塹壕帰りの迷宮潜り   作:バショウ科バショウ属

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迷宮の掘出物Ⅶ

 支給されたビスケットは石のように硬く、まるで歯が立たない。

 塩のスープでふやかして、ようやく食べられる。

 我々がシュトラール軍より恵まれているとすれば、ジャムという心強い味方がいることだろう。

 

 ――差出人不明『あゝ塹壕飯』より抜粋。

 

 

 焦げ臭さが残る洞穴の片隅で、ランタンの光を頼りに1本の針を走らせる。 

 戦場ではソーイングセットが欠かせない。

 丈夫な野戦服でも破れるし、ボタンは飛ぶし、小さな()()()など日常茶飯事だ。

 だから、自然と裁縫の技術が身についた。

 

「あうあ」

 

 何も聞こえないし、頭の上に置かれた脂肪の塊も気にしない。

 拾い集めたコートやシャツの切れ端を無心になって縫い合わせる。

 

 ひとまず探索は打ち切り――どうしようもない。

 

 資料の類は何も残っておらず、警告灯が力尽きた時点で切り上げるしかなかった。

 唯一の手掛かりと言える異形娘は、孵ったばかりの雛みたいに私から離れない。

 頭上に視線を寄越せば、私を覗き込む碧眼とかち合う。

 

「むふぅ?」

 

 アルフの耳を引き抜こうとしたり、相棒の放熱板に噛みついたり、心の赴くままに動く。

 そんな娘を生まれたままの姿で放置すれば、間違いなく怪我をする。

 何か着せないと私が落ち着かない。

 

「ぱぱっ」

 

 目が合うだけ嬉しそうに笑う異形娘。

 父親になった覚えも、処女受胎した覚えもない。

 おそらく刷り込みの一種だと思われる。

 

「アルフ」

「は、はい!」

 

 ぼさぼさの銀髪を片手で梳きつつ、少し離れた場所に座るアルフを呼ぶ。

 その傍らには血塗れのハバーサックが4つ。

 

「めぼしいものはあったか?」

 

 アルフにはレッドキャズムが残していった所持品を漁らせている。

 さすがに魔術技巧(ウィズテク)はないだろうが、使える物は使わせてもらう。

 

「えっと……食糧と弾薬は、これくらいありました」

「よし」

 

 タオルの上に置かれた缶詰と紙袋の量を見るに、もって2日か。

 塹壕も迷宮も知らない連中の所持品は、とにかく無駄が多い。

 軍靴工場で働いていたというアルフに仕分けを任せて正解だった。

 

「むぅ……」

 

 不満げな声が降ってくる。

 頭から重みが消え、かつりと硬質な音が響いた。

 

 ――それが足音だと思う者が何人いるだろう。

 

 視界の端から現れた異形娘の足先は外骨格で覆われ、鋭利な爪で地面を掴んでいた。

 獣人種にも毛深い者はいるが、ここまで人間を逸脱してない。

 

「あうぁ!」

「わぁっ!?」

 

 アルフの傍らへ飛び込み、雑多に積まれた所持品の小山を崩す。

 恥じらいの欠片もない体勢で、長い尻尾を揺らす異形娘。

 頭が痛くなってくる。

 

「ん、ん!」

 

 異形娘は小山の中から茶色い紙箱を掘り出し、目の前に突き出してくる。

 その味気ないパッケージには見覚えがあった。

 

「コンドームだな」

「こどうむ?」

 

 使ったことはないが、見たことはある。

 お盛んな連中の間で性病が蔓延し、いつの間にか軍の支給品に加えられていた。

 しかし、衛生概念が紙屑以下のストリートギャングが持っているとは珍しい。

 

「齧るな」

 

 紙箱に犬歯を突き立てる異形娘に、首を振って制止を促す。

 そんなもの食べても空しいだけだ。

 

「むぅ……」

 

 歯型のついた紙箱を放り捨て、恨めしそうな視線を返してくる異形娘。

 言葉が通じないと何を求めているか、さっぱり分からない。

 

 噛む、齧る――まさか空腹なのか?

 

 ふと、腕時計の泥を拭ってみれば、12時に差し掛かるところだった。

 道理で頭の巡りが鈍いはずだ。

 

「はぁ……分かった」

 

 糸を噛み切って結び、ひとまず仕上げたことにする。

 出来は粗いが、裸体を隠すくらいの仕事は果たせるだろう。

 

「飯にしよう」

「あう!」

 

 ソーイングセットを片付け、アルフが仕分けした携行食から昼餉を見繕う。

 マカノッチーは論外、この破滅的に不味いシチューを湯煎する機材も気力もない。

 チョコレートを持ってるとは生意気だな。

 他には――

 

「あの、アメリアさん、振り向いても大丈夫ですか!」

 

 明後日の方角へ向いたまま声を張り上げるアルフ。

 さっきから顔を背けてるとは思ったが、律儀に待っていたのか。

 

「少し待て」

 

 仕上げたばかりのポンチョを掴み、異形娘のところまで引き摺って行く。

 期待で輝く碧眼を隠すように頭から被せてやる。

 

「やっ」

「暴れるな」

「あうあ!」

 

 1分間に及ぶ格闘の末、首を通させることに成功。

 半身を隠せるポンチョを纏った異形娘は、ぺちぺちと触角で抗議してくる。

 でも、脱ごうとはしない。

 

「もういいぞ」

「すみません……」

 

 おずおずと振り返ったアルフの顔は仄かに赤い。

 異形娘が視界に入ると慌てて目を逸らす。

 娼館くらいでしか見ない刺激的な格好ではあるが、いちいち反応が初心だな。

 

「アルフ……お前、童貞(バージン)か?」

「うぇっ!?」

 

 分かりやすい。

 聞くまでもなかったな。

 

「わ、笑わないでくださいよ!」

 

 少年の微笑ましい抗議を聞き流し、ハバーサックにソーイングセットを仕舞う。

 地上へ帰還できるかも分からない状況で、なんとも緩い空気が漂っていた。

 底無迷宮にいるとは思えない。

 

 懐かしい感覚――昼下がりの塹壕で、暇潰しのカードゲームに興じた時と似ている。

 

 いつも張り詰めた空気に身を置いていたわけじゃない。

 ついぞ忘れていた。

 

「……それより飯の支度だ」

 

 缶切りとコンビーフ缶を取り出して、その重みを確かめる。

 私1人なら十二分、3人では少々物足りない。

 

「ビスケットとジャム缶を開けてくれ」

「これは開けないんですか?」

「マカノッチーは捨てていい」

 

 紙袋のビスケットも催涙ガスが染み込んでるかもしれないが、贅沢は言えない。

 甘ったるいジャムがあれば、まだ食えるはずだ。

 

「むむ……」

 

 コンビーフ缶に当てた缶切りを物珍しそうに見つめる碧い瞳。

 スチールの蓋を破る音に合わせて触角と尻尾が揺れ動く。

 獣人種に近しいが、あまりに形態が異なっている。

 

「お前、名前は?」

「んぅ?」

 

 問いかけても首を傾げるだけ。

 名前が分からないのか、名前という概念が分からないのか。

 

「私はアメリア」

「あえりあ!」

「あっちはアルフだ」

「あふる?」

 

 私が指差した対象の名前は判別できるらしい。

 せめてブリタニア語が話せれば、もう少し意思疎通が楽なのだが。

 そんなことを思いながら、スチールの蓋を切り離す。

 

「あうあ!」

「待て」

 

 手元を覗き込もうとする異形娘の頬を押さえ――口に親指が入った。

 

「ん……」

 

 途端に大人しくなった異形娘は、そのまま指を吸い始める。

 くっすぐったい。

 何をしているんだ、この娘は。

 

「あぅ」

 

 指を引き抜くと、ひどく名残惜しそうな顔をされた。

 上目遣いで催促しても咥えさせてやらないぞ?

 

「アルフ、ジャム缶は私が開ける」

「あ、はい!」

 

 コンビーフ缶を脇に置き、ジャム缶を渡すようアルフに手招きする。

 今、ナイフで開けようとしたな?

 その開け方は中身に鉄臭さが混じって不味くなるぞ。

 

「……あの、アメリアさん」

 

 アルフはプラムのジャム缶を手渡し、ちらりと私の隣を見る。

 その視線の先には、不満げに頬を膨らませた異形娘。

 次に来る言葉は見当がつく。

 

「その人は、どうなるんですか?」

 

 どうする(行動)ではなくどうなる(結果)か。

 私が置き去りにするとは微塵も思っていないらしい。

 ここまでやって置き去りにはしないが、ずいぶんと高く買われたものだ。

 

「迷宮人と遭遇した、なんて話は今まで聞いたことがない」

 

 スチールの蓋に突き立てた缶切りを回しながら、散らかっていた思考も回す。

 

「まず間違いなく、連合軍の管理下に置かれるだろうな」

 

 ブリタニア、ガリア、シュトラールの三国を主体とする連合軍は、底無迷宮の底を明かしたい。

 その上で未知の情報源は是が非でも確保したいはず。

 

「あるいはブリタニア軍か」

 

 ぺこりとジャム缶の蓋が開く。

 連合軍とは底無迷宮を封鎖する蓋であり、ウェストベルクを巡る第二の戦争を防ぐための枷だ。

 しかし、いずれの参加国も出し抜く機会を窺っている。

 あれだけの戦死者を積み上げても学習がないのだ。

 

「なら、安心ですね」

 

 アルフは不安そうな表情から一転、安堵の表情を浮かべる。

 軍の管理と聞いただけで安心できるらしい。

 夥しい量の血を塹壕へ吸わせ続けた連中を、どうして信用できる?

 

「どうだかな」

「あうあ?」

 

 泥臭さの中に混じる甘い香りに惹かれて、私の肩から手元を覗き込む異形娘。

 プラムの赤を見下ろす目には好奇心の光だけが宿っている。

 この娘から何かしらの情報を得ることは難しいだろう。

 あまりに知性が幼い。

 

 情報源にならない時、軍が何を始めるか――不愉快だな。

 

 だからといって何ができるわけでもないが。

 私は元ブリタニア兵であって、今は底無迷宮を這い回る()()()()()だ。

 苛立ったところで仕方ない。

 

「そっちは開いたか?」

「開きましたけど……食べられるんですか、これ?」

 

 手にした茶色の正方形を睨み、眉を顰めるアルフ。

 そんな少年の前で、ビスケットを1枚抜き取ってジャム缶の縁を叩いてみせる。

 鳴り響く音は硬い。

 

「うわぁ……」

「おがくずパンよりは食える」

「はむっ!」

 

 目にも留まらぬ速さで、視界から消えるビスケット。

 

「むぐむぐ……」

 

 ごりごり、と異形娘の口から漏れ聞こえる音は、坑道の掘削音に似ていた。

 普通はスープか紅茶でふやかしてから食う代物だぞ。

 

「大した顎だな」

「……ですね」

 

 石のような硬さを物ともせず、ビスケットの咀嚼を終える異形娘。

 恐るべし迷宮人、いや新人類か。

 私は大人しくハバーサックからマグカップとスプーンを取り出した。

 

「腹ごしらえを済ませたら出発するぞ」

「はいっ」

「あう!」

 

 地上に辿り着くまでは面倒を見るが、それ以降は私の知ったことじゃない。

 これまでと同じ、何も変わらない。

 まるで言い訳のように言い聞かせ、スプーンの切先をコンビーフに沈み込ませる。

 

 

 ウェストベルクの空は分厚い鉛色の雲に覆われ、今にも泣き出しそうだった。

 夜明け前の一雨を浴びた土嚢は、まだ黒ずんだまま。

 直径200メートルという大穴の縁に佇む歩哨は、憂鬱な眼差しを天から奈落へ注ぐ。

 

「ブロブ以外と遭遇しない?」

「はい」

 

 その光景を監視哨から眺めていたブリタニア軍の士官は、形の良い眉を顰めた。

 ウェールズ出身の獣人種に多く見られる狐の耳が微かに揺れる。

 

 ノーフォーク連隊でも古参の士官――ライオネル・ファーロウ少尉。

 

 ナイフのように鋭い眼光を背後へ向け、報告を続けるよう促す。

 

「迷宮からコボルトやクリッパーが姿を消している、と」

「ふむ」

 

 直立不動のラッセル軍曹は、微かに緊張した面持ちで告げる。

 現在、ウェストベルク迷宮では異変が発生していた。

 迷宮を跋扈する怪物たちが突如として姿を消したのだ。

 

「何かしらの異変が生じていると見るべきだな」

 

 ライオネルは銃眼を覗き、迷宮の出入口に集まったカーキ色の人影を見遣る。

 彼らは糧を求めて迷宮へ潜る()()()()()たち。

 今は下らない雑談を交え、タバコとカードゲームで時間を潰している。

 

「やはり、音響偵察チームが捉えた爆発音と関係が?」

「どうかな」

 

 緊張感の違いは、ひとえに情報量の差だった。

 砲兵の位置を割り出す音響偵察チームが、迷宮の異変を観測していたのだ。

 

「ともかく報告しなければなるまい」

 

 そう告げるライオネルの表情は、いつになく険しい。

 ウェストベルクに迷宮が出現してから2年、奈落の底で前例のない事態が進行している。

 しかし、ブリタニア軍ウェールズ師団に下されている命令は、()()()()()()から現状維持だ。

 

「ご苦労だった、ラッセル軍曹――」

 

 新任軍曹に労いの言葉をかけた瞬間、ウェストベルクの大気が震える。

 腹の底にまで響く重低音は、まるで獣の唸り声のよう。

 それは誰もが耳にしたことのある警報。

 

「空襲警報?」

 

 久しく聞いていなかった警報に、人々は思わず天を仰いだ。

 鉛色の空に憎たらしい硬式飛行船の姿は見えず、幾人かは誤報を疑った。

 

「対空戦闘用意!」

 

 いち早く思考を切り替えたのは、歴戦のブリタニア軍士官だった。

 たった一声で弛緩した空気を吹き飛ばす。

 ブリタニア兵たちは持ち場へ全速力で駆けていき、水冷式の機関銃が次々と曇天を睨む。

 

「エグバード軍曹は降り口を封鎖。探索者をうろつかせるな」

「了解っ」

 

 ライオネルは強面の先任軍曹を降り口に向かわせ、狭い監視哨から野外へ出る。

 

「少尉、危険ですっ」

「今は空の様子が知りたい」

 

 それを新任軍曹が慌てて追う。

 幾度と空襲を経験しているライオネルは臆することなく、視界の開けた機関銃陣地に立つ。

 

「……降ってきたか」

 

 手にした双眼鏡から水滴が流れ落ち、足元の敷板で弾けた。

 陰鬱な雨の到来に、機関銃の射手が舌打ちを漏らす。

 すぐさま雨のヴェールが世界を覆い、色と熱を奪い去っていく。

 

「V大隊が撃ち始めたようです」

「ああ」

 

 灰色に染まった景色の中、重々しい砲声が響き渡る。

 ウェストベルク郊外に展開する高射砲が射撃を開始したのだ。

 

 懐かしき砲兵の音色、湿った泥の臭い――ウェストベルクに戦場が帰ってきた。

 

 西の空を睨むブリタニア兵たちは、ただ黙して待つ。

 

「…竜でしょうか?」

「それ以外いるまいさ」

 

 双眼鏡を覗くライオネルは、ラッセルの問いを肯定する。

 大戦が終結した今、硬式飛行船や爆撃機が飛来することはない。

 人類が直面している空の脅威といえば、ウェストベルク迷宮が吐き出した飛行生物だった。

 

「あの様子なら近寄って来れないでしょう」

 

 灰色の空を彩る黒い水玉模様。

 打ち上げられた砲弾が次々と炸裂し、乾いた音を地上に降らせる。

 

「ラッセル軍曹、竜を見たことは?」

 

 ライオネルは双眼鏡を覗いたまま、淡々とした口調で新任軍曹に問う。

 その間にも8門の高射砲は砲火を放ち続ける。

 それに負けじと強まる雨足。

 

「写真だけですが、一応は」

「そうか」

 

 サーチライトの光線が灰色を切り裂くも敵影見ず。

 確認を終えた上官が沈黙し、質問の意図が読めぬラッセルは困惑する。

 この時世、竜を知らぬ者などいないだろうに――

 

「……まさか生きていたとはな」

 

 その呟きは誰の耳にも届くことはなく、降り注ぐ雨の音に溶けていった。




 お前もパパにしてやるってんだよ!(CV:大塚芳忠)
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