場の緊張が高まり、誰もが固唾を飲んで見守っている。

 

「俺はてっきり、姫乃さんが嫉妬されていじめられてたんだと思ってた。でも……逆だったんじゃないか?」

 

 姫乃さんの表情が凍りつく。目を伏せ、唇をかすかに噛みしめた。

 

「どういう意味だい?」

「姫乃さんが、いじめの主犯だったんだろ?」

 

 誰もが一瞬、息を呑んだ。

 

「そ、そんなこと!」

 

 姫乃さんが反射的に否定する。

 

「あんたの親父さんは、ナイトの父親の上司なんだろ? だからナイトは、誰が傷つけられようとも避けることができなかった。父親の仕事に影響が出るから」

 

 ナイトの目が見開かれる。瞳の奥に、抑えていた記憶と感情が溢れ出して広がったようだった。

 

「つまり、ナイトは……あんたを拒絶する自由すら持ってなかったってことだ」

「何よそれ……意味わかんない!」

 

 姫乃さんの声が怒りを帯びてきているのがわかる。どうやら、お姫様の化けの皮が剥がれてきたようだ。

 

「ナイトは気づいてたはずだ。姫乃さんがどう周囲に接していたか。ナイトが他の女子と仲良くすれば、姫乃さんの機嫌が悪くなる。するとその女子が、いじめられるようになる……そういう流れ、何度もあったんじゃないか?」

 

 ナイトの拳が震えていた。握りしめた手が白くなるほど、強く力が入っていた。

 

「俺も、幼馴染って関係には甘えてるところがあるから……その気持ちは、少しはわかる」

「まあ、直近にいろいろあったもんね」

 

 隣にいたヨシノリは苦笑しながら頬を掻いていた。

 ナイトと姫乃さんの関係は俺とヨシノリの関係と共通点が多い。

 疎遠になった幼馴染。

 見た目がずば抜けて良く、隣にいると自分まで価値のある人間なんじゃないかと錯覚してしまうような存在。

 そりゃ隣は譲りたくないだろう。

 

「でもな」

 

 俺は姫乃さんを見据えた。

 

「俺は、幼馴染だからヨシノリと一緒にいるんじゃない。ヨシノリだから、一緒にいたいんだ」

 

 俺はずっと悩んでいた。

 再会したヨシノリが美少女だったからまた関係を修復しようとしたんじゃないか、と。

 

 〝オークは語らず、エルフを騙る〟のラストに納得できなかったのも、それが原因だった。

 

 自分の醜さを肯定するようで認めることができなかったが、やっと答えが出た。

 見た目がいいから最初は貴重な幼馴染キャラとして、ヨシノリとの関係をやり直そうとした。その気持ちがあったことは否定しない。

 ただそれ以上に、昔の思い出を共有したり、一緒にいて居心地のいい時間を過ごせたり、内面部分でヨシノリともっと一緒にいたいと思うようになったのだ。

 

 だから、ハッキリと言える。俺たちとナイトと姫乃さんの関係は似て非なるものである。

 姫乃さんが目を見開く。まるで、今まで信じていた世界が揺らいだような顔だった。

 

「姫乃さん。あんたはナイトを、〝田中騎志〟としてちゃんと見てたのか?」

「そ、それは……」

「イケメンで大人びたアクセサリーとして隣に置いておきたかったんじゃないか」

 

 俺の言葉に姫乃さんが小さく息を呑む。

 

「それと、ナイト。一つだけ言っとく」

「娘が嫌われたくらいで部下に嫌がらせするような上司は、パワハラで訴えられる。だから、親父さんのことなんて気にするな。わがままになっていいんだよ」

 

 その瞳に、ずっと押し殺していた感情が浮かんでいた。苦しみ、怒り、そして……解放されたいという願いが。

 

「僕は……」

 

 小さな声が漏れた。

 

「僕は、嫌だった……」

 

 静かだが、確かな決意のある声だった。

 

「僕は、君にどう思われようと関係ない……!」

 

 ナイトが姫乃さんをまっすぐに見据える。

 

「僕のせいで誰かが傷つくのは、もう嫌なんだ!」

 

 その瞬間、姫乃さんが叫んだ。

 

「ふざけないでよっ! あんたが私に媚びてたから一緒にいてあげただけでしょ!? 私のせいにしないで!」

 

 声が震え、怒りとプライドが混ざり合ったような叫びだった。

 

「騎志の心が弱いだけじゃない! 自分の意思で私から離れなかったくせに、今さら嫌だったとか……なぁにそれ!?」

 

 その顔には涙ではなく憤怒が浮かんでおり、反省の色はまるでなかった。

 ナイトは、黙って彼女を見つめていた。

 

「姫乃さん。外堀を埋めきった状態で自分の意思なんて存在しないんだぞ」

「何よ、あんたは部外者でしょ! そこのドスケベ肉団子とよろしくやってなさいよ」

「ど、ドスケベ肉団子……!?」

 

 ついさっきまで仲良くしていただけに、ドスケベ肉団子呼ばわりされたヨシノリがショックで固まる。あと、肉団子っていうほどヨシノリは太っていないと思う。

 いや、胸は確かに肉団子だけども……。

 

「悪いがそうはいかないな。親友が苦しんでるのに放っておくバカがどこにいる」

「しん、ゆう……」

 

 ナイトが珍しく呆けた顔で俺の方を向く。

 

「ふん! 好きにすれば? 両親は私に甘いの。ねぇ、騎志。あなたのお父さんは長年家族ぐるみで世話になった上司に何かされたとして、パワハラで訴えられる性格かしら?」

「っ!」

 

 口元を吊り上げ、いやらしい笑みを浮かべる姫乃さん。

 まあ、そうくるよな。

 

「ああ、そうだ。貴重な闇の幼馴染のサンプルとしてこのやり取りは録音させてもらっているんだった」

「なっ」

 

 俺の言葉に今度は姫乃さんが言葉を失う番だった。

 

「いやぁ、俺って光の幼馴染しか知らないから、良い小説の糧になった。ありがとうな、姫乃さん」

 

 本当は再会した幼馴染のやり取りを録音してサンプルにしようと思っていたのだが、思わぬ形で役に立った。

 

「あんたねぇ……」

 

 ヨシノリが横からジト目を向けてくるが、俺は口笛を吹いて誤魔化す。いいじゃないか。結果的に助かったんだから。

 

「もやし野郎ォ……泥棒ロリィ……ドスケベ肉団子ォ……覚えてなさい……!」

「何もしてないのに、あたしだけ覚え方酷くない!?」

 

 ゆらゆらと力なく去っていく姫乃さんの背中に向けて、ヨシノリが憤慨したように叫ぶ。諦めろ。アミとは違う方向性でその見た目は十分嫉妬されるから。

 しばしの沈黙の後、ナイトはふっと力を抜くようにベンチに座り込んだ。

 

「……ありがとう。カナタ、由紀ちゃん、愛夏ちゃん」

 

 その顔には、これまで見たことのない穏やかな表情が浮かんでいた。長年張りつめていた何かが、今ようやく解けたようだった。

 そして、愛夏が一歩前に出る。それからベンチに座って同じくらいの高さになったナイトの頭を撫でる。

 

「ナイト先輩。誰にも言えなかったこと、ちゃんと口にできて偉かったですよ」

 

 その声は、どこまでも優しかった。日差しのように温かく、ナイトの心をそっと包み込むようだった。

 

「今まで誰かに助けてほしいって、思うことすら怖かったんだ」

 

 ナイトが、ぽつりと零す。目元に浮かんだ涙が、ゆっくりと零れ落ちる。

 

「そうですよね。でも、もう大丈夫です」

 

 愛夏は微笑んだ。その笑顔には、不思議な安心感があった。見ているだけで、胸があたたかくなるような、愛夏がたまに見せる大人びた表情だった。

 

「私は、ナイト先輩が本当に助けてって言ってくれたら……そのときは、絶対に手を伸ばしますから」

 

 ナイトは、一瞬驚いたように愛夏を見つめた。

 

「……うん。ありがとう」

 

 そして、自然に笑って、頷いた。

 

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