いくら辺鄙な街とは言え、夜にうろつくのは良くない。大抵、厄介なことに巻き込まれるからだ。
「っおらぁ!」
目の前から腕をぶん回しながら俺に向かってくるガテン系の男を見ていると、つくづくそう思う。
春原の寮室で漫画を読み終えた帰りのことだった。いつもなら誰もいないはずの公園に子供がいた。それも、あんまり関わりたくないような面した特大のオマケ付き。
本当なら俺も通り過ぎてしまいたかった。けれど男はどう見ても子供に殴りかかりそうな雰囲気を見たら、足が勝手に動いてしまっていた。
「……ふっ!」
「がぁっ! ……てめぇええ!」
それにしてもこの男、ガタイの良さはどうも見た目だけじゃないらしい。思い切り顔をぶん殴ったのに余裕で立ち上がってくる。こりゃあ骨が折れそうだと思っていると男が思い切り殴りかかってくる。
「し……っねぇ!」
「……っぎ」
ガードしたものの、受けた二の腕がビリビリと軋む。こんな奴とは知り合いでもなんでも無いのだが、見た目通り相当喧嘩慣れしているようだ。
「……くそ」
喧嘩は初めてじゃない。かといって慣れているわけでも、まして強くなったわけでもない。運動をしなくなって長い俺にとって長期戦になるのは避けたいのだが、男はどうもしぶとくて簡単には諦めてくれそうにない。
「だ、大丈夫ですか?」
この場にそぐわない程の可愛らしい声を出すさっきの子供は、動揺を隠しきれないといった顔をしながら、俺の身を按じてくる。
「大丈夫に、見えたら……それはお前の目は相当節穴ってことだ、なっ!」
「うぅ……」
「よそ見してんじゃねぇぞおらぁ!」
「っがぁ!」
相手の右フックが思い切り鳩尾に入ってしまった。思わず蹲ってしまい、子供はヒッと更に怯えてしまう。過呼吸になってしまったのかと思うレベルに、肺が酸素を欲しがりヒクヒクと疼く。
俺が中々復帰できない様子を見た男は、ヘッ、と嘲笑ってくる。
「大体、お前なんでソイツ庇うんだよ? 何だ? 妹か?」
「……っふ、ふぅ。……見りゃ、わかんだろ。何でも無い、ただの他人だ」
「はぁ?それならすっこんでろ! ソイツは俺のラジカセぶっ壊しやがったんだよ!」
「うぅ、ごめんなさい! だって、あんな暗い中、地面に置いてあって、見えなくて……」
「だってさ。故意じゃないから許してやれよ。女の子いじめて、恥ずかしくねぇのかよ」
子供にこんな強く当たって、怖がらせて。謝っているのに手を上げようとする。そんな奴に負けるのが癪で、つい煽るような口調になってしまった。それが男を更に怒らせてしまった。
「てんめぇ、言ってくれんじゃねぇ、かよ!」
「ぐっ……!」
「きゃ……!」
また腹に一発良いのをもらってしまった。膝をついてしまい、すぐには立ち上がれそうにない。こんなの、誰が見ても劣勢だ。かたや運動も大してしていない学生で、かたや夜な夜な徘徊して喧嘩慣れした人間。
何でわざわざわってはいってしまったのだろうか。後悔の念は絶えない。けれど、ここまでやったら引くにも引けない。
「っがはぁっ!!」
その瞬間、顔に鈍い痛みが走る。痛みの余波を感じる間もなく、倒れた俺に相手はマウントを取って右へ左へと拳をぶつけてくる。怒り狂っていて攻撃に容赦がない。
「っらぁ! この! カッコつけ野郎! 大人しく! 死んでろや!」
「ぐ、が、がぁ!」
「や、やめてください! 私が、私がちゃんと弁償しますから!」
良いように殴られて、庇った子供には逆に庇うような事を言う。今の自分がとても惨めに思えてしまう。せめて弁償なんて無理な庇い方をしないでほしい。
「はぁ!? お前は後だよ! 今はこのヒーロ―気取りに、痛い目、会わせねぇ、ときがすまねぇんだよ!」
「――っ!」
「何っ!?」
子供の懇願は当然、男には届かない。しかし無駄口を叩いている隙を見て俺は後頭部を蹴りあげる。おかげで、どうにかマウントは離脱できた。
「はぁっ……はぁっ……」
「てめぇは……まだ殴られたりねぇってかぁ!」
しかしまだまだ、俺の劣勢は変わらない。
あれから、どのくらいやりあっていたのだろうか。公園の時計は暗い上に視界が霞んでいて見えない。俺と男、それをただ恐々と見ている事しかできない子供の三人、状況はほとんど変わっていなかった。
「……はぁっ、はっ」
「なんだぁ? ひょろいなテメェ。もう息あがってんのかぁ?」
当たり前だ。こっちは走ることすら珍しいような生活を送ってきた。少なくとも夜中に公園で騒ぎまくるような体力なんてあるはずがない。
「そろそろトドメ、さしてやるか……オラァッ!」
「くっ!」
フラフラな俺とは一転、男の体力はまだまだあるらしい。体中が痛くて、正直立っているのも辛い。
「あ、あの、私が弁償すれば済むなら、それで、大丈夫ですから、えと……」
「……止めろ。ここまで来たら、俺だってプライドもあるんだよ」
「で、でも殴ったりしたらダメだよ! そんなにボロボロになっちゃって……」
「あいつにそう言って、聞くと思うか?」
「それは……」
子供の言っている事は正しいのかもしれない。けれど先に手を出そうとしていたのはあいつの方だ。話が通じない以上、このやり方しかできないのだ。
「なあ、もう帰れよ。お前はただ、不良連中の殴り合いに巻き込まれただけなんだよ。だから気にすんな」
「そ、そんなの無理だよ!」
「お前がこねぇならこっちからいくぞゴラァ!」
「っ! じゃあな」
俺ももう子供に顔を向けたり会話をする余裕もない。だから強引に話を打ち切り目の前に集中する。
「…………うぅっ!」
少ししてから、走り去っていく足音が聞こえた。ようやく行ったか、と少し安心する。それにしても変な子供だったな、と少しだけ口角が上がった。
「こらガキ! 勝手に行くんじゃ――!」
「――行かせねぇよ」
「てめぇ、まだ動けんのかよ」
「いつまでも殴られてばかりじゃあ癪に障るんでね」
「……いいぜぇ。……やっぱりあのガキより、お前を殺――」
ファンファンファン……。
男の話を遮るように、あまり遠くない位置からサイレンが聞こえてきた。
「サイレンだと!? ……チッ、あのガキ、サツ呼びやがったなぁ!?」
男はサッサと逃げていった。流石に警察のお世話にはなりたくないようだ。俺も逃げようかと思ったのだが、身体が思うように動かない。それどころか、所々から血が出ていて意識が遠のいていく。
(やべ、これ倒れ……)
俺はそのまま、意識を手放した。
戦うシーンはかなり補完入れちゃいました。
大きな変更点
・元では致命傷レベルでボコボコにされているのですが、流石に死んじゃわん……?と思って展開を変更しました。