塹壕帰りの迷宮潜り   作:バショウ科バショウ属

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大戦の忘れ物Ⅲ

 折畳式ランタンの光は遠くまで届かない。

 地肌から顔を覗かせる大戦の遺物に阻まれ、その視程は相棒(トレンチガン)の射程より短い。

 腕時計を見下ろせば、分針が1周しようとしていた。

 最近発見された5番坑道は同業者の出入が多く、獲物の奪い合いが多々ある。

 こういう時は別の坑道に潜りたいところだが――

 

「うわぁぁぁぁ!」

 

 そうもいかない。

 闇の奥底から聞こえてくる悲鳴は、おそらく()()()だ。

 

 迷宮に取り込まれた菱形戦車の残骸――鉄屑の影へ滑り込む。

 

 嗅ぎ慣れた泥の臭いに包まれる。

 リベット留めされた装甲に背を預け、ランタンの光を絞っておく。

 

「来るな、来るな!」

 

 この底無迷宮で無意味に位置を教える奴は長生きしない。

 素人か、あるいは故意か。

 近づいてくる足音から距離を測り、思考を切り替える。

 いつものように。

 

「なんでそんなもん持ってんだよ!」

 

 無意味な悪態を聞き流し、トレンチガンの放熱板をそっと撫でる。

 洞穴の闇が払われ、視界の端に入り込む光源。

 

「うわっ!?」

 

 目の前に転がり込んできたのは、全身煤塗れになった獣人種のガキ。

 地面に横たわってた履帯に足を引っ掛けたらしい。

 ドジめ。

 

「Умереть」

 

 その背後には、火炎放射器一式を携えたコボルト2匹。

 陽炎揺らぐ火炎放射器の銃口を上げ、前歯を出して笑う。

 面倒なところで始めてくれたな、このバカ。

 

「こんなことで殺され――ぐぇっ!?」

 

 ガキの首元を掴んで、装甲の影へ引っ張り込む。

 じゅっと空気の焼ける音。

 遅れて熱が顔を舐め、紅蓮の輝きに闇が一掃される。

 

「え、は、あつっ!?」

「口を閉じろ」

 

 栄養失調を疑う軽さのガキに言い含め、炎を視界から締め出す。

 思い出すのは、毒ガスに覆われた塹壕。

 色の失せた世界を焦がす世紀末の炎だ。

 ガスマスク越しに伝わる熱気と皮膚を焼かれる人間の絶叫は、今でも覚えてる。

 

 ――不愉快な武器だ。

 

 煤塗れのシャツから手を離し、相棒のハンドグリップを握り直す。

 チャンスは必ずある。

 コボルトは拾った道具を使えるだけで、原理を理解してるわけじゃない。

 

「Исчезла!?」

 

 炎の息吹が途絶え、洞穴の闇が息を吹き返す。

 燃料のガソリンが尽きるなんて思うまいよ。

 まだ熱の残る空間へ飛び出し、火炎放射器を構えたコボルトを睨む。

 

「お返しだ」

 

 距離は10メートル足らず。

 銃口を突きつけるように、引金は絞るだけ。

 

「Почему――」

 

 銃声の後には、どす黒い血飛沫が舞う。

 続けて、燃料タンクを背負った2匹目に照準を合わせる。

 

 引金は引いたまま、ハンドグリップを前後――装填と同時に発砲。

 

 スラムファイア(意図的な暴発による速射)を披露してやる。

 授業料は命だ。

 

「Человек…!」

 

 異言語の呪詛を吐くコボルトは、穴だらけになった腹を押さえたまま息絶える。

 一定の知性があっても対話が成功したことはない。

 迷宮に棲む怪物は、基本的に敵対的だ。

 殺すに限る。

 

「はぁ……」

 

 肺の空気と空薬莢を同時に吐き出し、胸元のポーチからバックショット弾を2発取り出す。

 相棒の装弾数は6発。

 こまめに装填して、次に備えておく。

 

「生きてるな」

 

 それから菱形戦車の影を見遣る。

 静寂の戻ってきた洞穴に、私の気怠げな声が反響する。

 

「な、なんとか……」

 

 獣人種のガキは琥珀色の目を瞬かせ、おずおずと立ち上がった。

 栄養失調のせいか、私より背が低い上に線まで細い。

 迷宮を潜るのに年齢制限はないが、こんなガキはお呼びじゃない。

 

「名前は」

「あ、アルフですっ」

 

 偽名でなければ、ブリタニア人か。

 緊張した面持ちで名乗ったアルフとやらは丸腰同然だった。

 折畳式ランタンと水筒以外に装備が見当たらない。

 疑ってくださいと言っているようなものだ。

 

「アルフ、こんなところで何やってた?」

 

 背後へ質問を投げながら、撃ち殺したコボルトの死体に近づく。

 連中が拾ったのはシュトラール製の火炎放射器だったらしい。

 デザインに見覚えがある。

 

「えっと、それは……」

 

 琥珀色の視線が泳ぐ。

 言い淀むアルフの頬には内出血の黒い痕があった。

 

 コボルトであれば噛みつくか、引っ掻く――ガキを殴るのは()()()()()だけ。

 

 死体の腰に巻かれたベルトから柄付手榴弾を引き抜く。

 シュトラール軍は最低3人で火炎放射器を運用し、その内の1人は手榴弾で突撃を援護していた。

 しっかり装備一式を拾っていたコボルトを褒めてやりたい。

 

「仲間と逸れて……そしたら、こいつらが襲ってきて」

 

 慌ててコボルトを指差すアルフ。

 ようやく台本を思い出したらしいが、少し遅かった。

 洞穴の奥から聞こえた足音が全てを台無しにしている。

 複数人、最低でも4人以上。

 

「仲間」

 

 素敵な響きじゃないか。

 事実であれば。

 柄付手榴弾の安全キャップを外し、金属ピンに指を掛ける。

 

「ガキを餌にするような連中が仲間?」

「え?」

 

 返ってきた間抜けな声に思わず笑ってしまう。

 砲弾降り注ぐ塹壕の中にも悪党はいた。

 

 当時は仕方なかった――生き残るために必死だったから。

 

 世界大戦が終わった今、悪党を守る免罪符は存在しない。

 正義の味方を気取って撃ち殺しても、この底無迷宮なら無罪放免。

 となれば――

 

「嘗めるなよ、バンディット(盗賊)ども」

 

 殺すに限る。

 柄付手榴弾の金属ピンを一息に抜き、闇の底に向かって放り込む。

 

 

 170グラムの炸薬が爆ぜた。

 刹那、迷宮に閃光が走る。

 衝撃波が洞穴を震わせ、吹き抜ける黒煙がランタンの光を奪う。

 

「くそったれ!」

「あのガキ、しくじりやがった!」

 

 口々に悪態を吐く男たちは、荒んだ眼光を曲がり角へ走らせた。

 その手には犯罪者御用達の改造銃、ボルトアクションピストルが握られている。

 

 男たちはスカベンジャー(腐肉食)と蔑まれる者――死体に集る者だ。

 

 今日も()に釣られた間抜けな獲物を狩るはずだった。

 しかし、彼らを出迎えたのはシュトラール製の柄付手榴弾。

 

「ジョーがやられた…!」

「くそ!」

 

 黒煙燻る曲がり角に転がる死体は仲間だったモノ。

 爆発を至近で浴びたことで半身が焼け焦げ、ぴくりとも動かない。

 それを見下ろす5人の男を支配する感情は一つ。

 

「殺してやる!」

 

 殺意だ。

 これから嬲り殺そうとしていた獲物に反撃され、彼らは憤っていた。

 加害者の自覚はなく、被害者という意識が先行する。

 男たちは救い難い存在だった。

 

「ボイル、ニール、来い!」

「おう!」

 

 後方に2人を残し、スカベンジャーは逆襲のため動き出す。

 迷宮の地肌に身体を寄せ、仲間の死体を大股で跨ぐ。

 短絡的な行動だった。

 

 立場は逆転している――獲物は5人、狩人は1人。

 

 洞穴の曲がり角を目前にして、男たちは軽やかな足音を聞く。

 

「っ!?」

 

 曲がり角から飛び出す影。

 あまりに小柄、ヘルメットが男たちの首より下にある。

 その影から音もなく迫り出す黒は――

 

「こ、こいつ…!」

 

 トレンチガンの銃口だった。

 

「がぁっ」

 

 重い銃声を伴ってバックショット弾が男の顔面を粉砕した。

 吹き飛ばされる顎、潰れる眼球、飛び散る脳漿。

 それらを照らすランタン光の中を空薬莢が回転しながら落ちていく。

 

「撃ち殺っぶえぁ!」

 

 速射が2人目の男を洞穴に縫い付け、シャツを鮮血に染め上げる。

 軽やかな足音が響き、小柄な影が闇を這う。

 

「ニール、下がれ!」

「俺たちが殺る!」

 

 仲間の声が届くより先に、ニールはボルトアクションピストルを構えた。

 しかし、彼我の距離は銃の射程ではない。

 

 ヘルメットの下で死神が笑ったような――ゆらりとトレンチガンの先端で銀が瞬く。

 

 それは刃渡り40センチの銃剣。

 闇を切り裂く刃を前に後退は許されない。

 

「このっ」

 

 苦し紛れの発砲がヘルメットを弾き飛ばし、硬質な音が響き渡った。

 それでも小柄な影は止まらずニールの腹に銃剣を突き立てる。

 下腹部から胸を抉るように、深々と。

 

「ニール!」

「早く退けろ!」

 

 仲間の声は届かない。

 得物を取り落とした瀕死の男は、ただ血のように赤い髪を見下ろす。

 

「あ、赤毛……ごっほ…ぉ……」

 

 赤毛の下から覗く顔は、少女。

 目の下の隈さえなければ、愛らしく見えたかもしれない。

 しかし、殺人を微塵も忌避していない碧眼は狂人のそれ。

 男の口から溢れた鮮血を浴びようと獲物の死を見届ける。

 

「撃て撃て!」

 

 仲間の死を悟った2人は即座に得物を構え、引金を絞る。

 ライフルの銃身を切り詰めた改造銃の精度は劣悪だが、ライフル弾の威力は申し分ない。

 シャツの内から肉が弾け、血飛沫が舞った。

 悲鳴も悪態も聞こえない。

 

「くそっ……生きてやがる…!」

 

 倒れ込んだ死体の影からは不気味な水音だけが響く。

 

 銃剣を引き抜く音は、まるで――獲物を前に舌なめずりする肉食獣のよう。

 

 無意識に後退っていた男たちは顔を見合わせ、頷き合う。

 腰のポーチに手を伸ばし、()()()()()の略奪品を握り締める。

 

「お返ししてやらないとな…!」

 

 表面に溝が刻まれた卵型の物体――ブリタニア軍が制式採用している破片手榴弾だ。

 

「ああ、吹き飛ばしてやれ!」

 

 1人は死体へ目掛けてライフル弾を叩き込み、牽制。

 その間に安全ピンを抜いて、身体を捻るように天井へと放る。

 

「くたばりやが――」

 

 放物線を描く手榴弾の落下点で銃火が瞬く。

 

 刹那、世界を白が覆い隠した――衝撃、暗転。

 

 耳鳴りに襲われ、次いで激痛が全身を駆け巡る。

 冷ややかな地面の感触を認識した時、男は地に伏していた。

 

「なに、が…?」

 

 弾片の突き刺さる地面を這い、喉から濁声を絞り出す。

 脳が理解を拒んでいるが、事実は一つだ。

 

 手榴弾を撃ち落とされた――トラップ射撃の要領で。

 

 回復した聴覚が足音を拾い、辛うじて動く右目で死神を追う。

 死が悠然と歩いてくる。

 銃剣の切先で地面と現実感を削り落しながら。

 

「ま、まさかっ」

 

 痛みと恐怖は消えず、傍らに佇む彼女は幻影などではない。

 ランタン光を反射して不気味に光る青い瞳。

 そして、血のように赤い髪が呼吸に合わせて微かに揺れる。

 

「お前は――」

 

 死を前にして彼女が何者であるか、スカベンジャーは理解する。

 たった1人で、元兵士6人を、接近戦で一方的に殺害する異常性。

 そこから導き出される者は、誰もが一笑する与太話のようなブリタニア軍人だ。

 

「鮮血のアメリア…!」

 

 かつてウェストベルクで最も恐れられた赤い悪魔は何も語らなかった。

 ただトレンチガンを突きつけ、無慈悲に引金を絞る。

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