密かに椋推しの私です。
佐藤という謎の男とドライブをした翌日。学校では相変わらず暇な時間が始まろうとしていた。
「はぁ……」
「どうしたナメクジ」
朝から俺の横で浮かない顔をする春原に、ねぎらいの言葉をくれてやる。
「ひらきくち一番でそれはないでしょ!? せめて『みたいな』とかつけてくれますか!?」
「お、元気になったな」
ひらきくち……開口の事か。ナメクジみたいな、だったらいいのか。なら次はナメクジみたいなナメクジと呼ぶことにしよう。席に着くと、春原は何故か恨めしそうな顔でこちらを見てくる。
「何だよ」
「はぁーあ。お前は呑気そうで羨ましいよ」
「そうか? お前の顔ほど呑気を表している人間なんてそうはいないと思うぞ。俺どころか、この世の誰も勝てないほどにな」
「え、この世の誰も……!?」
「ああ、そうだ。恐らくお前は呑気な顔選手権では断トツの一位を獲得できる。俺が保証しよう」
「……へへっ、そうかな?」
一位という言葉だけで喜んでいる辺り、コイツの扱いやすさがよくわかる。ちょろいもんだ。
「まぁ、褒めてくれているところ悪いんだけどさ。僕はちょっと作戦を考えなくてはならないから、お前に付き合っている暇はないんだ」
「作戦?」
どうせろくでもなさそうだ、と思いながら反応すると、おっと、と意味ありげな感じで俺に掌を見せてきた。
「これ以上は例えお前にも言えないなぁ。本当はお前にも手伝って欲しいんだけどさ。……まぁ、いずれ暇ができたらどっか付き合ってあげるから我慢してくれよ」
「一生そんな暇は作らなくて良い。いっそ一生休むなよ」
「何でだよ?!」
「いや、俺はお前と何処かへ行きたいと思ったことないから」
「僕は、お前の中でせいぜい顔見知りレベルってことなんですか!?」
何を今更と返事をしようとしたその時、廊下の方から元気な声が聞こえてきた。
「おっはよーう!」
「おっと」
「……へ?」
俺は嫌な予感がしたので首を捻る。危ないぞ、と春原に伝えてやる間もなく俺の横を何かが高速で通り過ぎた。そしてその物体は……。
ゴシャァッ!
「ぶべべっ!?」
春原のアホ面に直撃していた。通過したのは日本で最も分厚い書物、広辞苑。ジャストヒットした春原は悶絶している。やはり、コイツにはどんな表情よりこれがしっくりくるな、とぼんやり眺めていた。
「……くぉらぁっ!! 朝からそんなものを頭に当てられる僕の身にもなれよ!!」
「あんたが毎日眠そうで辛気臭そうな顔してるから、私が素敵な目覚めを提供してあげたのよー」
「どこが素敵だよ!? 二度と起きられなくなる所だったっての!!」
春原の癖にちょっと上手いこと言ったな、と若干モヤっとした。
「大体お前はなんでこんなところにいるんだよ!? 別のクラスだろ!?」
「あっ、そうだったそうだった。椋と話すことがあるんだった~」
「話すことがあるなら家で話せよ! 会う度サンドバッグにされる僕の身にもなれよ!」
「……春原サンドバッグか、良い名前だな」
「勝手に僕の名前を変えるな!」
俺としてはしっくりきたのだが、どうやら不満らしい。
「……お、お姉ちゃん? どうかしたの?」
おずおずと話しかけてきたのはタロットカードを手に持った妹の方だ。恐らくクラスメートの占いをしている最中だったところを、こちらの騒ぎに気付いて来たのだろう。藤林の占いは良く当たると評判で、よく休憩時間にやっているのを見たことがある。
「あっ、ねぇ椋? 私ってさ、前回の生徒会長と友達だったじゃない?」
「え、あ、うん。そうだったね」
「その人がね、次の世代の生徒会で必要な書類を今日中に届けないといけなかったみたいなんだけどね、風邪で学校に来られないみたいなの」
「え……それは心配だね」
「ま、それはきっと大丈夫なんだけど!」
大丈夫かどうかはお前が決めることじゃない。
「その書類ね、学校に置いてあるから机から出して持って行ってくれって言われちゃってさー」
「……?」
「私さ、何かこう……固い雰囲気のところに入るといーってなるのよ。だから、これ椋に届けてもらえないかなーって」
杏の言いたいことは伝わるのだが、言い方がなんともアホっぽい。これを口に出してしまうと次の広辞苑の行き先が俺の顔面になってしまうので言わないでおく。しかし横の金髪には残念ながら学習能力が無い。
「はん、小学生みたいだな」
「ふんっ!」
「うべぇっ!」
学習能力の無い春原は今度は杏のローキックをくらった。すると春原は俺の方に倒れてくるではないか。
「おっと」
「んぐっ!?」
いい位置に顔面が来たのでとりあえず殴ることで杏とのコンボがつながった。教室が少し騒然となるが、いつものことだ。ピクピクしていた春原だったが、少し間を置いて立ち上がった。
「お前はどっちの味方なんですかねぇ!?」
「少なくとも、お前の味方ではないことは確かだな」
「ひどすぎやしませんか!? 僕が一体何をしたって言うんだよ!?」
余計な事を言った、の一言に尽きる。俺からしたら自業自得にしか見えなかった。
「で、どう? 頼めない?」
「……え? う、ううん。別に私は良いんだけど……」
「ほんとっ!? ありがとー! 今度、お弁当作ってあげるからね!」
「そ、そんな子供みたいな……」
「だって椋、アナタの作るお弁当って……」
「お、お姉ちゃんそれ以上は!!」
「はははは、大丈夫大丈夫! 焦げてるソーセージも私は好きだから!」
「うぁぁ……」
何とも微笑ましい姉妹の会話なのだが、場所が教室なだけに藤林の顔がどんどん真っ赤になっていく。今の話から察するに、藤林は料理があまり得意じゃないのだろう。
「ほらほら、そんなに遠慮しないで!」
「うぅ……。遠慮してるわけじゃないよぅ……」
そして杏は全く気にしていない。二人は本当に双子なのだろうかと疑問が深まってしまった。
岡崎が藤林呼びのためにややこしい感じになっちゃうのは避けられないですね。