男の提案に乗った俺は、助手席に乗った。車は緩やかに走り出し、どこかに向けて走り出す。シートベルトはちゃんとしろよと言われたからとりあえずつけている。
「……で、高校何年だ?」
何で俺は車に乗ったのか。理由は簡単で、時間が有り余っていたから。時間が潰せれば、俺は何でも良かった。見ず知らずの人間の車に乗るなんて、多少の危険も感じたが。暇という憂さを晴らすことの方が重要だった。
「3年」
興味がないということが誰にでも見てとれるように言った。すると男は「そうか」と一言だけ言って、窓を開けて煙草を付ける。動作は手慣れたものがあって、結構なヘビースモーカーだと勝手に位置づけた。
「名前は?」
一服してから、またもや質問を切り出された。内心何なんだと思いながら、俺は応えることにする。
「岡崎。そっちは」
「岡崎か。俺は佐藤潤だ」
「……あぁ」
ようやく男の名前を知った気がした。覚える気は無いけれど。名前を言ったあと、佐藤は俺に飲み物で飲むか、と尋ねてきたがそれは断った。
「その制服は、確か光坂の生徒だったか?」
「あぁ、そうだけど? ……って何で笑ってんだよ」
「いや。あそこは偏差値が高い進学校だって聞いていたんだが……。お前みたいなのもいるんだな」
「……そりゃ、いるんじゃないのか」
「ま、そーだな」
身のない会話。これは世間話というやつなのだろうか。いろいろ聞きだされているようで気分はあまり良くない。
「で、いつも暇つぶししてんのか」
「……そうだよ」
「高校は、楽しくないのか」
「アンタこそ、こんな夜に病院の公園で煙草吸ってんだろ。楽しいのかよ」
口から出る言葉が妙に辛辣なことには俺も気づく。しかし、佐藤は気が障ることもなく、平常な声で俺に切り返してきた。
「俺はバイト上がりだ。働いた後の一服ぐらいなら、いいだろ」
「バイト先で吸っちゃ、ダメなのかよ」
「職場は誰も吸わないからな。一応休憩所もあるんだが、吸うのが俺一人だから肩が狭くてしょうがない」
「……へぇ」
佐藤は、思ったよりも周囲に気を遣うタイプなのだろうか。さっきから煙草の煙が俺のほうにいかないよう、送風口の向きをいじっていることに今気づいた。
「話戻すか。……高校、つまらないか?」
「……まぁな。楽しんでるやつらもいるんだろうけど」
わざと曖昧な返事をした。自分が楽しめないこの生活を楽しんでいる人間が他に居るなんて、認めたくないと言う無駄な反抗心が芽生えた。
「……俺のバイト先な。アホみてえな高校生が三人ほどいる」
「アホってあんた……」
「変態とチビ、そして暴力女の三人衆だ。はっ、こう言うとひでぇ面子だな」
「暴力女って、どこにでもいるんだな……」
「……まさか、そっちにも暴力女がいるのか?」
「まあな」
初めて佐藤の動揺した顔を見た気がする。かといって優越感とかは別に無い。車は橋を渡って、見慣れた風景を眼前に映し出す。風を受けながら、その風景を見るのは少し心地良い。
「まぁ、うちのは不良ってわけじゃない。少し事情があって暴力を振るう。……だから、一部の人間はそいつには絶対に近づかない。俺もな」
事情のある暴力とは何なのだろう。殴られる側が全員悪人だったりするのだろうか。
「アンタも?」
「面倒くさいことには関わりたくない性分なんでね」
「……?」
煙草をとんとんと灰皿に叩きながら、佐藤は言う。なら、なぜ俺なんかに話しかけたのだろうか。不良生徒と関わったって、面倒ごとでしかないはずなのに。
それにしても、ハンドル捌きには慣れた手つきが見て取れる。さっきからカーナビを一切見ていないが、どこか行き先にあてでもあるのだろうか。
「お前、喧嘩慣れてるだろ。その頭。比較的新しいやつだろうしな」
「……別に慣れてない。ただやり返してるだけだ」
「それなら良い。……俺はやり返す度胸も無いからな」
先程から時々、佐藤の言葉が引っかかる。
「なぁ。アンタ、面倒なことにはかかわらないんだろ? 何で俺なんか誘ったんだよ?」
「……うちにはもっとおっかねぇ、元ヤンの店長がいるからな。それと比べりゃ、お前は全然だ」
「元ヤンって……」
「会って突然ぶん殴ってきたり、弱みを握って脅してくるようなやつも知ってる。それに比べりゃ、お前は悪い奴じゃない」
「……」
いつも見た目で悪人だと判断されてきた俺にとって、佐藤の言葉はひどく優しい言葉に聞こえた。だけど、まだ俺には素直に受け止めるのは難しかった。
一旦離れた街の情景は、どんどん近付いてきた。気付いた時には、光坂高校の通学路。欠席が多い俺でもよく知っている道にたどり着いていた。さてと、と呟いた佐藤は車通りの少ない道の路肩に車を止めた。
「……さて、頃合いだな。十二時以降まで連れまわしてたら、俺が捕まっちまう」
「っ!? もうそんなに経ってたのか……」
「良かったら、家の近くまで送るが。どうだ?」
「いや、ここでいい」
「……そうか」
車を降りた俺に、佐藤は窓を開けてまだ話しかけてくる。
「それじゃ、流石に夜も遅い。絶対にすぐに帰れよ」
「……あぁ」
「っとそうだ、付き合ってもらった例にこれ持っていきな」
そう言って佐藤が懐から取り出したのは、一つの透明な袋。
「は……白い粉? おい、あんたまさか――」
「胃薬だ、水で飲めよ」
「……」
この佐藤という男。思った以上に変わったやつなのかもしれない。……悪い奴では、無さそうだけど。
「じゃあな」
車は思ったよりも早く、俺の視界からいなくなった。妙なやつだったな、と改めて思い返す。ここ数日色々ありすぎて疲れてしまった。親父と会ってしまわないようにさっさと帰ることにした。
佐藤さんといえば胃薬、ですね。