「き、気が付いたんだね! 良かったー!」
そう言って近づいてくるのは、先程公園で庇った子供だった。ポニーテールで結んでいる髪はやけにゆったりしている気がする。そして彼女の動きがいちいち大きいために、とある部分が目立ってしまう。
(小学生、にしちゃあまりにも……いかん、俺は何を考えてるんだ)
気になってしまうが、今はそういう場合じゃない。とりあえず山田と二人でいる時よりかは話を聞けそうだ。
「本当に良かったよ~……」
「それはいいから。……ここはどこだ?」
「ここはね、ワグナリアの天井裏だよ!」
「ワグナリア……、ってあのファミレスか。おい、全然お前の家じゃないぞ」
「ひゅ~ひゅ~……」
やはり山田の発言はあまり真に受けないほうが良さそうだ。それにしても初めてのワグナリア入店が天井裏での看病になるとは思わなかった。
「なんでファミレスなんだ? しかも天井裏って、ち……」
「それはね! 音尾さんが助けてくれたんだよ!」
「そうか。で、そのお父さんとやらはどこにいるんだ?」
ちんちくりん二人じゃ俺をここまで運ぶのは無理だろ、と言い切る前に答えてくれた。男手があったというのであれば納得がいく。
「種島さん、おとうさんじゃなくておとおさんですよ」
「ほぇ? おとおさんでしょ?」
「いや、このお兄さんはおとおさんのことをおとうさんだと言ったんです。私にとってはおとおさんはおとうさんですが種島さんにとっては違うと言いたかったのです」
「うーん? でもおとおさんはおとおさんだよ? 葵ちゃんにとっても別におとおさんはおとおさんだし……」
「違うんです、おとおさんは確かにおとうさんなのですが、皆にとっておとおさんはおとうさんではありません」
「え、えーと? おとおさんがおとおさんじゃない? え、あれれぇ?」
俺の前で禅問答のような何かが始まっていた。俺からしたら山田がただ状況をかき回しているようにしか見えないが、種島は乗せられてしまい頭を抱えてしまった。
「……山田もわからなくなってきたので、もういいです」
「それならよし!」
「よくないだろ……。いや、俺には何もわかんねえけど」
話は何もまとまっていないが、意味のわからないやり取りはひとまず終わったようだ。
「それはそうと、えーと……」
「ん? あそっか、私は種島ぽぷらだよ!」
「種島か。そのお父さんっていう人は、今どこにいるんだ?」
「えっとね、もう旅に出ちゃった」
「は? 旅!?」
「うん。音尾さん、いつも旅に出ちゃうの」
「……こいつみたいに適当な冗談、ってわけじゃないのか?」
「失礼な! 山田はいつだって大真面目ですよ!」
種島はどうも嘘をつくようなタイプには見えなかった。しかし、それにしても出てきた話が突拍子もなさ過ぎてすぐに飲み込めない。オトオサンとやらが今いないのなら、別の質問にしよう。
「そういや種島、警察を呼んでくれたんだよな? 助かった」
「へ? 私呼んでないよ?」
「はぁ? じゃああの時のサイレンは……」
「あ、それ多分山田です。警察二十四時を見ていたら、うっかりリモコンを踏んでしまい大音量に……」
「なんつー紛らわしいことしてんだよ……」
結果的に俺は山田に助けられたらしいのだが、かなり釈然としないから礼は言わない事にした。ため息をついた所で、種島が俺にあの、と何かを尋ねてきた。
「お、お兄さんの名前、聞いていいかな?」
「あぁ、岡崎だ」
「下は?」
「……朋也」
「おかざき、ともや君かぁ。いい名前だね~!」
誰かに名前を褒められるなんて、初めての経験だった。学校では顔を合わせただけで距離を置かれたり、名前を言えばうんざりされるかのどちらかしかなかったから。なんだか気恥ずかしくなってしまう。
「お世辞はいいから。とりあえず、ありがとな。包帯とか介抱。オトオサンとやらにもよろしく言っておいてくれ」
「え、どこ行くの?」
「……帰る。もう何時かわからねえし」
「だ、ダメだよ! すごい怪我してたんだから!」
「……大丈夫だ、ほら……ぐっ」
立ち上がろうと脚に力を入れたら、痛みでまたしゃがみこんでしまった。
「ほ、ほらぁ! やっぱり今日はここでゆっくりしていった方がいいから!」
「痛そうですねお兄さん……」
「っつ!」
「!? や、山田わざとじゃないです! ごめんなさいです!」
山田の行動は、本当にただの好奇心だったのだろう。すぐに謝ってきた辺りに悪気は感じない。けれど、わざとじゃなくてもしないでくれとも思った。
「はぁ。それじゃ、俺も動けないし。今夜だけここで寝させてもらうな」
「そ、それがいいよ! 私も今日は看病するから!」
「……は?」
「私のせいで怪我したのに私だけ帰るなんてできないよ!」
「私も話し相手は多い方がいいので、いてくれると嬉しいです」
なんだか妙な方向に話がまとまりそうになっている。いくら相手が子供二人だからといって、女子二人と寝泊りするのは気が引ける。
「で、でもお父さんは良いのか? 娘が一晩知らない男と一緒って大丈夫なのか?」
「娘……? あそっか! 音尾さんは音尾さんって名前のバイト先のオーナーさんだよ! 音楽の音って書いて、尻尾のぽ!」
「ま、紛らわしすぎるだろ……」
ここでようやくさっきの禅問答もどきの理由が判明した。お父さんじゃなくて音尾さんという苗字だったらしい。それはそれとして、もう一つ疑問が浮かんでしまった。聞き間違いでなければ、今種島はバイト先と言ったのだ。
「お前、バイトってことは……高校生なのか!?」
「……あ~! 私のこと、ちっちゃい子供って思ってたでしょ~!?」
「いや、今も思ってるけど……」
「もーう! 私ちっちゃくないよ! 子供じゃないよ!」
プンスカと頬を膨らませる様子を見ても、やっぱり子供にしか見えない。
「私も子供ではないですよ! どっちかというとグラマラスな大人の女性です!」
「お前には聞いてない」
横で煩わしかったので山田の額をベシッ、と叩いた。
「痛いです! そんなに殴ったら山田、背が縮んじゃいます!!」
「大丈夫だそれ以上小さくはならない」
「むかー! 人権侵害です! 岡崎さんは最悪な人です!」
山田が涙目で俺の体をブンブンと揺らしてきた。子供みたいな力だから別に痛くは無い。
「最悪ってお前、な……あ、あれ?」
バタンッ!
「……ええぇえ!?」
喧嘩の怪我やら疲労やらのせいで、俺はそのまま倒れてしまった。二人は思い切り慌て始める。
「血、血が足りないんだね!? 私、何か買ってくるよ!」
「山田も暇なので行きますっ!」
「うん! 一緒に行こう! 夜だから気をつけようね!」
「はい! 山田が種島さんを守るのです!」
「うー! 違うよー! 私が守るのー!」
「違います! 私です!」
「――――っ!」
「――っ!」
どっちも子供だから止めとけよ、と言う事が出来ずに俺の意識はまた途絶えてしまった。
音尾さんとお父さん、文章と漢字があれば平気ですが音声だと絶望ですね……。
大きな変更点
・喧嘩を止めたサイレンは、山田の仕業という事にしました。
ワグナリアにテレビってあったっけか……。